あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。

秋月一花

第1話


 王太子殿下が主催するこのパーティーで、私はとある人をひっそりと眺めていた。ああ、今日も格好いい……。滅多に会える方ではないから、今日はしっかりとこの眼に焼き付けて帰らなきゃ。

 私、レオノーレ・テレーゼ・クラウノヴィッツ。男爵家の令嬢だ。王太子殿下はなにを思ったのか、男爵令嬢の私にまで招待状を渡して下さった。そんな王太子殿下は婚約者とともにダンスを踊っている。

 私? 私はもちろん壁の花と化している。知り合いもいないし、誘ってくれる男性もいないしね。それでも良いの。王太子殿下たちのダンスはとても優雅で見応えがあるし、殿下を守るために配置されている護衛の方々も、殿下の周りで令嬢たちと踊っている。……その護衛の一人、ライナルト様。私がひっそりと想っている方。彼が踊っている姿をこの眼にしっかりと! 焼き付ける! それが今日の私の使命!

 ダンスが終わり、それぞれ散っていくのを眺めながら、私はほぅ、と小さく息を吐いた。

 ――あれ、なんで王太子殿下がこっちに来るの……?

 王太子のヴェルナー殿下。その隣には婚約者のナターリエ公爵令嬢。公爵令嬢は扇子を広げて口元を隠している。


「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」

「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」

「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」

「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」


 驚愕の表情を浮かべるヴェルナー殿下。ナターリエ公爵令嬢が、くすくすと笑い声をあげた。


「ほら、殿下。わたくしの言った通りだったではありませんか」

「……だってとても熱い視線だったんだよ。それならば、君は一体誰を見つめていたというのだ!」


 ……なにこれ、答えなきゃいけないの? え、バレバレになっちゃうの? 戸惑っていると、ヴェルナー殿下が「ほら、答えられないのなら、僕だろう!」と胸を張った。胸を張るほどのことでもないと思う。

 そんな殿下を、ライナルト様が面倒くさそうにみていた。ああ、その表情も素敵。


「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」


 うっとりと呟いてしまった。私たちの会話を盗み聞きするためか、しんと静まり返っていた会場内に、私の声は響いた。

 見つめるだけで、恋人になりたいなんて身分違いなことを思ったりはしていない。だからこそ、見つめることだけは許して欲しい。


「ら、ライナルト? ライナルトを見つめていたのか?」

「はい。殿下の近くにいらっしゃったので……。あ、だから殿下は誤解なさったのですね。ご安心くださいませ、殿下とナターリエ様のことを応援しております」

「あ、ああ……それはありがとう……? いや、そうではなく。ライナルトをなぜそんなに熱い視線で見つめていたのだ? あいつは格好いい、と言うほど格好いい男ではないだろう?」

「……お言葉ですが、殿下。ライナルト様ほど格好いい男性はいませんわ」


 きっぱりとそう言い放つと、殿下は気分を害したかのように眉を顰めた。……でも、いくら殿下でもライナルト様のことを悪く言うのは我慢ならない!


「……いや、だってあいつの顔は……」

「殿下。恋する乙女に愚問ですわよ」


 ナターリエ様がそんなことを口にする。やだ、恋する乙女だなんて! 間違ってはいないけれど!


「――俺のことが怖くないのか?」


 ライナルト様に話し掛けられちゃった! これはもしやライナルト様とお話しするチャンスなのでは!?

 よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!


「はい、全然怖くありません! むしろ格好いいです!」


 ぐっと拳を握って力説するようにライナルト様を見つめながらそういうと、彼はとっても驚いているようだった。そして「格好良い……?」と怪訝そうな表情を浮かべながらも自分の顔に触れていた。


「……ライナルトの顔を格好いい……だと……?」


 ヴェルナー殿下が理解不能とばかりに私を見た。……ヴェルナー殿下はキラキラ系のイケメンではあるけれど、ライナルト様は素朴な格好良さがあるのだ。


「あら、殿下。……顔だけとは言っておりませんよ? ね?」


 ナターリエ様に言われて、私はこくこくとうなずいた。私がライナルト様を格好いいと思った最初の出来事は、彼が戦っている姿を見た時だ。そりゃあ、ライナルト様の顔は目元がきつくつり上がっていて、怖い印象を与えるけれど、それはヴェルナー殿下を守るためでもある。

 私は、ヴェルナー殿下を守るために彼が傷ついた場面を目撃してしまった。……その頃からだ。ライナルト様のことを目で追うようになったのは。


「はい、ナターリエ様。私は、ライナルト様のことをすべて格好いいと思っておりますわ」

「まぁ、まぁまぁまぁっ、嬉しいわ、そんな風にライナルトを想ってくれているなんて!」


 なぜかナターリエ様がとても嬉しそうに声を弾ませた。私が困惑していると、ナターリエ様は私の手を取って、


「ライナルトはわたくしの従弟なの。こんなに大きくて不愛想な子だから、少し不安だったのだけれど……、きちんとライナルトを見てくれる令嬢がいて嬉しいわ。ほら、ライナルト! あなたもこっちへいらっしゃい!」


 ナターリエ様に言われて、渋々という感じでライナルト様が私の前に立った。うわぁ、間近で見ると本当に背が高い!


「……ナターリエ嬢、困惑しているようだが……?」

「憧れの方が目の前にいるのですもの、当たり前ですわ」


 そっと私の背中を押して、ナターリエ様は微笑んだ。……ライナルト様も困惑しているのがわかる。……声も格好いいなぁ……!


「わたくしたちは大丈夫ですから、少しバルコニーでお話しされると良いわ。ねぇ、ヴェルナー殿下?」

「あ、ああ……。そうだな。護衛は他にもいるし……。うん、行ってこい」


 ヴェルナー殿下のお墨付きももらい、私とライナルト様はバルコニーに向かうことになった。二人きり……! 二人きりだわ……!

 護衛の仕事を中断させてしまうのは心苦しいけれど、私は胸がドキドキしながらバルコニーへ足を踏み入れた。

 会場の熱気はどこへやら。暑かったから外の空気が丁度良い。バルコニーの柵の近くまで向かい、そっとそれに触れる。ひんやりしていて気持ち良い。

 ライナルト様は私の隣に来てくれて、一緒に外の空気を吸った。……ああもう、これだけでとっても幸せ。


「……どうして、俺なんだ? 自分で言うのもなんだが、恐れられているんだぞ?」

「……それは、ヴェルナー殿下の護衛だからでもあるでしょう?」


 ライナルト様がヴェルナー殿下の護衛になってから、数年経っている。最初に殿下とナターリエ様の傍にいるライナルト様を見た時は、殿下とナターリエ様の友人なのかと思った。それだけ、彼らの周りは輝いて見えたものだ。

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