最強チート能力の物語は飽きました

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最強チート能力の物語は飽きました

「おめでとうございます。あなたは無事、転生しました」


 目を覚まして宗也しゅうやが初めて聞いた言葉は、彼を歓喜させるには十分なものだった。



《最強チート能力の物語は飽きました》



「はーあ。チート能力の小説とかアニメ多すぎ。つまらんわ」


 高校二年生の宗也は、教室でいつも通り友人と話していた。

一つ前の席で宗也と話している碧斗あおとは、漫画やアニメなどが好きで宗也といつも共通の話題で盛り上がっている。

今日も変わらず昼休みに小説の話をしていた。


「異世界転生チート系ね。実際転生させると現実と違う部分とかあっても"異世界だから"で済ませられるから楽なんだろうな。チート能力はやっぱみんなの夢だし書きたくもなる。一個大ヒット作出来ちゃうと異世界召喚とかのちょっとした亜種も含めて大量に世に出るよな。そしてそのほとんどがつまらん」


 碧斗は早口で語るが、宗也はなんともないような顔で頷いている。


「ほとんどは言い過ぎだけどやっぱ母数が多い分つまらんのも多いよな。"私はその辺の物語と違いますよ感"出しといて結局その差別化のアイデア以外別に面白くないのとかもあるし」


 宗也も負けず劣らずの早口で語り、その日の昼休みは『転生系はもう面白いのは出ない』という結論で終わった。

放課後になり、宗也はいつも通り自転車で自分の家へと向かっていた。

既に何度も注意されているがこの歳の高校生が守るはずもなく、両耳にイヤホンを付けてお気に入りの曲を流してペダルを漕いでいた。


 後ろから接近するトラックに気付くこともなく。


















「──────っぶねー!!!!」


 と、声ではなく心の中で叫んだ宗也は、トラックの運転手に一礼して横のスペースに避けた。

宗也が自転車を漕いでいる途中、後ろから来て止まったトラックに道を開けてくれという旨のクラクションを鳴らされ、唐突の爆音に驚いただけだった。


「異世界転生の世界じゃないトラックは、普通に止まるよな…」


 通り過ぎたトラックの背中を眺めながら呟いた修也は、イヤホンを外して安全運転で家へと帰った。

夕飯や風呂などが済んだ宗也は自分の部屋に入り、ベッドに飛び込んだ。


「ここが小説の世界じゃなくて良かったーーーーーーーっ。まじで。本当に」


 猛烈な独り言をベッドでゴロゴロ転がりながら呟く。


「まあ人はそう簡単には死なねえんだよな!ってこれフラグか。明日こそ轢かれたりして」


 しきりに独り言を呟いて満足すると、スイッチが切れたように眠りに落ちた。



***



 目が覚めると、宗也は暗闇の中にいた。


「あれ、俺の部屋暗すぎじゃね」


 何も見えない状態の恐怖を和らげるように呟く。

すると、突如背後から強い光を感じた。

宗也が驚いて振り返ると、後光が差すように光る神々しい女性が立っていた。


「あ、これ夢だわ。あなたは誰でしょう」


 宗也は瞬時に夢だと確信して雑に女性に話しかけた。

実際夢の中特有の感覚があり、明晰夢の状態だった。


「夢…間違ってはいません。あなたはたった今亡くなりました」


 女性は宗也の顔を見て、哀れむようにゆっくりと話した。

宗也は軽く笑い、夢の中でよくある意味の分からない展開がこれからどうなるかと考えていた。


「まあ夢だからな。無くなった?あ、亡くなったか。よくわかんないけど俺なんで死んだの?寝てるだけだし死にようもないけど」


 現実では上手く女性と話せない宗也も、夢の中では半笑いで強気に話すことが出来た。


「心臓発作です。あなたは睡眠中に心臓発作を起こし、苦しむこともなく亡くなりました」


 女性が話した途端宗也は吹き出した。都合が良すぎる。

自分の夢の中というだけあって上手く納得させられる。


「なるほどね。で、この後どうすんの?転生?天国?」


 ニヤニヤと話しかける宗也を見て、女性は少し目を見開き、再度宗也の目を見て話し始めた。


「仰る通り死後の選択肢は二つあります。一つ目は死後の世界に行くこと。二つ目は新しい生を受け、別の世界に転生することです。これはあなたの好きな方を選択出来ます」


 やはり思い通りにいくことを見て改めて宗也は夢の中だと確信する。


「おうけい。転生しよう。チート能力で頼んます。魔法がある世界で全部の魔法を最高級のレベルで扱えてMPも切れないし身体能力も抜群で高身長のイケメンに転生させてくれ」


