第125話だから、わたしの手をとって4

それからひと月は、朗らかに暮らせて居たようである


そして、ついにその時が来る




違和感、というレベルではない

もっと何か異質なものだ


「ゴルド、俺たちはどうしてここで暮らそうとしている?」


ただそれだけの事、そしておかしな事だ

まるで自宅に居るように食事をし、寝起きする

日々の暮らしを満喫していた

おかしいと言わざるを得ない


本来ならばダンジョンを探していたはずであるし

少女を保護したのであれば、城に戻っても良かった

なのにその考えに及ばなかったのは、なぜだ


しかもアイエテスとゴルド、二人ともである


アイエテスと言う男は、カンザキに色々と振り回されているせいか不格好な面が目立っているが、その本来の人となりというのは極めて聡明で、それとその精神が強靭な男である


細かい所で言うのならばその行動に意味を複数求めるタイプだ


だからこそ気づいた


大人二人が目の前の少女一人にかかりきりな状況に



(精神操作?その違和感はない。ダンジョンではその手の魔物も居たからな。ではなんだ?誘導された?どうやって?)



しかしながら答えは出ない


なぜなら実の所二人に襲い掛かっていたのは、精神汚染である

精神操作よりもより重くその考え方その物が変わってしまっているのだ

少女に都合が良いように考えてしまう



(そもそもここに人が居ないと言うのがおかしい。その理由とこのエルマは無関係ではあるまい…もう遅いかもしれないが、情報収集するしかないだろう)


その呪縛はすでに逃れられないところにまで来ている

アイエテスには既に少女を捨てると言った考え方自体は持てない。元凶だとしても



アイエテスはゴルドに買い出しに行くと伝え、いつもの商店へと向かう

その途中、何度も何度もその赴く理由を忘れそうになる

しかし若かりし日の経験がアイエテスにそれを踏みとどまらせた



そして、街中であの場所がなぜああなっているのかを聞きこんでみるが


誰も知らないのである


そんな場所があったという事を


(これは記憶の干渉まで受けているのか?)


