第85話飲食店主人の帰還願望3

そわそわそわそわ


そわそわそわそわ


そわそわそわそわ


あー・・・なんでだ?どうしてこんな事になってしまったのか


なんでこんな・・・くそう、七難八苦なんていらねぇんだよ!俺は!


何事にも落ち着いて冷静に判断が出来ていた俺がこんなにうろたえるとは・・


こればかりはできるわきゃねえだろ!あああ・・・


ウロウロと中庭で夜空の月を見上げながら、どうにかしてくれと何事も在りませんようにと願い続ける

そんな日がここ数日続いている

寝不足ではあるのだが、どうにも眠気が来ない。それどころか落ち着かないのだ


ああ・・・今日も朝が来たか・・・


仕事でもしていた方が落ち着くってもんだ


だんだんと明るくなっていく空を眺めていると、完全に太陽が昇り切ってしまった。

ああ、一日が過ぎて、一日がはじまるなぁ・・あと何日だ・・


ガチャリ 


ドアが開き、一人の女性が立っている


「あなた、また起きてたの。ちゃんと寝てくれないとお体にさわりますよ」


起きた奥方が、見かねて主人に声をかける

ここ数日はいつも、起きれば主人は中庭にいる


「すまん・・・だけどなぁ・・落ち着かないんよ・・・」


がくりと力が抜けてうつぶせに倒れる


「あらあら、またですか・・・」


奥方は倒れた主人を、軽々と抱き上げて室内に運ぶ

こんな自信のない主人を見るのは初めてだったが、それでも愛おしいと思える

自分の性格がこんなにも変わるだなんてと思ってしまう

結婚前ならしばきあげているところだと思って苦笑する


「まだかなぁ・・・」


「もう少しですよ、順調ですから」


「本当に?」


「本当です。ですからあなたはしっかり働いてくださいね。今日はもうお客様がお待ちですよ」


抱き上げられたまま室内に入ると、そこにはお茶を飲みながら出された菓子をポリポリと食べる一人の女性が居た


「や、おはよう鹿さん」


「ミナリちゃん?どしたのこんな朝早く・・・」


「や、ちょっとお願いしたいことがあってね。お兄ちゃんが呼んでるからちょっと店まで来てもらえないかなぁ」


シャルロットが抱き上げていた鹿をひょいっと降ろす

すると、シャルロットのお腹が大きいのが良くわかる

ミナリはにっこりと笑って


「シャルさんずいぶんおなか大きくなったわねー。そろそろなの?」


「ええ、おかげさまであと6日程と聞いています」


大きくなったお腹をさすりながらシャルロットは優しく微笑む

シャルロットはすっかり、妊婦さんになっている

赤ちゃんが生まれるのが楽しみでしょうがないといった具合だ。

それに引き換え、男の鹿は自分が産むわけではないのに・・・いや、自分ではないからか、物凄い不安そうにしている


「これはお父さん、がんばんなきゃだねぇ鹿さん」


「俺はもう不安で不安でしょうがねぇよ・・・・んで、カンザキの旦那が呼んでるって?まさかキャサリンの姐がからんでんじゃねえだろうな・・・」


鹿にとってキャサリンはお得意様ではあるのだが、比較的面倒ごとが多いので今はちょっと遠慮したいのが本音だろうか


「違うわよ、その辺りはまあ大丈夫よ、たぶん依頼主は「ショウ屋」ってことになると思うけど知ってる?」


ショウ屋か・・確か店主は商人ギルド長だったな・・・最近色々店を増やしてる人気店だ

これは一儲けできそうだな・・と、鹿にとって断る理由もない


「よっしゃ、行こうか。それでいつ行けばいいんーだああああああああああああああああああああああああああ」


「んじゃ、旦那借りるねー」


鹿の右腕をガシリと掴むとミナリは中庭に飛び出し一気に走り出す


「いってらっしゃいー・・・・なんでミナリさん寝間着だったんでしょうか・・・」







「はぁ、はぁ・・・う・・腕がいてぇ・・・・・・・・・・・」


「あーあ、脱臼してるんじゃないかこれ・・・ミナリ、力加減ちゃんとしろよ・・」


「ごめんごめん鹿さん。ちゃんとはめてあげるから・・・これでも体育教師だったんだからなれたもんですよ?」


「なんだ体育教師って!!なんだ慣れたもんですよ?って疑問形なんだ!!ってまて!まって!いでええええええええええええ!」


ゴギッとあまり宜しくない音が響き渡る


「よっしゃ、成功!」


「せ・・・成功って・・・・失敗があったのかよ・・・」


「ふふふ・・・」


思わず笑ってしまった・・・ソシアはこの短時間にずいぶんと落ち着いて安心してしまったと自分でも驚いている


「それで、なんの用だい旦那?緊急の用事っぽいけど珍しいな」


「ああ、こちらの女性、ソシアさんっていうんだが、雇い主のショウヘイってのが行方不明になっちまった様でな、探してるんだ」