 ここぞとばかりに自身の欲望をさらけ出し、好き放題出来る世界に転生することを望んだ。


「わかりました。しかし能力が多すぎることにより一部転生時にエラーが起こり能力が損傷してしまう危険性がありますがそれでも良いでしょうか」


 宗也は能力を減らそうかと少し考えたが、夢の中ならどうにでもなると考え、承諾した。


「まあ大抵こういうときってなんか致命的なもん欠損するけどこんだけ能力ありゃどれが欠けてもいいだろ」


 そう言っている間に宗也の身体は青白い光に包まれ、ゆっくりと意識が遠のいていった。



『おめでとうございます。あなたは無事、転生しました』


 目を覚ました途端、宗也の頭に声が響いた。

その瞬間、一気に宗也は真実を知った。


「夢じゃ…ない!?」


 先程まであった夢の中の感覚がなくなり、意識がはっきりとしている。

恐らく死後の空間が夢の中と同じような感覚だったのだろう。

真実を知った途端、宗也は俯いて拳を握りしめた。

夢だと鷹を括っておいての唐突の死。心に深い傷が付いてもおかしくはない。

すると、宗也はバッと上を向いて声を上げた。


「…ぃぃぃやったぁあああ!!!転生じゃあああああ!!!!!しかもチートォ!!最高!!!!」/):」:「-8-du@v#j」


 興奮しすぎて後半言葉にならない言葉を叫んだが、特に心が傷付くこともなく宗也は喜んだ。

実際にチート能力を持って異世界転生すると、馬鹿にしていた世界も輝いて見えた。


「あ!ステータス調べんと!」


 急に我に返り、宗也は自身のステータスを確認した。


「───魔法も使えるしMPがなくなる感じもしない。バク宙も出来たし顔の形状も変わってるからイケメンになったんだろうし景色もいつもより高い。もしかしてこれ、完璧じゃね!?」


