第4話 名前の話。サキュバスは呼び方を考える/理由を話す
とある平日、大学からの帰り道。俺は自宅の近くにあるスーパーで食材を見ていた。
これくらいの量があれば今週は大丈夫、といった感じで缶詰やお菓子などを買い物かごに入れていく。一人暮らしの一週間分より多めなのは、サキュバスどもが勝手に家に入って飲み食いしていくからだ。
プリンセチア・ヒートピンクにクロユリ。彼女たちが勝手に家に入ってくるおかげで出費が激しい。
ちょうど彼女たちの顔を思い浮かべたところで、プリンやシュークリームなどの甘味が置いてあるところに来た。……あいつらにはミルクプリンでも買っていってやるか。はっきりとNOを突き出さない俺も、つくづく甘いと思う。
「本気で怒れば、家には入ってこないと思うんだけどなぁ」
どうして俺は本気で奴らを追い出さないのであろう。俺はあいつらがいる日常を求めているのだろうか?
いやいや無い無い。あんなうるさくて勝手に上がり込んでくる奴ら、好きじゃないって。
レジで店員が商品のバーコードをスキャナーで読み込む度、『本当か?』と商品から問いかけが投げかけられるようだった。
荷物を手に下げてマンションの5階まで昇り、玄関のドアを開ける。
なぜかシーンとしているな。2人が視線でバチバチ火花を散らしながら裸エプロンで出迎えてもおかしくないはずだけど。
いや? ゲームのBGMが微かに流れてくる? ゲームやってんのか。
「ちょっとクロユリ! 2500コストで先落ちしないでよ! 反射神経死んでんの!?」
「セチアさん! 3000コスト分の働きしてください! ノーコンっぷりが半端ないですよ!」
自室のドアを開ければ、セチアとクロユリがロボットアクションゲームで2人プレイをしていた。コントローラーをガチャガチャ乱暴に操作し、ぐぎぎと画面にかじりついているようである。
ヤメロォ! そのコントローラー高いんだぞ! 大切に扱え! 今にもボキリ通れそうな操作をすんじゃない!
まったく、安らかな時間を奪う不法侵入者どもめ。
「帰ったぞー、セチア、クロユリ」
「おかえりー! りくとん! 今手を離せない!」
「おかえりなさいお兄様! あっ! 落ちそう!?」
今、セチアが口に出した俺の呼び方おかしくなかった? いやまぁ、クロユリもお兄様とおかしいんだけど。
そして2人ともゲーム画面に夢中で、こっちを一目でも見てすらくれない。それはそれでちょっと悲しいぞ。
「りくとんってなんだセチア、りくとんはやめろ恋人じゃないんだし。なんかむず痒い呼び方だな」
そう言うと、セチアの動きが考えるように一瞬止まった。おい、3000コストのロボット撃墜されたぞ。がけっぷちの状態になってんじゃないよ。
「じゃあリクドン」
「怪獣かよ」
なんか額にドリル付いてそうな怪獣が思い浮かんだぞ。重量級タイプじゃん。
「ドリクドン」
「進化モンスターかな?」
プロテクターかなんかの装備品をつけて通信交換をしたら進化するやつかな?
「ドリドル・ドリクドン」
「ついに本名より長くなったぞ。重力系の魔法っぽいな」
魔法の本か何かに書いてある呪文だろそれ。中盤から終盤にかけての場面で放つシーンが絶対カッコいいやつじゃん。
「くすくす。お兄様はお兄様呼びが安定です。セチアさんの頭では気持ちのいい呼び方を考えられないようですね」
「ぐぬぬっ……!」
歯ぎしりするセチア。クロユリが優越感に浸った途端に、操作しているロボットは撃墜されて画面に【LOSE】の文字が表示された。
「そういや、なんでクロユリは俺のことお兄様呼びなの?」
「それは……陸翔さんが生き別れのお兄様だからです」
「マジかよ」
マジかよ、マジかよ、真面目に? 何でそんな重要な情報を隠してたの? 両親への挨拶とか早い内にやっておかなきゃ駄目な奴じゃん。
「ようやくこの世界で会うことができた。でも長い間離れてたせいか、私は愛しの兄に対して禁断の恋心を抱いてしまう……みたいな設定だったらいいなぁ」
「設定かよ」
設定かよ。思わず口に出して、心の中でもう一度突っ込んだわ。あービックリした。
「はぁ……まぁいいや。でもゲームの画面ばっかりでこっちを見て話さない子たちには、買ってきたミルクプリンあげません」
「やだぁあ」
「やぁああ」
ゲームのコントローラーを床に置き、俺にすがり付いてくるセチアとクロユリ。
とても可愛いね、不法侵入者じゃなければね。なんで断り入れずに毎回勝手に入ってくるんですか畜生。
きちんとした挨拶から始まってよろしくお願いしますから始まればいい関係になれてたかもしれないのにね。
「ぎゅーっ!」
「ぎゅっ!」
それぞれのパーソナルカラーなピンクと黒の羽をパタパタさせながら、腰に抱き着いて甘えてくる2人のサキュバス。
ああ、可愛いな畜生。ほんと不法侵入者だったり泣き虫じゃなければねー……。ほんと、俺の幸せにとどめを刺した奴らじゃなければねー。
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