第13話
ポイズンスライム。
見た目は紫色で無害のように見えるが、その内に秘める毒は食らえば人を死に追いやるほど凶悪だ。
視力が悪く、欠点を補おうと聴力に特化した。
故に、音さえ立てなければ無害に近い。
それに気づかず大声で話しながら歩いていれば、たちまちポイズンスライムの餌食となり、毒に侵される冒険者たちは少なくはない。
「………」
少年はなるほど、と二人の行動を見守る。
確か一人当たりのノルマは10匹だと言ったか…
リブは忍者のように素早く動き、音と気配を消してポイズンスライムを討伐していく。
コルもリブに見習って、動きは遅いが慎重に1匹1匹確実に倒していた。
倒したスライムは形を崩し、地面には無数の紫の水たまりを作る。
だが、倒しても倒してもスライムたちの数は一向に減る気配がない。
そんなちまちまと続ける二人を見て、少年は大きなあくびをした。
「ちょっとナナシ!あんたも少しは手伝いなさいよ!!」
「………」
リブはポイズンスライムが反応しないくらいのささやきで、少年を注意してきた。
「………確かに…あんたらに任せたら日が暮れそう…」
少年はもう一度大きなあくびをした。
と思うと、少年の背後から大きな蛇がぬるりと現れる。
「…!!…」
「あれが…噂の…!!」
「ばか!コル!!声あげちゃダメよ!!…あ!!」
コルの口から思わず驚きの声が漏れる。
つられてリブも…。二人は口を手で覆うがもう遅い…。
「「やば!!!」」
二人の声に反応したポイズンスライムたちは一斉に振り向き、大ジャンプをして飛びかかってきた。
が…
「ばかばっかし」
少年の嘲笑を合図に、二人の上を巨大蛇の影が通る。
蛇は湖を中心に円を作りながら、口をぐわりと開けてスライムたちを一飲みしていった。
雑巾掛けでもしている気分になる。
この場合、汚物はスライム。
主役は蛇だ。
「………ははっ……」
自嘲が急にこみ上げてくる。
魔物を倒している時はなぜか気分が良くなる。
蛇と気持ちがリンクしている気がする。敵を倒すことを心地よく感じた。
少年が気づいた時には湖の周りにポイズンスライムは1匹もいなくなっていた。
一仕事終えた蛇は地面を優雅に這って戻ってくる。
「すげぇ…」
「………」
少年は、これがあんたの言っていたズルだよ、と言ってやりたかった。
「その蛇…」
しかし、少年はリブたちのピンチを救ったのだ。
お礼の言葉と共に瞳をキラキラさせることだろう。
「その蛇、使うな」
「は?」
リブの返信は、少年の憶測とは真逆の反応だった。
怒っているように見える。
彼女の感情が読めない。
少年は声を震わせる。
「………なんで?」
「言ったじゃん。そんなんズルだって。汗水流して得た報酬の方が達成感が強くなるの!」
そうじゃない。…そうじゃない。
なんで怒っているのか。
その理由を知りたかっただけなのに。
「……それがあると何が違うの?」
「みんなに認められてもらった時、堂々と胸張って自分が倒したって言える。実績が自分になる。あんたの今のそれは子供と一緒で、見せびらかしたいだけ。自分のペットをすごいでしょ…って。でも、すごいのはあんたの蛇であんた自身じゃない。だから、これからあんたが強くなったとしても、認められるのはその蛇だけ。あんたはついで。あんたの評価は、『あの蛇を連れた魔術師。おまけなのよ」
「人の価値観なんて人それぞれ。僕は僕。蛇はおまけ。僕が静かに、平和に暮らしていけるための手段の一つ。人の評価なんて気にしてたら、うざいだけじゃん」
「ずっと殻に閉じこもって、出てこようともしないわけ?」
「遮断された世界の方が好ましい。誰かと関わりを持つなんて、めんどい」
「なんで?」
「それが僕の蘇生術、だから」
少年は気分が悪くなった。
勝手についてきて、勝手に騒いで、自分勝手に相手を説教してくる。
今までずっと隠していた本当の気持ちが…憎悪がこみ上げてくる。
「っ…!!ナナシ!前!!」
「…?」
アンシェントワーム。
古代から生息している生命力の高い虫の魔物。
暴飲暴食で必要以上に森の養分を食べて体を大きくする。
生きていくためなら、養分の糧となるものなら何でもいい。
そう。それこそ…人間でさえ…
「危ない!!」
枝に絡みつきチャンスを窺っていたのか。
アンシェントワームは歯がぎっしり並ぶギザギザの口を開けて、自分の真下にいる少年を食らいつこうと、一本の長い体に重力を乗せる。
コルが走り出したところで間に合わない距離だ。
だが、少年にとってそんなことどうでもよかったのだ。
なぜなら…
「な、なに…?なにが起きてるの?」
「見たまんま、だよ。…死んでいいなら死にたいけど、誰も僕を殺してくれないんだ」
アンシェントワームはなぜか少年の頭すれすれで止まり、また木の上に戻っていった。
なにも見ていない、と恐れをなしたようにも見える。
「…僕が攻撃すれば敵意を見せてくれると思った。気付いたら僕が…サーペントが一方的に攻撃しているだけになった。誰も僕を…殺してくれないんだ」
少年は下を俯く。
と同時に少年の蛇が主人を襲ってきたアンシェントワームの体を食いちぎる音が聞こえた。
しばらくすると、木の幹に器用に体を巻きつけた蛇が顔を出す。
知能の高い蛇はアンシェントワームの討伐依頼達成の証拠となるギザギザの歯を口に咥えていた。
「知らない土地で、僕は何をしたらいいと思う?…本当は何もしたくない。何とも関わりたくない…。だから、全部サーペントに任せてる。それだけ」
「そんなの…よくないよ」
「何も知らないくせに呑気なこと言えるよね。あんたに僕の何が分かるって言うんだよ」
「知らなくない!気持ちは分かる!!」
「いいよ。そういうの。家族もいて、友達?もいて…何一つ不自由してないじゃん」
「違う!いなかった!私だっていなかったの!!昔は何も持ってなかったし、人の好意も全部踏みにじった。でも、でもね…変わったんだよ。変わるって大事なんだってことに気づいたの。その大事に気づかせてくれたのは、『関わり』だよ。人と関わることによって、居場所を見つけることができた」
「………」
「別に居場所がないのはあんただけじゃない。私だって元々はそうだったし、街にだって敢えて関わろうとしない拒絶系はたくさんいるよ。家に居場所がない人だって、帰る家がない人だって知ってる。だから、あんたは特殊なんかじゃない。他の人たちと何にも変わらない。…そんなつんけんする必要ないっしょ?」
「………」
「目を閉じてたってなんも見えんしょ?怖いかもしれないけど、少し落ち着いて周りを見てみなって。ちょっとは興味が出てくるじゃん」
「………わかんない………。そんなこと、急に言われたって…」
「大丈夫だって。手始めにうちらと冒険してみよ?サーペント抜きで、泥臭く戦ってみよ!」
「………」
少年は瞳を閉じる。
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