 火や水を自身の手から生み出して自由自在に動かすことが出来たときは天にも上るような気持ちだった。

水を操って反射させ、しっかりと整っている顔も確認出来た。

テクニックがないと出来ないバク宙も出来たところも見ると、運動センスや身体能力も抜群に良くなったようだった。

 宗也は本当に完璧な能力を手に入れたことを自覚し喜んでいると、突如後頭部に衝撃が走った。

驚いて振り返ると、小さなゴブリンが三体こちらを睨んでいるのが見え、宗也の足元には棍棒が落ちていた。

棍棒をヒョイと拾い上げ、軽く手でポンポンと叩く。


「これ当たったら結構痛そうだけど無傷だったな俺。初撃無効までついてるのかよ。最強じゃん」


 宗也は簡単な雷魔法でゴブリンを焼き払うと、ウキウキで人のいる街へと向かっていった。













《三年後》



「宗也!こっち頼む!」


 呼ばれた途端、眩い光が発生し、凄まじい轟音と共にあっという間にモンスターを焼き払った。


「宗也がいて良かったわ本当に。魔王城のモンスターもやっぱ余裕じゃねぇか」


 男性の笑い声と同時に、光が発生した場所から背の高い顔の整った男性が姿を現した。

勿論、宗也だ。


「…まさか魔王がいる世界でしかも俺が戦うことになるって過去の俺が知ったら信じられなくて笑い飛ばすなこれ」


 ボソッと独り言を呟く。

仲間に不思議そうな顔をされたが咳で誤魔化した。


「よーしこれで魔王城のモンスターはほとんど殲滅した。あとは四天王の最後の一人と魔王のみだ!みんな張り切っていくぞ!」


 宗也の掛け声と共に総勢30人はいると思われる仲間達が雄叫びをあげた。


『まあ宗也さん一人で十分なんだけどね』という声がどこからか聞こえたが、宗也は気にせずに四天王最後の一人が居る場所へと向かった。




───「なあ、宗也。お前が強いのはよくわかるんだけど、デメリットとかってないのか?」


 この世界で旅する仲間で親友ともなった戦士、ブルーの言葉に宗也は反応する。


「なんだよ、いきなり。今は魔王城に乗り組む前の最後の宴会だぞ?もっと酒飲んで楽しい話でもしておけよ」


 適当にあしらいつつも、宗也は転生する前のことを思い出した。


『「わかりました。しかし能力が多すぎることにより一部転生時にエラーが起こり能力が損傷してしまう危険性がありますがそれでも良いでしょうか」』


 今となっては女神とわかった女性の言う通り、宗也の能力には欠損があった。

それは『治癒魔法が使えない』というシンプルなものだった。


 しかし『初撃無効,第二第三攻撃無効,攻撃対象の居場所感知,魔法攻撃無効, 物理攻撃90%軽減,状態異常無効,オート回復』等他にも多種多様に存在するまさにチートというべき能力の影響で全く宗也には治癒魔法を使う必要がなかった。


 実際魔王城に至るまで全ての敵を瞬殺し、宗也やその仲間に傷を与えるどころか数秒たりとも宗也達の姿を見ることが叶う敵はいなかった。

さらに僧侶や賢者等の治癒魔法を使う人物をパーティに入れたことにより宗也の死角はなく、むしろ王の命令がなければ宗也一人で魔王城に乗り込んでいた。


「まあ、一応治癒魔法が使えないっていうデメリットがある」


 泡の無くなったグラスの酒を見つめながら呟いた。


「治癒魔法かー。そりゃあお前には必要ないな。やっぱ無敵かよ。どんだけ訓練しても勝てる気しねえわ」


 そういうとブルーは手に持っていた並々注がれたグラスの酒を一気に飲み干した。

ブルーは過去に宗也の鎧に傷を付けた唯一の存在だった。

それが友人になったきっかけでもある。

宗也がいなければ確実にこの世界の勇者はブルーだっただろう。


「お前程度俺の能力無くても余裕だわ。魔王城行くより国に残って奥さんと子供大事にしてやりな」


 視線を酒からブルーに移す。


「はははっ!確かにお前なら能力無くても強そうだ」


 グラスを置き、宗也と目を合わせる。


「…なぁ、不安なんだろ。魔王城へ行くのが」


 ゆっくりと、確信を持ったように聞く。

宗也は目を伏せ、口を開いた。


「…ああ。怖いんだよ。全部上手く行き過ぎた」


 酒に反射した自分の顔を見て宗也は顔を曇らせた。


「確かに今まで全てのモンスターを一瞬で焼き払った。一度も苦戦することもなかった。でも、いや、だからこそ嫌な予感がするんだ」


 この能力は貰ったものだ。

能力が突然使えなくなったり、一定のラインを超えて使いすぎると代償があったりしてもおかしくはない。

しかしそれだけではなく、宗也は漠然とした不安感があった。


「今まで余裕だったんだ。魔王城も余裕に決まってんだろ。上手くいってりゃそりゃ嫌な予感なんかつきもんだ。でもな…」


 ブルーは唐突に立ち上がり、右の拳を宗也の目の前の机に思い切り叩きつけた。

ドン、という衝撃波と共に机全体が揺れる。


「『嫌な予感がしたから君たちは家で僕が帰ってくるまで暖かいとこでぬくぬくと待っててね』じゃねえんだよ!

