閑話「フレアの過去」
「なんでこんなことも出来ないのかしら」
幼いフレアにそういうのは母親である皇后。フレアは小さくなって、ただドレスの裾をきゅっと握る。
「テレーゼは、簡単に出来たのに」
その言葉にちくりと胸が痛む。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいのよフレア。ただ、出来ないことを確認しただけよ」
「…… 」
「とりあえず今日は眠りなさい。疲れたでしょう? 」
こくりと頷くフレア。母親はにこりと笑って、出ていくよう指示した。
「おやすみなさい」
母親は私を寝かしつけにも来てくれなかった。その代わり、私が寝るまで付き添ってくれたのは侍女であったニナだった。
「フレア様。眠れないんですか? 」
きっと母親のあの言葉のせいだったのだろう。私は酷く傷ついていて、眠れそうになかった。
「じゃあ、今日は……」
ニナの話はいつも面白かった。寝る前の楽しみ、いや、当時の唯一の救いだった。
「取っておきの話をしてあげましょう! 」
「とっておき? 」
「ええ、そうです。私が生まれた国のお話ですよ」
自然豊かで、ニナは自由に育ったみたいだった。そこに行きたい、そんな夢がフレアのなかに密かに芽生えていった。そして、そこがモルビテだと知ることにあまり時間はかからなかった。
そうして、フレアは成長し、七歳になった時だった。相変わらず、両親には、テレーゼと比べられ、期待はずれだと言われる日々が続いていたが、フレアは平気だった。彼女の唯一の夢である、モルビテに訪れるということが達成されるからであった。両親に次の休暇にモルビテに行きたい旨を伝え、しぶしぶ許可を得、ニナと馬車に乗り込んだ。あの、憧れの地へ行けるということが何よりも嬉しくて、前日の夜は寝付けなかった。お陰で馬車の適度な揺れで眠くなってしまい、うとうとしてしまった。
「寝てて平気ですよ、姫様」
ニナの優しい声が聞こえて、つい寝てしまった。
「おやすみなさい、良い夢を。フレア様」
深い眠りだった。どんな夢を見たかは覚えていないが、誰かの叫び声が聞こえた気がした。魘されていると、ニナが体を揺らした。
「おきて……さい、起きて下さい。フレア様」
はっと目覚めれば、馬車の外には一面に黄色い花が咲いていた。
「もしかして、」
「はい。モルビテに着きましたよ」
喜びのあまり、私は馬車の中で飛び跳ねた。危ないからやめてください、ニナにそう言われても暫く私は辞めることが出来なかった。外に出てみれば、風が気持ちよかった。
「綺麗だね〜 」
「はい。私の故郷ですから、当たり前ですよ」
ぷんすかいうニナは頬をふくらませていた。
それもそっか! あはは
そうやって笑いあった。その後に、ニナの実家にお邪魔して、ご馳走を食べた。王宮のどんないい食材を使った料理よりも優しい味がして、初めて食事というものを楽しめた。
その後にお風呂に入り、寝巻きに着替えて、ニナと同じベッドで寝た。初めてのことだらけだったけれど、新鮮でとても楽しかった。
寝る前に、ニナと色んな話をした。明日何をするか、とか、ニナの家族の話とかを。ひとしきり話し終えて、ニナがもう寝ましょうと言った。そうだね、と同意し、私は真っ暗な天井を見上げた。右窓に映る月はとても輝いていたのを覚えている。
その晩、私は幸せな気持ちで目を閉じた。
翌日、すっきりと目が覚め、いい匂いがする方へ向かえば、ニナが朝食を作っていた。
「いい匂い! 」
「そうですか? 良かったです。王宮のものまで豪華には出来ませんが、頑張って作りますよ〜 」
ニナは楽しげだった。台所を探検していると、もう少しで出来るから、父と母を起こしてきてくれませんか、とニナにお願いされた。お願いされたことが嬉しくて、私は駆けて二人のところに向かった。
「朝だよ! 起きて! 」
元気いっぱいに言えば、しぱしぱと目を開ける二人。
「あらっ! 天使かと思ったわぁ〜 」
「フレア様はとっても可愛いなあ」
もう、そんなこと知ってるよ!
そんな冗談言って、二人は起きてきた。
「ありがとうニナ。作ってくれて」
「ううん、いいの。私が王宮メイドになったばっかりに、こういうこと、やれてあげられなかったから」
ニナの母親は微笑んで、ありがとうともう一度言った。そんな親子関係が素敵で、私はとても羨ましかった。
朝食を美味しく食べ、私たちはニナの実家を出ようとした時だった。
「ニナ、フレア様。首都を通るのなら気をつけてね。モルビテの人達、レヴィエストを異様に敵視しているから、最近」
ちゃんとニナの母親は忠告してくれた。それなのに、甘く見ていた。首都に近い森で、蛇みたいな目の男に襲われ、ニナは捕まり、偽物のニナがつくようになった。私の悪夢はこれからだった。
「ニナ! いや! 行かないで! 」
私の大事な人を取らないで!
そんなことを思い出しながら、私は微睡んでいた。今思えば、昼寝の叫び声は私の、ニナに対するものだったのだろう。
「ニナ、もう少しで助けてあげるから」
私は拳に力を入れた。
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