第97話ねことマサ1

止むことなく吹き荒れる風はこの階層の特徴である


風のせいか、やたらと喉が乾いてマサはごくりと唾を飲み込んだ


第3309層


「姉ちゃん」


「なんだにゃ」


「何処だよココは」


「ダンジョンの中にゃ」


そんな事は知っている

マサはそのゴツゴツとした手のひらで自分の顔を覆うとため息をつきながら


「あのな、姉ちゃん。ワシが聞きたいのはそう言う事じゃなくーぶぐぼっ!?」


プニプニにしか見えない肉球に殴られた

それがとてつもない圧力でマサの腹をえぐる


「黙ってやる事やるにゃ」


「がふ・・・、姉ちゃん手加減って知らないのかよ」


マサはしぶしぶツルハシを担ぎ上げて、目標となる地点まで歩き出す

この階層で風が強いのには理由がる

それは、巨大な洞窟だということだ

ただしあまりに巨大で、天井にはところどころ穴も開いているため、日の光が奥までとどいており十分な光源となっている


「はぁ・・・姉ちゃんこのへんって強いモンスターがいるんじゃねえの?オレぁやだよ・・」


こんな深い階層にいるモンスターなんてきっとロクでもない奴に決まっている

それこそマサの必殺技ですら通じないような伝説級の正真正銘バケモノだ


「泣き言言うんじゃないにゃ。モンスターなら先に行ったカンザキが片づけてくれているはずにゃ」


「はぁ?カンザキ?あの焼肉屋の店主か?あんなのでも倒せる程度のモンスターしかいないのか。そりゃぁ楽そうだな!ガッハッハ」


「はぁ・・相変わらず酒と穴掘りにしか興味のないヤツだにゃ・・・」


そして、目の前に綺麗な池が広がる

溢れんばかりの水源から注ぎ込まれ、いまにも溢れ出そうなほど水が隆起している


「ほれ。ここにゃ。さっさと掘り出すにゃ」


「はいはい、わかりましたよ・・・」










マサ・ガンモール


マサはドワーフとして生まれ育った

自らに誇りを持ち、そして体格にも恵まれていたし

幼い頃より鉱床を見抜く目をもっており、いつしかウルグインのダンジョン鉱脈採掘場で親方とまで言われるようになった


だがマサは自分が特別な存在などとは思ったこともない


それまではこの世界に生きるものとして、酒好きで、祭り好きなドワーフとして


当たり前の順風満帆な日々を過ごしていたのだ



ある日、マサはいつものように酒場でひと暴れして帰路についていた


その日は珍しく良くいつもよりもかなり酔っぱらっていたと思う


新たな鉱床が見つかりそれがマサの仕切るガンモール組に割り当てられていたからだ

これは名誉な事だから、ついつい飲みすぎたのだろう


ああ、空にある月がとても美しかったし、風流だなと思った


月を見上げていると、目の前に白い猫がしゃなりと現れちょこんと座ってじっとこちらを調べる様に見ていた


マサは何とも思わずに、そしてその「白い猫」に近づいて・・、小さな彼女を抱き上げようと手を伸ばしたときに思わず口を突いて出た言葉が



「姉ちゃん・・・?」



それは不思議な感覚だった

いうまでもなく、マサは男だ。そりゃあもう厳つい男のドワーフだ。


なのに何故か


「姉妹」だとはっきりと認識する


自らは「妹」なのだと


いやいやいや、猫だよ?どこからどう見ても猫にしか見えない

それに俺は男だ、雄であり漢だ


まさは両手で優しく包むように持ち上げて

その猫の美しい顔をじっくりと見る


そして確認するように視線をズラし、猫の股をじっくりと観察しながら


「ああん?なんだコイツ・・・?メスか?」


そう言った途端


ボグォ!!!!!!!


猫の後ろ足で思い切り蹴られた。


その肉球が触れた瞬間、あ、柔らかいと思ったがその後に追いかけてくる衝撃は柔らかくなんてなかった

頭が吹き飛ぶんじゃないかってくらいの衝撃だった


さらに追撃


ドムッ!


今度はヘルメットに直撃した


実際、マサの頭にかぶっているドワーフの象徴とも言うべきヘルメットにくっきりと猫の足跡が残っていたので相当な衝撃だったろう


「いってええええ!?何すんだよ姉ちゃん!!」


まただ、思わず口を突いて出た

いやいや、相手は猫よ?ワシ、ドワーフよ?


「はぁ、お前は相変わらず変わってないにゃ・・ガサツなままにゃ」


白い猫はそう言ってため息をついた


「ってぇ!!何すんだよ姉ちゃん!そっちこそ全然変わってないじゃねぇか!すぐ暴力に訴えやがっ「ドガ!!」ぎゃーー!!!」



「ふん、お前が悪いのにゃ!なに猫の股間をジロジロ見て・・変態なのにゃ?それはそれで姉ちゃん心配になるのにゃ」


「ぺっ!何が心配になるのにゃ・・だよ!猫の癖しやがって・・って・・あれ?何じゃこれ・・・なんで涙が・・・」


「にゃにゃぁ・・・相変わらず泣き虫なのにゃ・・・」


「何だよ・・・姉ちゃんも泣いているじゃねぇか・・・」


ああ・・・酔い過ぎちまったかな・・

なんで猫を姉ちゃんと思ったんだろう

ワシはなんで妹だと思ったのだろう

どうして喋っている猫を不思議と思わないのだろう


マサは月を見上げて、これ以上涙が零れ落ちないようにぐっと堪える

ワシは男だからな。泣いてるところなんて誰かに見られたら恥ずかしいじゃねえか



「元気にしてたのにゃ?」


「ああ、姉ちゃんも元気してたのか?」



ワシは難しいこと考える性質(たち)じゃねえから

もうそういうものなのだろうと納得をした

姉ちゃんは姉ちゃんだし。ワシとは間違いなく姉妹だった


あれ以来、二人の関係は変わらず続いている


猫さんは猫さんだし

マサはマサだ


猫とドワーフの奇妙な姉妹だ






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