第15話勇者、恋を知る
ルシータの知るここはかなりの深層である
もはや何百層かも分からない程に潜っている、それなのにこんな場所に人が居る
それだけでも驚いたのに、その人間はこの巨大な古亀に臆せず戦おうとしている事に驚愕した
「なっ!」
巨大な古亀の下から、その冒険者はその巨体に対しては余りにも小さな剣を振り上げた
そして古亀が巨体に似合わないスピードで足を振り上げた瞬間、ズズズッと音を立てて
その足が、巨体ごと真っ二つに割れた
ルシータがあれだけ苦労した敵を、あの冒険者はわずか一振りで倒したのだろうかと混乱する
どういう事なの?こんな階層に冒険者がいるだなんて
それに、彼は一体何をしたの?
ただ剣を振り上げた様にしか見えなかったし
もしかして、アレが魔王だと言うのであればルシータは死を覚悟するしかないと思った
到底かなうわけも無い力量の差があるのを目の前にしたからだ
当然、叫んだルシータに気付いた冒険者は、ルシータのいる所に駆け寄ってくる
彼は剣を鞘に収めてから言った
「いやぁ、こんな所で人に会うとは。凄い偶然だねー」
屈託のない笑顔でにこりと笑って言った
「で、君は誰?なんでこんなとこいんの?」
いやいやいや、こっちのセリフだ!
何でいるのどころじゃあない場所でしょうに!
でも正直助かったし、久々に人に会えた
何よりも敵ではなさそうだ……
その安堵感からルシータは、意図せず泣いてしまった
「ちょ、どうした、なんか怪我でもしたのか!」
ゴソゴソと袋をあさって、彼はいくつか古く汚れた小瓶を取り出して、ルシータに差し出す
「ええっと、エリクサーに万能薬!どっちが必要だ!」
ぶはっ
その慌てる男を見て、ルシータは数ヶ月ぶりに、久々に笑ってしまった
エリクサーに万能薬だって?
そんな伝説上のマジックアイテムあるわけがないじゃない!しかもそれを人にあげようとするの?
しかし男の目を見るとかなり真剣だと感じた
ドキリとした
え?ちょっと待って、本気なの?
エリクサーに万能薬を持ってるって言うの?
そう言えばここは500層あたりかな?
伝説上でしかいないと思っていたモンスターなんかも途中に出会ってるしもしかして本当に
いつの間にか涙は止まり、少しばかり戸惑っていると
男は頭をバリバリと掻きながら
「なんだよ、違うのか?」
照れくさそうに小瓶をしまい込んだ
そして、少しばかり落ち着いてから男は名乗る
「俺の名前はカンザキ見ての通りの冒険者やってる。そっちは?」
私の目を見ずに聞いてきた
目ぐらい合わせてくれても良いだろうに
「私の名前はルシ・・・いいえ、キャサリンよ!」
私が第一王女ルシータだと言えば、この人は私の立場にひれ伏してしまうかもしれないと思うと、本名を名乗るのが怖くなった
だから、偽名を名乗る事にした
そしてルシータは右手を差し出す
カンザキがその右手を握り握手をして
「よろしく」
お互いに挨拶をしたー
◇
カンザキとキャサリンはその場を離れて移動する
広めの場所にと移り、テントを張った
食事をとる時に、カンザキから語られた話は、もう笑うしかない話
カンザキはここよりかなりの深層から帰ってきた所らしい
このダンジョンの最下層まで行ってきたとか
その帰り道、美味しそうなモンスターを見つけてはメモをとりながら帰ってきたと言う
であれば、途中に、どこかに魔王はいなかった?
と、聞いたら
三年前にダンジョンに初めて入り、200層のあたりでそれらしき奴を見かけたと言った
倒したの?
いや、襲われたがクソ弱い奴だったのでボコボコにしてから鍛え直してやると
そのまま深層へと連れ去って……いや、同行して行ったと言う
嘘、それ…どうなったの?
ん?まあ、仲良くなったかな
かなり気の良いヤツだぞ?ほんとに弱いんだけどな
その魔王がどんな奴だったのか、気にはなったがルシータはそれ以上にカンザキが気になっている
キャサリンは何でこんなとこに?
と、聞かれたので王族だとは隠してありのままを話したら
カンザキは言った
そうか、悪い事しちまったな…目的をとっちまったのか
なんて言うものだから
今までの決意だとか辛い事だとかそんなものが溢れてきてまた泣いてしまった
彼の前でもう2度も泣いてしまっている
泣き虫だと思われていないだろうかと不安になる
そんな捨て去った筈の女心が彼の前では蘇ってくるのが不思議で、胸が締め付けられる
ルシータが勇者として孤独に戦う筈だった、そんな自分を
彼は、カンザキは救ってくれたのだとルシータは思った
そう言えばなぜ彼はそんなに強いのか聞きそびれてしまった
カンザキが言った一言が私を彼に縛り付けて聞けなかったのだ
「勇者って美人なんだな。すげー可愛いじゃん」
カンザキは本当に恥ずかしがりながらそう言っていたと思う
だって、顔どころか耳まで真っ赤にしてたから
だから、これはもう色々と惚れてしまうよね?
今まで強くて美しいとか美しいのに強いとか言われてきた
王族だったしお世辞にしか思えなかったけど
カンザキのその一言は私を
本当にただ一人の女性として扱ってくれていたのだから
カンザキはこの辺りにいる鳥のモンスターを探していたらしい
その鳥の肉がうまいんだ!
そんな力説をされた
そして、街に戻ったら店をやりたいんだとか言う
変わってるなあ
それだけ強ければ冒険者だけでやっていけるのにと不思議に思った
「キャサリンはこれからどうすんだ?目標、とっちまったから」
カンザキはまた頭を掻きながら話す
なぜ私の目を見ないのか
私は彼の目を見たいのに……
「そうね、誰かさんが魔王を更生させちゃったみたいだしすること無くなっちゃったなー」
しらじらしく、嫌味たらしく言ってやる
「なら、キャサリンも戻って店でもやればいいんだよ」
あっけらかんとカンザキは次の道を指し示す
「この世界はな、面白いぞ?ダンジョンやモンスターもそうだが、一番は人間が面白い。頑張ってるやつを見ると応援したくなるだろ?そんな頑張ってる奴らをさ、癒してやると言うか、鼓舞してやると言うか……」
うまく言葉が出ないのか、カンザキはまた頭を掻く
本当に可愛いと思う……
「わかった、私も店でもやってみる。そうね、カンザキの店の隣でね」
そうしたら、一番近くに、そばにいられるかな?
「へえ、そりゃあいいや。楽しそうだ」
カンザキは笑った
何て楽しそうに笑う人だろうか
「その前に、店とか言う前に、俺はこの食材メモを完成させなきゃなんねえ」
そう言ってボロくなっている手帳を取り出す
「そうみたいね」
「この層にいる鳥なんだがな、その、良かったらキャサリンも一緒に狩りに行かないか?うまいんだぞ?」
なんて誘い方だろうか
そんな食事の誘い方なんて初めてよ
本当に面白い人
「ええ、分かったわ。お腹すいてるしね」
私がそう言うと、カンザキは嬉しそうにまた笑ったのだった
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