第三十七話
「リョウカ。こんな聞き方するのもアレだけど、いま何人くらい斬ってきた?」
「いえ、実は一人も。みんな剣の腹でぶっ叩いて、のしてきただけですから。多分一人も死んでないと思いますよ。でも、そこにいるそいつ、アルバプレナ様ですよね? そいつだけは叩き斬った方がいいでしょうか?」
当たり前だがアルバプレナは一人でここに来ているわけではない。護衛がいる。剣呑な空気が流れそうになったので、僕はリョウカの方を諫めた。
「リョウカ。とりあえず、ここまで誰も殺してないなら、剣を収めてくれ。実は今、僕を解放してくれるって話が、ちょうどついたばっかりのところでさ」
「えっ。じゃああたしは一体、何のためにここに?」
「……いやまあ。でも、来てくれて嬉しかったよ。すごく嬉しかった。ありがとう、リョウカ」
と、そこで、今まで黙っていたアルバプレナが咳払いをした。
「うおっほん。……まあ、そういう流れなら、お二人、とりあえずこの場はご自由に、船に引き上げてくださって結構だ。その上で、マラ・エト・アウランティアの乗組員全員を、今宵、余の晩餐会にご招待したいのだが」
「分かりました。いいでしょう」
さすがに、これからすぐに船を出航させるから飯などいらん、と言って帰るわけにはいかんだろう。海軍の船に追いかけてこられても困るし。というわけで、僕はリョウカに案内されて、港に停泊しているラウラ号のところに戻った。
「みんなー! ただいま」
「アル!」
「チユキ様!」
「チユキ殿!」
「黒髪の! 無事だったか!」
とまあ、そんな感じで、もちろん大歓迎というか、めっちゃお祝いムードになった。で、今夜食事に招かれている件をみんなに報告する。
「あの男、しょうじきいけ好かないんだけど。まあ、出ないわけにもいかないだろうから。そういうわけでみんな、よろしくたのむよ」
「……あれ、俺の義理の兄に当たるんですよね。別に結婚したことを後悔するわけじゃありませんけど、まさかこんなことになろうとは」
と言うのはミネオラである。というわけで、正餐会に出席する。どでかいテーブルの、僕の真正面向かいにアルバプレナがいる。僕の両隣はミカとリョウカ。ミカの一つ向こうにミネオラ。別に毒見などはしなかった。というか、向こうにこちらを殺す意図があるのなら、最初に入港した日にとっくに皆殺しにされているだろうし。そもそもここは敵地なのである。で、食事が一通り終わった後、僕は口を開いた。
「プロポーズの件ですけど。言った通り解放していただきましたからちゃんとお返事だけは致しますが、謹んでお断りさせていただきます。悪しからず」
「まあ、そう言われるだろうと思ってはおりましたが。理由をお聞かせ頂いても?」
「それはですね――」
僕が口を開こうとしたら、突然それを遮ってミカが大声で割り込んだ。
「おい、アルバプレナ。お前、調子に乗るのもいい加減にしろよ」
さっき船の上でちょっと聞いたけど、実は二人、むかしちょっと面識があったらしい。ミカは皇太子なのだからその顔が広くて不思議なことは何もないが。
「後宮を作らないで、アリエルをたった一人の妻に迎える、だと? お前、新皇だか親王だか
え? え? え? 何? これはどういう流れなの? なんか、僕今すごく嬉しくてすごく幸せなような気がするんだけど、この感情は間違いではないのかな?
「誰か。刃引きをした刀を二本用意してくれ。アルバプレナ。決闘だ。今からだ。この場でだ。勝った方が、アリエルを妻とする。そういう条件でだ」
なんか、僕の大好きな幼馴染が僕に無断でめちゃくちゃ勝手なことを言い出したぞ? これも喜ぶべきなのかな? それとも怒るべきなのかな?
「……いいでしょう、ミハイル殿下。過去、私の二勝一敗だったはずです。二敗目など、あなたに与えはしませんよ」
アルバプレナが乗ってきた。どうも本当にやるらしい。とりあえず、僕はミカに言った。
「ミカ。なんていうか、今言うべきこと、気持ちの整理がぜんぜん追いつかないんだけどとりあえずこれだけ言っとくね。負けたら殺す」
「負けないよ。おれは。お前のためなら、絶対にだ」
ああ、これが天にも昇るような心地というものか。なんかもう、今このまま死んでもいいかもしれない、僕。
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