俺はお前のついでなんかじゃねぇ!俺は自分の意思で魔王城へ向かう。他のやつらもそうだ。全員死ぬ覚悟を持ってやってる」


 ブルーは拳を引き、宗也の肩を持って語りかける。


「なぁ、俺が弱そうに見えるか?俺が魔王に手も足も出ないような人間に見えるか?」


 宗也は俯いたまま黙って首を振る。


「そうだ。俺は人類で二番目に強い男なんだよ。ここにいる全員、同じように強い。

だから、黙って信じやがれ」


 ブルーは肩から手を離し、宗也の背中をポンと叩くと、静かにその場を去っていった。



───「信じる、か」


 魔王城を歩きながら、宗也はポツリと呟いた。

すると、後ろからブルーが話しかけてきた。


「なんだお前、まーた怖くなっちまったか?お前こそ国に帰って彼女でも探してくるか?」


 四天王の待つ部屋の扉の前に立ち、宗也は顔を上げた。


「いや、その必要はないな。もう俺彼女いるし」


 扉を開き、中へ入りながらブルーに向かって笑顔で振り返った。

ブルーは驚きの表情を浮かべていた。


───それは、宗也へ向けられたものではなかった。

突如、一人の人間が宗也を両手で思い切り押し、扉の奥へと倒した。

同時に扉は勢いよく閉まり、宗也を押した人間と宗也の仲間達は切り離され、宗也は扉の向こう側に取り残された。


「───こんにちは、勇者さん。おっと、私を攻撃したらこの部屋から出る方法が分からないままになるよ」


 部屋の奥から聞こえる声に、宗也は攻撃しようとして手を止めた。

攻撃する気がないと判断したのか、四天王最後の一人がゆっくりと姿を現した。

人間の女性の姿をしているが肌は紫色で、角や翼など魔物と呼ぶには十分な姿をしていた。


「…俺一人切り離したところでなんの意味もないぞ。このままお前を倒して扉をこじ開ければそれで済む」


 キッと睨みつけるが、魔物は一切怯む様子がない。


「ふふ、ならお得意の魔法で私を倒せばいいのに。それをしないってことは、状況がしっかりわかってるってことじゃない」


 魔物は不敵な笑みを浮かべて宗也の目の前まで歩み寄った。


───仲間の中に裏切り者がいた。

そいつがすぐに誰かを人質に取れば、仲間達は身動きが出来なくなるだろう。

しかも扉の近くだ。無理に宗也が扉を壊して爆発する仕掛けでもあったら仲間達はタダじゃ済まない。

そしてこの部屋には妙な魔力を感じる。

わざわざこの部屋に押し出した辺りを見ると、何か妙な仕掛け、例えばこの魔物を倒したら二度とこの部屋から出られないなんて仕組みがあったら詰みだ。人質と合わせて宗也の仲間達は魔王に殺され、宗也が復活することもなく魔王の勝利となる。


