第86話飲食店主人の帰還願望4

「ちーっす。カンザキの旦那ぁまだいるかい?」


ガラりと入口を開けて入ってきたのは、数刻前に帰った鹿だった


「あれ?鹿さんどしたの?まだ何か用です?」


「ああ、今朝のやつな、いろいろ情報纏めてきたわ」


鹿の手には幾枚かの紙が握られていた。


「へぇ、ちょっと見せてもらえる?」


ミナリは鹿さんの手から紙の束を奪い取る


「いて!ちょっと簡便してくれよ、まだ肩いてぇんだからよ・・・」


「あーはいはい」


「冷てぇ!!!なんかちっとも優しくねえ!!」


「それにしてもなんでシャルさんは鹿さんの、どこがいいんだろうね?」


ミナリはシャルロットが好きだった

そのシャルロットの旦那が鹿だったあたりに、なにやら不満を抱いている様だった


「それを俺に聞くか!?普通本人に聞かないだろ?いやむしろ俺のこと嫌いだよねミナリちゃん!?」


「だって鹿頭だよ鹿!なにそれなんかのおまじないなの?なんで被ってんの?」


「それはな・・・俺の血がそうさせているんだ・・・」


「へぇ、そうなんだ。それは興味あるなー」


「え?そう?興味ある?聞く?いやー、なかなか良い話だよ!」


「ううん、いい、大丈夫自分で確認するから」


「ちょっとまって?その、なんで?どういうことなの?大丈夫じゃない」


「だから血でしょ?鹿さんの血がそうさせているんでしょ?」


「確かにそう言ったけども!その手にある包丁は何?あ、やばいなんか凄いこれデジャヴだ」


「そう?初登場シーンとか思い出しちゃう感じ?」


「いやまって、そう言う発言はちょっと意味がわからないよ?」


「どうでもいいからちょっと血が見たいんだけどいいかなー?片腕ちょうだい?」


「ちょ!!指先どころじゃ無い感じ!?腕一本要求するとかどんだけ血が見たいの!?」


鹿の両足がブルブルと震える

あたりの温度が急に下がったような錯覚さえ覚える


空気がまるで、凍り付くようなそんな寒さだ


「っていうか明らかに温度下がってる!魔法!?魔法使っちゃったの!?ちょっとまって!!!!!!!!たすけてええええええええええ!」



「鹿さんうるさい。ちょっと今書類見てるんだから静かにしてくれない?」


「え?」


いつの間にかミナリは椅子に座って書類を眺めている

まじまじと眺め、そしてその共通性が事の深刻さを表している



「はぁ・・・それはな、ここ最近の行方不明者のリストだ。書置きをして消えた人もいれば、していない人もいるが」


「これ・・こんなにいたの?しかもこれって…」


「さすがはミナリちゃん、気づいたかいその共通点。そう、全員がこのウルグインの有力者や有名人だ。たただまだ誘拐されているとは」


「そういう事じゃない!」


ガタリと椅子を弾き飛ばす様に立ち上がるミナリ


「これ、リストにある名前って全員日本人じゃない?」


「は?に、ほん人?」


「どう考えてもここに書いてある、50人全員が日本人じゃない!!」


お兄ちゃんに知らせなきゃ!


ミナリは先程出掛けたカンザキを追いかけようと立ち上がってー


「そうだ!!むーたん!」


思い出したように叫ぶ

そのまま二階に駆け上がっていった


「え・・・?あれ?カンザキの旦那は・・・?」


ポツンと、ただ一人店内に取り残された鹿はほんの少しだけ涙を流した・・・



がんばれ鹿さん







その頃、ショウヘイはすでにウルグインではなく別の「国」に居た


その国の名は「日本」と付けられている


だがもちろん、本物の日本ではない。ウルグインからおよそ5000kmほど離れた距離にある、とある島だ


緑豊かなその島の広大な土地の海岸よりにその国にあった、そこにはいくつかの高いビルが立ち並び、そしてまるで「日本」そのものの様相を醸し出している


「ここは現在は首都となっててね、ま、東京だな」


小柄で、サングラスを掛けた男の運転する車に乗せられてアスファルトで出来た道をドライブしている


「ここは・・・日本じゃないですよね?」


ショウヘイがそう言うと、その男はちょっとムっとした感じでショウヘイに言った


「日本だよ、ここは。それでいいじゃないか。住んでいるのは全員日本人ばかり800人ほどだけどな」


800人!?そんなにここには日本人がいるのか!?

