第151話そこにある異世界8

アランはちょっとだけ田舎に住む普通の子供だった


両親は厳しいが、優しく、不自由など無かった

田舎では家業があるのが普通だ


アランのうちも農家をしていたし、収穫した作物を卸にいくのはアランの役目だった


一つだけだが、わがままを言った事がある


剣術を習いたい


唐突にそう言い出した事だ


今までそんな事を言う子ではなかったから両親は驚いたが、それくらいならと町の道場に通わせてくれた


道場ではたいして目立つ存在でもなく、本人もそれなりに楽しんでいたようである



正義感の強い子であった



12歳の時、作物を配達中に盗賊に襲われたことがある

いつもは隣の家のおじさんと一緒に行くのだが、その日はたまたま一人であった


「なぁ坊主、それおいていけ」


剣を持っていた

落ちぶれた騎士に見えたのもあって、アランは少し寂しい気になった


「おじさん、俺まだ配達中なんだ。だからお金も持ってないよ」


「いい」


「もう少し待ってよ、帰りにはお金持ってるから」


アランは優しい子である

この時までは本当に渡す気でいた


だが、腹が減っている盗賊にはそんなことは関係ない


「いいからおいてけってんだろォ!」


子供相手に剣を振りかざし襲い来る盗賊にアランは全く怯えていなかった




動きがゆっくりに見える?




アランに襲い来る盗賊の振り上げた剣はゆっくり振り下ろされる

右手にちょうどあったのは、いつも持っている木剣だった


それを、盗賊の剣を持つ手に当てた

呻く盗賊ののどに突きを放つ


木剣と言えど、その突きは人を殺せる突きだ


優しいアラン


ゆっくりと、突いた


だが、盗賊は自重もあってそ木剣は喉に突き刺さる




その日の夜、アランは泣いた


その騎士は同じ村の出身だったらしい

騎士を免職になったが、帰るに帰れないその男は盗賊に身を落としてしまっていたのだ



大人たちはよくやったと、アランを称えたが本人はただ虚しさを胸に抱えていた



そんなおり、道場の師匠がアランに言った


「アラン、君のやったことは問題はない。正しいことだったんだ」


「でも師匠、あの人だってああなりたかったわけじゃないんです」


それはそうだ、騎士のままでいられたらよかったんだ


アランはそう考えている


「あの者は勇気が無かったんだ」


「勇気?」


「そう、正直に帰ってきていれば良かった。しかも罪を重ねることはできたのに、素直に村に帰る事だけが出来なかった」


「そりゃ、恥ずかしいから帰れなかったんでしょ?」


「そのとおりだ。でも恥ずかしいとはなんだ?罪を重ねるよりも、それは簡単な事ではないのか?」



師匠の言葉に、アランはなにも言えなくなってしまう


「自分に打ち克つ事が出来なかった。村に帰って報告する…その勇気が、足りなかったんだ」


アランは自然と涙がでた

報われないと、そう思えたからだ


「で、でもあの人、まだ誰も襲った事はなかったって…」


「アラン、おまえが襲われたではないか」


「僕は大丈夫だった!大丈夫だったのに!」


「もしも、もしもだ。あの強盗が成功していたとしよう。アランの言う通り、アランも無事に帰れたとしてだ。その場合どうなっていたと思う?」


アランは少しだけ考えてから


「お腹が膨れたら…落ち着いて村に帰る勇気がでたかもしれない」


師匠は首を振る


「残念ながらそうはならなかっただろう。きっと、もう味を占めてしまった。強盗は成功すると。そうなると次の犠牲者はアラン、お前ではなく他の者だったかもしれん。そして、その襲われたものは死んだかもしれない」


「そんな…」


「だからアラン、お前は勇気をもて。どんなに恥ずかしくても、正しいことができる勇気だ。それはきっとお前を正しい道へと導く勇気だ」


「師匠」


「その元騎士の分も、しっかり生きろ。お前はきっと大物になる」



それはアランが、初めて人を殺し、心を痛めた経験である





「はぁ、久々にあの夢をみたな…」


汗がびっしょりと、アランのシャツを濡らしていた

眼の横からは涙の後もある


「師匠、俺、やれてますかね」


二つ目の町を開放した日、アランはその夢をみていた


ぐっと、シャツを握る


「アランー、そろそろ朝ごはんの時間だよー」


元気のいい、すみれの声が聞こえる


今回すみれはあまり活躍をしなかった。というか、ガーディアンを使っていない


聖剣魔法はいまだものにできていないが、此度の戦いで少しだけ切っ掛けをつかめて気がする


前回のギルディアと違い、さほどの強さではなかった今回の敵


最後の一撃を入れるとき、あの日と同じように敵の動きがゆっくりに見えた

そのせいだろうなとアランは思う


「ああ、着替えたらすぐにいくよ」


そう声を出して、アランはベッドから降りたのだった



勇者として召喚された日

アランは信じられなかった

最初は何かの間違いだろうと思っていたのだが、そうではなかった


胸に一本、しっかりとした芯のようなものがあの日以降アランの中に生まれたのだ



着替えた後、アランは仲間の下へ行く


すっかり勇者というのはすみれの方がふさわしいのではないかとアランは思っている

あれだけの戦闘力をもっているからだ


だが、それでもアランは嫉妬などはしないし、挫けたりなんかもしない




アランの心の中にある剣が、その手に握られるまではあと少し先のこと



剣聖のアランと呼ばれる勇者の物語ははじまったばかりなのだから

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