 宗也の仲間は精鋭を集めている部隊なのもあり、ここで殺されると人間側は大打撃を喰らい、魔王が世界を支配する未来は近くなる。


「うふふ、どうしちゃおうかな〜」


 上機嫌で魔物が宗也をジロジロと眺める。

ゆっくりと手を伸ばし、宗也の肩を触る。

宗也の身体をひとしきり撫で回した後、少しずつ宗也の首へと身体を張って両手が向かう。

何がトリガーとなってこの部屋から出られなくなるか分からない現状、味方を守るためにも宗也は何もせずにジッと耐えるしかなかった。

魔物が両手で首を掴むような状態になると、満面の笑みで宗也と目を合わせた。


「うふふ…睨まないでよ…そんな睨まれると…」


 鼻と鼻がくっつくほど魔物が宗也の顔に近付く。


「殺したくなっちゃうよねええええええええ〜!!!」


 魔物が叫びながら思い切り両手に力を込め、宗也の首を絞めた。

あまりの苦しさで宗也の脳に"死"の文字が浮かぶ。

俺は死ぬのか…?と浮かんだ瞬間、宗也の脳裏にブルーの言葉が過ぎる。


───『だから、黙って信じやがれ』


 遠のきかけた意識が、はっきりと戻った。

突如、魔物の視界が宗也の顔から天井へと変わった。

刹那の出来事に魔物が戸惑う。


「斬ら…れた…?」


 ありえない、というように声を震わせる。

敵を殺す宗也の技は、もはや神のようなレベルにまで達していた。


「せっかく魔王様に献上する首を作れそうだったのにすまねぇな。俺の仲間はそんなに弱くねぇんだ。死ぬ覚悟くらい出来てる」


 なんとか魔物の手から逃れて一息つき、心の中でブルーに感謝する。

急いで扉を破壊しようと振り向いた瞬間、魔物の吐いた捨て台詞が宗也の全身の細胞を震わせた。


『この部屋では、一秒に数十分が過ぎる。もう手遅れだよ』


 魔物はそれだけ言うと、派手に笑いながら絶命した。

魔物の言葉を最後まで待たず、宗也は躊躇せずに扉に向かって魔法を放った。

この部屋に入って約二分、一秒にぴったり十分が経つとしても少なくとも二十時間は経っている。誤差を含めると丸一日は経過しているか。


「頼む…みんな生きててくれ…っ!」



***



 宗也が扉を開いた瞬間、ブルーの目には宗也の元へ走る怪しい影が映っていた。

ブルーが止めに走るより早く宗也は扉の向こうへ閉じ込められ、裏切り者はブルーの攻撃を躱し僧侶を人質にとった。

僧侶は首にナイフを当てられ、恐怖で腰を抜かしている。


「クソがっ!なんで俺達を裏切りやが………っ!」


 完全無敵の宗也を仲間に持つ人間側に裏切るメリットはない。

しかし、ブルーは叫んだ瞬間、恐ろしい真実に気が付いてしまった。


「まさか……お前…っ!」


 裏切り者の人間は口が裂けそうなほど、いや、実際に身体中が裂けながらニヤリと笑い、勢いよく人ならざるものへと変化していった。

五メートルはある扉を完全に隠すほど巨大化し、グニャリと全身がうねるおぞましい赤黒い化け物が、僧侶を取り込んで鎮座した。

この世に存在してはいけないと直感で感じるその姿は、疑う余地もなく魔王そのものであった。


 少し透けている魔王の体内で、少しずつ僧侶を溶かしていく。


「ああぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!」


 ブルーが思い切り斬りかかり、魔王の腹に無理矢理切れ込みを入れて僧侶を引きずり出した。

それが明らかな誘い込みだとわかっていても、目の前に苦しむ人間を見捨てられるブルーではなかった。

ブルーが僧侶を完全に救出すると、急に視界が暗くなった。

振り返ると、ブルー達を覆うようにドーム状の壁が出来ていた。

僧侶を人質にすることで全員の意識を集中させ、その隙に魔王自らの全身でブルー達全員を覆うのが魔王の作戦だった。


「なんだよこれっ!」


 他の戦士が壁となっている魔王の身体を剣や魔法で破壊しようと試みるが、弾き返すのみで傷一つつかない。


「おい全員中央で固まれ!魔王が自在に変化出来るならそこから攻撃出来てもおかしくはない!なるべく壁から離れるんだ!」


 ブルーの指示で中央に円形の陣形を組んで固まったが、攻撃がくる気配はない。

既に僧侶が一人重症を負っている。これ以上怪我人を出す訳にはいかない。


「宗也…!何をしてやがる…っ!」


 全体に緊張感が走る。

ブルーの額から頬を伝い、汗が床に落ちた。


 その瞬間、後方から悲鳴が聞こえた。


「なんだ!」


 全体が振り返り、悲鳴の元に視線を映す。

そこには、首から上のない戦士が一人立っていた。


「本体がいるぞぉぉぉぉ!!!!!」


