第三十六話

 捕囚の身というのを経験するのは初めてなわけだが、何が困るって基本的にヒマである。いっそずっと尋問していてほしいくらいだが、そういうわけにもいかない。食事の内容は悪くないと言うか、実家の普段の食事と遜色がないレベルのものが毎食出てくる。多分この宮殿の料理長やそれに連なる料理人たちが僕の食膳に関わっているのだろうと思う。


 しかし、一日中飯を食っているわけにもいかないし、ヒマなのである。こんな暮らしを、十年間もの間メリッサはどうやって続けていたのかと思ってアルバさんに聞いてみたところ、なんか巻物を山ほど持ってきてくれた。


 やった、読書は好きだ。が、僕が普段読むような種類の書はぜんぜんなかった。九割がたが、俗っぽい、それも女向けの恋愛小説である。神の宿命のもと引き離された恋人同士が再会してどうちゃらこうちゃら、とか、女奴隷が若く見目麗しい貴族の当主に真剣に懸想された末に妻の座に収まる話であるとか。割と過激な性描写を含んだものも結構混じっていた。メリッサのミネオラに対するあの初手のアプローチの大胆さがどっから出てきたものなのか、分かったような気がした。


 メリッサが十年かけて集めたと思われる膨大な少女小説コレクションが手元にあるので、これをずっと読んでれば少なくとも一年くらいは時間を潰せそうではあるが、しかし僕としてはそんなことをしているわけにはいかないという話ではある。はよ帰って報告書をまとめて皇帝に提出しなければならない。アリエル・プロジェクトはこんなことで中断している場合ではないのである。


 で、アルバさん以外にももちろん僕に関わる立場の使用人は何人もいるわけで、だんだんに外の情勢が漏れ伝わってきた。まず、戦乱の状況である。僕らが航海をしたりユーメリカで宴会に興じたりなんだりしている間に、アルバプレナは一軍を率いて西の都を急襲、ほとんど無血に近い状態でこれを陥落せしめ、自らの国を興した。もちろん帝国からは討伐軍が来た。来たが、なんとアルバプレナは若干二十八歳にして名将で、三次に渡る会戦のすべてに勝利を収め、これを撃退してしまった。


 今のところは、帝国と皇国は戦争状態にあるにはあるが、戦闘はこの都に限らずほとんどどこでも行われていないそうだ。帝国籍の船であるラウラ号が入港の時点でいきなり撃沈されたりしなかったのも、そういう事情によるものであるらしい。そうそう、ラウラ号はあれから別に接収されたりはしておらず、僕の仲間たちは基本的には今もあの船の上で起居しているそうだ。


 今日が幽閉開始から何日なのか、別に壁に線を引いて計算したりする必要はない。アルバさんにせよ他の使用人にせよ、聞けば今日の日付くらい教えてくれるからである。で、前に会ったときから一週間くらい経ったその日、アルバプレナがまた僕のところにやってきた。恋愛小説を読み耽るのにも飽きてきたところだったし、言ってやらないといけないこともあるし、ちょうど良かった。


「チユキ・シルヴェストリス殿。先日、申し入れた件についてだが。考えていただけただろうか」


 先日申し入れた件、というのは、皇国に帰属しろ、という話のことではない。実は。この男、僕に対してとんでもないことを言ってきたのである。……つまり。この僕に、自分の妃になれ、と。まあ、プロポーズだな。そういうことを言ってきたのである。ちなみに、この国では後宮というものを作る予定はなく、僕がその話を飲んだ場合に与えられる地位は新皇のたった一人の妻であるところの皇后だそうだ。


「そのお話について返事をする前に。言わせて頂きますが」

「はい」

「拉致った挙句に監禁してる女に求愛するなんて、男らしくないと思わないんですか? 自分で」

「……え?」

「まずはとりあえず自由の身にして、対等な立場から自由に返答する権利を相手に与えて、話はそれから。僕はそう思うのですが。どうでしょうか」

「……なるほど。あなたは想像以上に気骨のある女性のようだ。本気で気に入りました。正直にいえばそもそもの申し出は政略結婚という意図のものだったのですが。気が変わった。本心から、あなたにプロポーズさせていただきたく思います。もちろん、それに際して、そうですね、あなたの言う通り、ではたった今限りで幽閉は」


 と、そこまでアルバプレナが言いかけたところで。ものすごい叫び声が聞こえてきた。


「チユキさまああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 リョウカの声だった。


「御無事ですかあああああああああああああああああああああああああ!!!」


 バスタードソードをぶんぶんと振り回しながら、リョウカが僕のいる部屋、アルバプレナもいるわけだがその部屋に、乱入してきたのであった。

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