第十七話

 その次の日、僕は召し出されて宮殿に向かった。大広間で、玉座に座った皇帝から直々に、命令を下される。


「皇帝ミハイル2世の名において命ずる。チユキ・シルヴェストリス、大任をじゅせよ」


 そのあとには、隣に控えている宰相の口から、その大任の内容についての具体的な説明が長々と語られた。まあ要するに船に乗って冒険航海に行って帰ってこいと、そういうことだからわざわざここには述べないが。


「やったな!」

「やったね!」


 ミカとハイタッチ。とりあえず儀式は終わったので、ミカの部屋に来ている。さすがに皇帝の前に出るのに奴隷を引き連れているわけにはいかないので、リョウカは今は側にいない。ミネオラもいないようだった。ってことは、この部屋、いま二人っきりだな。あ、やばい。意識してしまう。いまミカの手と触れた手のひらが、かすかな熱を帯びるのを感じる。そうだよ。僕は、恋をしてるんだよ。ミカにさ。ずっと前から。もしかしたら、ひょっとしたら、生まれた時から、或いは生まれる前から、かもしれない。


「アル。今しかチャンスがないと思うから、言うぞ。我は」


 ミカが僕の両手を取った。顔が近い。吐息さえ感じられる。これは、きっとキスされる流れだと思う。


「あ……や……やだ……!」


 と、言って、思わず手を振り払ってしまったのだが、ミカには変な顔をされた。


「何が嫌なんだ。我はただ」


「駄目……! その、僕、まだ、心の準備が……!」

「心の準備? 我はただ、『このプロジェクトの名前は、‟アリエル・プロジェクト”にするのがいい』と、そう言いたかっただけなのだが」

「……」


 僕は皇太子の頬を平手で張った。いや、張ろうとした。片手であっけなく僕の手首を掴まれて、阻止されたけど。


「何をするのだ」


 ほんとに、何をするのだ、だな。別にミカには叩かれなきゃならない筋合いは何もないのである。


「……ごめん。なんでもない。アリエル・プロジェクトは悪くないと思う。採用しよう」

「うむ」


 さて、その晩は宮中で大祝賀会が開かれた。関係者はもちろん全員呼ばれている。いまもオルディアで造船作業に当たっているポイアスとかの姿はないが、来れる人間はだいたいみんな来ていた。


「兄上。おめでとうございます」


 と言って祝杯をチンと合わせたのは、ミハイルの一番上の弟、つまり第二皇子にして皇位継承権第二位の資格を持つ、ルキフェル皇子。ちなみにルキフェルの上に姉は何人かいるが、貴族や宮家の家とは違って、帝室では女子には継承権というものがない。帝室というものの特異なところである。


「ああ、ありがとうルキフェル。よければお前もスタッフにならないか? お前なら副船長でいいぞ」

「……いえ。それは遠慮しておきます」


 ミカが航海から戻らなければ、皇帝になるのは自動的にルキフェルである。彼がそういう野心を心中に秘めた人物であるのかどうかはよく分からないが、その事実に間違いはないので、いろいろとまあ、周囲の口さがない噂話というのは色々あるのだが、それはそれだ。少なくとも兄弟仲そのものは特に悪くはない。今のところは。


 さて、宴ははけて、使用人たちが食事にありつく時間がやってきた。リョウカは御馳走を頬張っているところである。ミネオラは近くにいるが、ミカがそのタイミングで僕に小さく耳打ちをした。


「昼間のことだが。本当にキスしてやった方がよかったか?」

「……ッ!」


 僕はまた平手を振った。また片手で止められた。くそう。

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