 死体を見た瞬間、ブルーが叫んだ。

ブルー達を覆う魔王はあくまで抜け殻であり、別に本体がいるとブルーは直感で感じ取っていた。

恐らく目にも止まらぬ速さで戦士の首を掠めとっていったのだろう。

ブルーが目を凝らすと、高速で移動する影がなんとか見えた。


「魔王は高速で全員を殺しにかかっている!!!全力で警戒しろ!!!」


 喉がはち切れるほど思い切り叫んだ。

空気が震え、緊張感が走る。

しかし、ブルーの言葉に返事する者は誰一人いなかった。



***



───「みんな生きててくれ...っ!」


 扉を破壊してはじめに宗也の目に映ったのは、大量の首のない死体と、おぞましい化け物の姿だった。

ブルー達を覆っていた壁は崩れ落ち、中がさらけ出されていた。

床も穴だらけで平坦な場所はなく、まるで原型を留めていない。


「ブルー!!!」


 宗也が叫んだ先には、ボロボロで鎧もなく、刃と呼べる部分がほとんどない剣を持ったブルーがいた。

立っているというにはあまりにも体勢が崩れ、今にも倒れそうな状態だ。

ブルーは宗也に気付くとギリギリの筋肉で笑みを浮かべて宗也の方を向いた。


「宗…っ!」


 その瞬間、一瞬の隙が生まれた。

魔王の身体から発生した巨大な槍のように鋭い棘がブルーの身体に突き刺さり、そのまま壁まで凄まじい速度で叩きつけた。

魔王は宗也に気が付くとすぐに棘を抜き、まともな人間なら向けられただけで気を失うであろうほどの殺気を放った。

魔王は瞬時に宗也へと攻撃を放つが、既に宗也はその場にいなかった。


「ブルー…っ!」


 宗也はいつの間にかブルーの元へ駆け寄り、打ち付けられたボロボロの身体を抱えて呼びかけていた。

ブルーの腹には大きな穴が空いていて、既に死んでいてもおかしくはない状態だった。


「お…そいぜ………宗…也…」


 口から空気を漏らし、震えた声で名前を呼ぶ。


「喋んな!すぐ助けてやるから…!だから…!」


 震える声で必死に叫ぶ。

魔王の猛攻撃は宗也には効かず、全て魔法で弾き返していた。


「お前…が…治癒………法…使え……い…の…ってんだぜ…」


 ブルーはさらにぐったりと身体の力が抜けていく。


「お前…!丸一日も魔王の攻撃凌ぎやがって…!」


 ブルーの顔が、どんどん歪んで見えていく。

拭っても拭っても、歪みは抑えられない。


「…死ぬ……って…んな感じな…だ……な………

妻と息子…頼んだ……ぞ…」


 ブルーは大量の血を吐き、おもむろに顔を起こして宗也の顔を見る。


「お前なら……界を…救って……るって……じてる……………」


 それを最後に、ブルーは息を引き取った。

安心したような表情で、拳を宗也の胸に当てながら。


 宗也は優しくブルーの身体を壁に寄りかけ、静かに魔王の元へと歩み寄った。

一歩一歩、首の無い死体を見ながら、ゆっくりと、魔王の元へ歩いていく。
















 決着は一瞬で、とても静かなものだった。


 世界の命運を分ける戦いが終わった魔王城には、宗也が一人、二十九人と一人の命を背負って立っていた。



















《一ヶ月後》



 パラパラと雨が降り薄暗い中、傘を差した一人の男が墓石の前に立っていた。

墓石には《Blue》と掘られている。


「最近忙しくてお前のとこ来れなかったよ。この世界で最強の男がいねーんじゃ宴も盛り上がらねぇからさ、帰ってきてくんねーか。酒も不味いんだ」


 ゆっくりと屈んで傘を握り締める。

墓石に雨がかからないように傘を置いて立ち上がる。


「魔王相手に丸一日耐えてた男が俺より弱ぇ訳ねぇだろ。なぁ…」


 世界を救った勇者の顔は、雨でぐしゃぐしゃに濡れていた。


















 目が覚めると、いつもの部屋にいた。

蚊に刺されていたようで痒く、肩に手を伸ばした。

手を伸ばそうとして、止めた。


「夢…?」


 手を伸ばしても炎は出ない。景色がいつもより低い。

階段を降り、朝食を作っている母親に一言尋ねた。


「なあ、俺の顔、イケメン?」


 何言ってるのと一蹴され、いつものように学校へ向かった。

学校へ行き、昼休みにいつも通り碧斗が話しかけてくる。


「なぁ、この本知ってる?クソつまんねぇ本って話題なんだけど…」


 本を受け取り、表紙を見た。

題名は『勇者の異世界冒険譚』。

ふふ、と笑い、本を碧斗に返した。


「やっぱり、異世界転生はつまんねぇや」





Fin.

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