男はタバコを加えて火を付けるそして紫煙を吐き出しながら、ぼそぼそと喋る


「まぁあんたの経歴は調べさせてもらってるよ。ずいぶん成功した様じゃないか」


「ええ、まあ。それで、本当に返して頂けるんですか?ウルグインに・・・」


「そいつは保証してやるよ。ここにだって全てがあるわけじゃないんだ。外から輸入しなきゃどうにもならんからな・・その橋渡しってやつをあんたにはして貰うつもりだ。他にもすでに何人かいるしな」


「そうなんですね・・他にも日本人が居たんですね」


「ああ・・だけどショウヘイさん、あんたみたいに成功していたのはそうだな、100人くらいのもんだ・・・」


「成功していたのは?」


「ああ、ここに住んでる奴らの大半は特に特技もねぇし、この世界で生きるための術もない普通の人間ばかりさ。あんたみたいに恵まれた環境にはとてもじゃないが・・なれねえ」


「でも、タナカさん、あなたは違いますよね?」


「俺はな、だけど見捨てておけねえじゃねえか・・・ウルグインはまだマシだぜ?スロウの国なんて奴隷制度があるせいで、異世界から来た人間なんざただの奴隷よ。しかも落ちたら抜け出せねぇ・・」


「それを・・助けたんですか?タナカさんが?」


「もう結構前の話だけどな・・んで、助けた連中をここに匿ってたんだが、どういうわけかいつの間にか街が出来てた。集まった連中の中には魔法も使える奴がいてな。あとは技術持ってるやつも多くて、暇つぶし程度に始めた国造りだったらしいが、いつの間にかこんな大きくなってやがったのさ」


タナカはいかにも日本人といった格好で、サングラスをしてはいるもののその身に着けているものはスーツに時計、革靴だ

運転している車も、ショウヘイの持っている魔道車と違っていかにも日本車といった具合だ。

道すがらすれ違うカラフルな車も、どこかで見たことがある様な懐かしいデザインをしている


「本当に、日本みたいですね・・・」


ベビーカーを押す夫婦・・公園では小さな子供が幾人も遊んでいる

皆、日本人だ


「まぁ、それぞれにドラマはあるんだろうよ。この世界に来てからの逸話みたいなものがな」


「そうでしょうね」


ショウヘイも現に、何度か死にかけたりしながら生きてきた

今思い出しても、身震いするほどの恐怖にもあってきた


「ショウヘイさん、何度も言うが、あんたも大変だったろうが恵まれてるんだよ・・・・」


「そうなん・・でしょうね・・それで、今はどこに向かっているんですか?」


ある建物の前に車を寄せる

そこはまるで神社といった雰囲気で、鳥居がある

その鳥居をすぎて、神聖な空気が漂うような森の中を少し進んでいくと大きな建物が見えた

ショウヘイはその、見覚えがある建物に驚く


「これは・・まるで・・・」


タナカはサングラスを外してポケットにしまいこみながら言った


「行った事があるのかい?」


「え、ええ・・何度か行った事がありますが、そっくりですね・・・」


似ている・・細部は違うが、似ている・・・

だがその巨大なしめ縄は・・・


思わずショウヘイは涙を流す・・それは懐かしさから来たものなのか、日本人が回りに大量にいるせいなのかはわからないが


「出雲・・大社・・・」


「ま、中にいるから紹介するよ」


「誰が、居られるのですか?」


そう、案内されたということはここに誰か・・責任者の人が居ると言うことだ


「ま、失礼の無い様にな・・・」


靴を脱ぎ、木で作られた階段をあがり、奥へ通される


先ほどのタナカは入口に残ったようだ。

今案内をしてくれているのは巫女服に身を包んだ美しい女性だ


「あの、この先に誰が居られるのですか?」


不安のあまりショウヘイは思わずはなしかけてしまう

いつのまにか薄暗い通路を歩かされている・・

だがその女性からの返事はない


ほんのわずかな時間、暗がりを進んだその先にふすまがあり、それを左右にいた巫女がすうっと開ける


「入ればいいのか?」


ショウヘイはそのまま中にはいると、うす暗い部屋に、火が灯された

また・・巫女服に身を包んだ女性がいた

先ほどの娘たちよりも、若干飾りが多いなと思っていると


「初めまして、ショウヘイさん。この度は無理を聞いてくださり有難うございます」


その人はふかぶかと頭を下げる

声は・・若い・・


「よしてください、僕はただ・・・いえ、ちゃんと返していただけるのであれば問題ありませんので。それで、貴方はどういった方なのでしょう?」


ショウヘイは、ごくりと唾を飲み込んだ

なぜか・・緊張してしまう


「はい、大変失礼致しました。私の名前は・・・ヒミコと申します」





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