ツンデレ美少女はよく吠える
ひのはら
第1話
初対面の人からは決まって「可愛いね」「綺麗だね」とルックスを讃えられる言葉を掛けられて、初めて会う相手に告白されたことだって一度や二度ではない。
学校の先生からは贔屓をされて、クラスメイトからはチヤホヤされる日々。
きっと側から見たら、殆どの人間が愛来の人生を羨ましく思うだろう。
そして愛来自身も、自分の人生がイージーモードであることを理解しているのだ。
束の間の休日に、友人とカフェでお茶をした帰り道。
人気の疎らな車内にて、愛来はカバンの奥底に折り畳まれた紙が入っていることに気づいた。
「なにこれ…」
取り出して開いてみれば、中には名前と共にSNSのアカウント名が記載されている。
そして、男性と思わしき無骨な文字で『好みです』とシンプルな言葉が綴られていた。
「キモ」
ぐしゃりと握りしめてから、再びカバンに仕舞い込む。
本当は今すぐにでも捨てたい所だが、ポイ捨てはマナー違反だ。
女子高校生にこんな手紙を送る相手も気持ち悪いが、愛来は同級生より大人びて見えるのだ。
私服姿のため、おそらく大学生くらいに見えたのかもしれない。
163センチと特別背が高いわけではないが、目立つルックスをしているため人目を引く。
恐らくカフェで注文のために、荷物を置いて席から離れた際タイミングにでも入れられたのだろう。
ナンパは慣れているが、こういったやり方は恐怖心を覚えるため苦手だ。
大きくため息を吐くのと同時に、パシャリとシャッター音が車内に鳴り響く。
「え…」
驚いて顔をあげれば、大学生ほどの年齢の男性がこちらにスマートフォンを向けていた。
愛来の視線に気づいた男性は、そそくさと隣の車両へと逃げていく。
「……本当、最悪」
今日はスカートではなくパンツスタイルなため、下着を撮られたわけではない。
首元まで覆われたタイト目なサマーニットは胸元をしっかりと隠しているため、そこを狙われたわけでもないだろう。
ただ、顔を撮られただけ。
気にしなければいいと自分を必死に励ますが、心はどんよりと落ち込んでいた。
つい一時間ほど前までは友達と楽しく話していたというのに。
ここで泣いたら相手の思う壺だと、愛来は必死に下唇を噛み締めていた。
「愛来ちゃんは可愛いからいいよね」という言葉を吐かれたのは、恐らく人生で100回は超えている。
何かをミスした時や、対人関係でトラブルが起きた時。
可愛いを理由に庇ってもらえる愛来を、よく思っていない人は多いのだ。
ナンパや男子生徒からしつこく言い寄られているときも。
友達は「愛来が可愛いからだよ」と言って、ろくに心配してくれない。
鞄に手紙が入っていた話をすれば自慢かと言われて、教科書や体育着を盗まれてもろくに心配してもらえなかった。
「しょうがないよ、愛来は可愛いから」という彼女たちの表情は、心配よりも面白がった好奇心の方が勝っているように見えた。
人から褒められる、綺麗なルックスだからそれくらいしょうがない。
いちいち気にするなと。
その分周りから可愛いと持て囃されているだろうと。
「……バカじゃないの」
駅のホームに降りたって、すぐに先程の手紙をゴミ箱に捨てる。
むしゃくしゃした想いを抱えながら、改札を出て自宅への道を歩いていた。
愛来の人生は側から見ればイージーモードにしか見えないだろう。
誰もが羨むルックスを兼ね備えた、幸せな女の子。
「…はあ」
自分の可愛さを受け入れて、それを武器に生きる器用さを持ち合わせていれば、きっともっと生きやすかった。
「そうなの私は可愛いの、だから守って?」と可愛くおねだり出来る性格を、周囲の人は望んでいるのだ。
可愛いルックスに見合った、大人しく従順な性格。
そんな幻想、クソ喰らえだ。
可愛いと持て囃されて、それに胡座をかく人生なんてまっぴらごめんだった。
人からの評価でしか承認欲求を満たされない女として生きたくない。
誰かから守られるような、か弱い女でありたくない。
きちんと地に足を付けて、堅実な人生を送りたい。
容姿なんて歳を重ねれば、次第に価値は下がっていく。
次々と若い世代は現れるのだから、綺麗なルックスも次第に周囲から評価されなくなっていくのだ。
学力や知識を身につけて、人としての価値を少しでも長い間保っていたい。
たとえ周囲が愛来を甘やかしても。
イージーモードの人生だったとしても、自らハードモードに変えてやる。
容姿だけではなく、内面も魅力的な女性であり続けるための努力を惜しむつもりはないのだ。
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