第三章

第八話


 僕とミカとミネオラとリョウカの四人は、船で河を下っていた。シルヴェストリス村に向かうのだ。帝都の真ん中を二分する形で流れている大河カリカは海へと通じており、その河口にあるのが港湾都市オルディア、そしてそのまた近くにあるのがシルヴェストリス村である。船内で一泊したのち、オルディアで馬車を雇い、村まで向かう。館は前に来たときと特に変わりはなかった。甜橙の収穫の時期はもう終わったようで、村には静かな時間が流れていた。


「あら、アリエル。それにミハイル殿下まで。どうしたの? 急に来るなんて」

「ちょっとこの村に用事がありまして。これ、お土産です。父のエクルズケーキ」

「あらあら、ありがとう。じゃあ、お茶を淹れるわね」


 祖母はこのエクルズケーキが好物なのである。いっぱい持ってきた。


「もぐもぐ。ずずー。あの、おばあさま。この村に、ポイアス・アルゴナウタイというドワーフの方が暮らしておられますよね?」

「ああ、アルゴナウタイ氏。村はずれで木こりをしているわよ」


 ポイアス・アルゴナウタイ氏はかつて帝国にこの男ありと言われた船大工の棟梁であった。今は稼いだ財産を持て余し、この村で隠居の暮らしをしている。僕の夢には絶対に船が必要だから、ずーっと前から目を付けていた人物ではあるのだが、実際に会ったことはまだない。


「やっぱり船を作る依頼をするのよね? ここにお呼びしましょうか?」

「いえ。こちらがものを頼みに行くのですから、僕の方から訪ねていきます」

「そうね。それが正しい心掛けだと、おばあちゃんも思うわ」


 ドワーフ族が菓子を土産にされて喜ぶとも思えないので、帝都で買ってきた上等な強い酒も用意してあった。村はずれと言ったところでそう遠いわけでもないので、リョウカだけ連れて歩いていく。小さな家があり、その外で薪割りをしている初老のドワーフがいた。白くなりかけているが、立派な髭を伸ばしていた。


「アルゴナウタイ氏のお宅はこちらでよろしいでしょうか?」

「なんだ、小娘。……珍妙な姿だな。おれっちがアルゴナウタイだが、何か用かい、黒髪の」

「とりあえずこちら、つまらないものですが。帝都の火竜酒です」

「ほう。若いのに、ドワーフへの挨拶の仕方ってもんを分かってるじゃねえか」


 アルゴナウタイ氏は薪割りに使っていたナタを片付け、僕たちを家に招き入れた。とりあえず自分の名を名乗り、また連れてきた都合上リョウカを紹介する。


「で、黒髪の。おれっちに船を造らせようと、やっぱりそういう魂胆かい」

「率直に申し上げると、そういうことなのですが」

「この旨酒うまざけに免じて、話だけは聞いてやろう。どんな船が要る。どこを目指す」


 アルゴナウタイ氏は既に土産の酒をやり始めている。僕らにもジュースを出してくれた。思っていたよりはとっつきやすい人物のようだった。


「目指す地は遥かな西方、ユーメリカ諸島。外洋を航海するための船が必要です」


 そう言うと、アルゴナウタイ氏は呵々大笑した。


「おまえさん、正気かね。これまで、外洋の先を目指してそれを果たして帰ってきた奴は誰もいない。運がよくても流されて大陸に戻ってくるだけだ。それを、本気で、挑戦するつもりなのか? その若い身空で?」


 と、ここでリョウカが口を開いた。


「わが主は、本気でいらっしゃいます。そして、あたしもです」

「ほう。お前さんも、なかなかいい目をしているな」


 アルゴナウタイ氏はぐい、と酒杯を空け、そして言った。


「請けてやってもいい」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 僕は喜色を浮かべる。


「ただ。難しい条件が一つある」

「と言いますと」

「竜骨、つまり船の一番重要な芯になるための部材だが、これに使うための特別な木材が要る。帝都やオルディアの近くには、もうそれに見合うだけの大木は一本もない。で、な。一本、おれっちが前から目を付けていた樹があるにはあるんだ。だが、領主が気難しい人物で、伐採の許可が下りない」

「じゃあ、僕からお願いに上がって、なんとかお許しを得てみようかと思います。どなたの領地ですか?」


 するとアルゴナウタイ氏は難しい表情になって、その名を告げた。


「キトルス。その樹が生えているのは、今上皇帝の正妃、ラクテア・クリスタータ・キトルス様の御領地だ」

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