その推測は当たっている

正確には精神誘導のおまけつきだが


帰路につきつつ、思考は止めない


あの場所、いやあの一角に近寄るものは、何かしらの影響を受けてそれ以降は全員近寄れないようになっている

一等地などではない

だが城壁内部である。それゆえに人が興味を持てないわけがない


それなりに広い土地であるというのに…


そういえば、なぜ自分とゴルドはあそこに居ることができるのか…


考えても答えは出ないまま「我が家」へとたどり着いた



「帰ったぞ」


「おかえり、おとうさん」


「ああ、エルマ…。ところでゴルド、そろそろダンジョンを探そうと思うのだが?」


それを言った瞬間に、少しばかり何かを突き破ったような気がした

アイエテスは一瞬しまった、と思ったが事態は予想外の方向に進み始める


「ぬう?ダンジョンだと?」


「ああ、忘れたわけではあるまい?俺たちが本来ここになにを求め来たのか」


「あ…ああ」


ゴルドはその狭い額を抑える

そして大きく深呼吸してから


「そうだったな。坊主、良く気が付いたな」


流石は歴戦の戦士であるゴルド、きっかけさえあれば彼もまた再びその思考を開始できる

だが一方で、問題となるのはエルマだ


ここに居るのは彼女の意思が大きい

だからこそ、アイエテスとゴルドは彼女の言動に注意を傾ける


「おとうさん、おじいちゃん、ダンジョン?に行きたいの?」


「ああ、知っているか?」


エルマは一瞬悩んだ後に


「うん、知ってる。でも危ないよ?」


「それは知っている。それを求めてきたのだ」


エルマはそっか、と呟いて


「じゃぁ、お別れだね……楽しかったよ、おとうさん、おじいちゃん……」


「なんだと?一体何を言っている」


「うん……おとうさん、ほんとに…ありがとう…」



そう言って、エルマは消えた


音もなくまるで水が蒸発するように


「なんじゃと!?」


アイエテスとゴルドは消えたエルマを探す為に慌てて外に出ると


そこに、大きな穴が開いていた


降る階段と共に


「ダンジョンだと……」


「今までこんなモノ無かったじゃろうが…」


呆気に取られる二人だったが、それは僅かの間だ


「坊主、準備は出来とるな?」


「ああ。少しだけ時間をくれ。この1ヶ月みっちりとはいかんが潜れるだけの用意は出来ている」


「ふん、流石じゃな」


その掛け合いと共に二人は動き出す

僅か半刻後には、ダンジョンの中へと入っていった





そのダンジョンはグレン曰く20階層ほどの物で、あの中央のダンジョンと比べてかなり狭いとの事だった


ただし


その中のモンスターは凶悪な程に強いと言った


この中に潜り、先に進める為の条件


ただ強くなる事だ


そしてその強くなる為の方法はと言うと



「死肉を喰らえ」


「だそうだ。倒したモンスターを喰らい、血肉に変えろと言っていた」


「そんな事でええんか?というか、食えるのか?毒があると聞いていたが……」


それはこのウルグインの常識になっている


モンスターの肉にはすべからく毒がある、と言い伝えられてきた


ダンジョン内でモンスターを倒すと、確かに死体が残る事がある。だがそれも僅かな間だ。一時もすれば消えてなくなっている

魔石だけが、残されるのだ


この時の魔石はダンジョンで採掘される物と同じだ。

違うのはその純度である

モンスターから取れる魔石はかなりの高エネルギー、純度を持っている

だからこそ売れるし、冒険者はダンジョンへと潜るのだ


そしてダンジョン内で腹が減り、モンスター肉を喰えば死に至ると言われていたし、実際に死んだという話も良く聞いていた

だからこそ冒険者達はダンジョンに食料品を持ち込む


そしてその荷物があるからこそ、深い階層に潜れなかったと言える


「それが出来るのなら食料問題は解決じゃな…100層も夢ではなかろう」


「そういう事だ。そしてグレンに聞いた話ではあるが、ダンジョンと言うのは冒険者を鍛える為の遊び場だったと言う」


「何じゃと…遊び場?」



ゴルドにとって、それは信じたくない言葉である

なぜなら命を掛けていた場所が遊び場だと言われているのだから


「さあてな、しかしその答えがこのダンジョンという事だ。ここも兵士を即席で鍛える為のダンジョンと言っていた」


「コレで即席か!」



今二人が居るのは地下第2層である。


出現しているモンスターはシャドウラビット三体と遭遇

何とか倒したのが今だ


そして、各階にあると言う安全な場所を見つけてそこにて休憩をしている。

その部屋は入口の所に赤い宝石のようなものがはめ込んだ扉の中で、壁面からちょろちょろと水が流れていた

飲むと力が戻る感覚があったので、何らかの回復効果があるのだろう





「それにしても坊主の傷薬が無ければ死んでおるぞ…コレ」


「そう言うな…俺もまさかここまでとは思わなかったのだ…」


「まさかウサギごときに片手を持って行かれるとは不覚じゃ…」


その失った片腕はアイエテスの傷口にて既にくっついているが、ゴルドとしてはその時死んだと思ったらしい


そして、今はその獲物を捌き、七輪にて肉を乳スープに入れて煮込んでいた所である



「ほら、ゴルド」



差し出されたのは椀に注がれた肉スープだ

臭みはどうやらないようで、良い香りがする。ゴルドはゴクリと唾を飲み込んだ


「本来は生でもいいらしいがな…さて、食うか」


二人はスプーンを持ったまま、じっと考えるようにそのスープを眺めていたが


「冷めるぞ?」


「くそう、食わねばならんか…」


二人同時に、口の中にそのすくい上げた肉を放り込んだ


「ンン?!な、なんじゃこりゃあ!」


ゴルドが驚く。その頬を抑えながら


「美味いなんてものじゃないぞ!こんなもの、今まで食べた事もない!」


「あ、ああ…」


「なんじゃ坊主…あまり驚いとらんな……もしやお主、これより美味いものを食った事があるのか?」


ギクリとする


それはかつてシアが、アイエテスにお土産と言って渡した肉には劣ると考えていたからだ


美味いのは美味い、だがアソコまでではないと



「まあええわい、ワシはオカワリを貰うぞ」


そう言って嬉々としてゴルドはそのスープを平らげていく


アイエテスも、美味いのは美味いので食べていく



シャドウラビット三体分の肉は、相当な量なのだがあっさりと食べきってしまう


「ああ、こりゃしばらく動けんわい…」


「俺もだ…」


のそのそと二人は寝袋を取り出して、満腹感があるままに寝入ってしまっていた

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