鹿はじろじろとソシアを眺めて

良い身なりをしている。漂う雰囲気もなかなかのものだと感心する


「はい、今日このような書置きを残してどこかに行ってしまったんです」


ソシアはくしゃくしゃになった書置きの手紙を鹿に手渡した

それを見るなり、ふん。っと鼻を鳴らして紙のはしっこに噛みついてもしゃもしゃと食べ始めた


「!!??ちょ!!なにやってんだ!?」


「もしゃもしゃ、ふん、これでどの店の紙かわかるってもんだろ?」


紙はそれなりに貴重なものだ。産業化されたダイダロスならともかく、ウルグインでは貴重な物に違いはないのだがそれを食べることによって店を当てるとか・・・


「んっ・・んー。こりゃあれだな・・ここ数日起きてる誘拐事件と同じ紙だな。売り店不明のな」


一同ははぁ・・とため息をつく


「なんだ・・不明かよ・・・っておい!誘拐事件だと!?」


「ああ、どういうわけかわからんのだけどな、街の有名な商人や鍛冶職人なんかが行方不明になってやがるらしいんだ。んで、どういうわけか書置きがしてあって本人の筆跡に間違いはないから、どうも書かせているってのが俺の見方だ。人によって書いてあることは違うがな」


「なるほどな・・・ショウヘイは俺の所かミナリの所にくると踏んで「国に帰る」なんて書いたのかもしれないな」


「あとあれだ、金目的じゃねえみたいでな。それで尻尾が掴めねえみたいだ」


「金じゃない・・・か」


「んじゃ、おれっちはこれで失礼するよ。礼金はショウヘイが帰ってきたらたんまりくれよ?よろしくな」


そう言ってさっさと鹿は帰って行った。


「そういえばあの方、なんであんな鹿の被り物を・・・」


「あーそれな、俺も聞いたけど・・聞くか?あほらしいけど泣けるぞ?」


「あー・・いいです」


「そうだろうな。さて、これでショウヘイは誘拐されたことが確定したわけだ。それでしかも、ほかにも多数の行方不明者がいるときた。これ、キャサリンが知らないわけないよな?」


ミナリは両腕を組んで考えて頷く


「そうでしょうねー。ここ最近の激務ってひょっとしてその事もあったんじゃ?」


「しかも片付いたって言ってた割にはシアも帰ってこねぇ。こりゃまだ全然片付いてねぇな・・・」


「ですね、昨晩遅くにキャサリンも出かけてましたしね」


これは俺のほうも動いて調べてみるしかないか・・・

一日で片付くとは思えないけど・・


「よっしゃ、ミナリは明日以降ユキと店開けれるか?俺ちょっくら探しに行ってくるから」


「いいですよ。どうせお兄ちゃんが動くと何日かで解決しちゃうでしょ」


まぁ、そう何日も空けたくないしなー

誘拐だけならまだいい、問題は誘拐した人たちを殺したりしてなけりゃ、なおいいんだが

職人ばかりを狙っていたり、商才のあるものを攫ったりして・・

それなのに身代金目的でもない。


人材目的か・・


「よっしゃ、いっちょ行くか・・」


「あー私も行くよ」


「ナート!?遅かったわね?」


入口にたたずむ一人の女の子が居た


「ごめん、もうちょっと、それでもと思って探してたんだ・・・でも今の話を聞いて確信が持てた。やっぱりショウヘイさんは攫われたんだね」


そうか・・・ナートはまだ・・探していたの・・・

ソシアは一人安心してしまっていたのだが、ナートはあきらめきれず探していた

そんな自分を少し恥ずかしいと思った。


「私も行きます」


「ソシアはダメだよ。ショウヘイもいないのに、だれが店の管理するのさ」


「それは、ダイモもいるし大丈夫よ」


ダイモとは店舗を統括している責任者の一人だ。ショウヘイと仲が良く、そして付き合いも長い


「ダメだね、あいつはすぐさぼるんだ。それに・・・ショウヘイが帰ってきた時に店がボロボロだったんじゃショウヘイ、怒って手がつけらんなくなっちゃうよ」


そう言ってにこりとナートはソシアに笑う


「てことで、カンザキさんよろしくお願いします!!」


「お。おお声がでけぇな・・まぁ大丈夫か。それにしても白の天使に黒の天使か・・天使に好かれるなんざ、ショウヘイってのも大概苦労してそうだな」


そう言ってカンザキは二人に笑う


ソシアは一瞬ゾっとした

この人・・封印状態の私とナートの本性を知っている!?

いつどこで・・ああ、ミナリさんが言ったのかしら・・

そう考えをまとめ掛けたところで


「え?お兄ちゃんなんで知ってるの?」


ミナリがそう言ったことで、もう一度ソシアは冷や汗が出た


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