第2話
僕は発狂した。中島 敦の小説「山月記」にて詩人を志す男、李徴は山野を駆け回った挙句、虎になったが、僕は路地裏をブラブラと散策した挙句、狼になった。
正確には人狼になった。因みにあまり関係のない話に聞こえるが…いや、実際に関係の無いと思われる話なのだが、30歳までに童貞を守り抜くと魔法使いになれると巷の噂で聞いたことがある。しかしそれは嘘だと分かった。いや、失敬。これは嘘ではないのかもしれない。個人差というものもあるのだろう。僕以外の而立童貞防衛者は魔法使いになっていて、たまたま僕の場合は純潔たる不遇の言い訳も虚しく魔法使いになれなかっただけなのかもしれない。そんなことはどうでもいい。
とにかく、僕は30歳までに童貞を抜け出せず、その上人狼になり果てた。別に寂しくない。
僕が人狼になった理由が30歳までに(以下略)というものなのか、それは定かではない。僕は詩人を目指していた訳でもない。かといって特に目指していたものは無い。空っぽの自分自身に嫌気がさして何となく路地裏を回った、それだけで人狼になり果てたというだけである…
と書き終えて、これからは花道を闊歩するが如く華々しい、そしてそこから観客席に滑り落ちるが如くロックンロールな話にさっさと進みたかったのだが、ここはスルー出来ないところである気がした。何となくである。
僕は路地裏をブラブラして人狼になっただけでなくノベルゲームの世界に転生していたのである。しかしタイトル回収はまだ早い。
思えば中途半端に過ごしてきた人生だなと思う。10代、この頃は希望に満ちていた…訳ではない。やりたいことは山ほどあったが、何をやっても才能がないと思ってすぐに止めた。
20代、就職したが数年で辞めてフリーになった。何か特別な技量を持っていて、それで食いつないでいたというフリーの方法ではない。むしろ誰でも出来るような仕事を見つけては応募して食いつなぐというものだった。コンビニのバイト、夜間警備員は勿論の事、小難しい顔をした紳士達の眼前に重たい絵画を運ぶ仕事もしたし、町に逃げだしたコモドオオトカゲを探す仕事なんかもした。とにかくイラストレーターやアナウンサーや作曲家等、フリーと言って想像出来るそれっぽい類のものではない。
むしろ「何しているんだろ、僕」といったようなことばかりしていたように思う。紳士達の前に運ぶ絵画はどれも官能的なものばかりだった。雄蕊を立てながら「いや腰のラインが…」「いや乳首の張りが…」「いや絶頂に達している瞬間の切り取り方が…」と大真面目な表情で猥談をする紳士たちの前で、こちらも大真面目な表情をキープしなければならなかった。「何してるんだろ、僕」と思った。コモドオオトカゲを探した挙句、結局依頼主が探していたのはエリマキトカゲだった。「本気で何してるんだろ、僕」と思った。
そんな劣情極まる生活を送る中、僕にとってノベルゲームというものは癒しそのものにだった。仕事から帰ってきては
「ご飯にする?お風呂にする?それとも…」
「2次元でおねしゃす」
という架空の妻に申す勢いで、粋な催しをするかのようにシナリオを進め、嗜むという日々を送るようになっていった。しかし、潤沢な財政を抱えているわけではない僕にとって、そいつらは次々と買えるわけではない。選別ということをしなくてはならないのだ。血走った目でPCに向かい、ノベルゲームの選別をする僕の姿はさぞかし気持ち悪い、というよりは気色の悪い…いや、気味の悪いものだっただろうと今になっては思う。
しかし、である。
不快害虫な僕にも転機というものが訪れる。
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