転職先の面接官がネジの飛んだ幼馴染だった話

月之影心

転職先の面接官がネジの飛んだ幼馴染だった話

 僕、陸奥むつ大聖だいせいは大学を卒業して地元のそれ程大きく無い会社に入社したものの、就職活動中に聞いた職務内容との違いに嫌気がさして3年目を迎える前に退職した現在求職中の身だ。


 暫くのんびりする気持ちもあったが、さすがにいつまでも親に頼っては居られないとあちこちの転職サイト等を調べ、前職より給料は下がるが僕の本来やりたかった職務での募集を見付け、今回は失敗したくないと会社訪問もさせてもらい、納得した上で応募に至った。


 無事書類選考を通り、本日が一次面接の日となる。

 これを通れば役員面接が待っているそうだ。


 元々学生時代に接客のアルバイトをし、就職も接客系の職種に絞っていたのもあって、面接にはそこそこ自信がある。

 なぁに、別に気負ってカッコ良く見せる必要なんか無い。

 メリハリのある動作や言動と身だしなみ、普段より少し丁寧な物言いと自然な笑顔さえ出せれば何ら問題は無いのだ。


 僕は持っている一番新しいスーツでその企業の面接に向かった。

 着こなしは完璧。

 ポケットにはハンカチ以外の物は入れていない。

 ズボンの折り目も綺麗に真っ直ぐだ。

 会社のエントランスに入る前にもう一度チェックしたが問題無い。


 受付で面接に来た旨を伝えると、受付の女性が内線で確認した後、階段で2階の応接室のような部屋に案内された。

 5分程待っていると、会社訪問をした時に対応してくれた採用担当者がやって来て、二言三言、僕の緊張を和らげる為に声を掛けてくれて、最後に『面接は5分後に隣の会議室で実施します。お呼びしたら隣の部屋に来て下さい』と言って応接室を出て行った。


 きっちり5分後。

 先程の採用担当者が『どうぞ』と声を掛けてくれたので、再度スーツの上着を整え、軽く咳払いをしてから面接会場になっている会議室のドアをノックした。


『どうぞ。』


 ハキハキと透き通るような女性の声がドアの向こう側から聞こえた。


(面接官は女の人か……)


 人を見る事を任されている女性……さぞかし仕事が出来る人なんだろうなぁと思いつつ改めて気を引き締める。

 面接官が男性だろうと女性だろうと僕には関係無い。

 どんな質問だって完璧に打ち返してみせる。


「失礼します。」


 普段より少しだけ声を張って面接官に言ってドアを開けた。

 中に入ってドアに向き直り、静かにドアを閉めてから面接官の方へ向く。

 面接官の女性は、窓から射し込む日差しで軽く茶色に見える髪を肩まで伸ばしていて、パッチリとした目と口角の上がった口元で僕の方を見ていた。








「え?」




 僕は、僕をじっと見ている面接官を見て固まってしまった。




(まど……か……?)




 三沢みさわ円香まどか

 幼少の頃から高校を卒業するまで、親よりも一緒に過ごした時間が長いんじゃないだろうかと思える程長い付き合いのある幼馴染だ。

 ほぼ毎日のように顔を合わせ、特に何があるわけでもない普段の日でも気が向けばお互いの家に寝泊りする事だってあった。

 ここだけの話、高校2年の年越しを一緒に過ごしていた時、円香は僕にとって初めてのひとになり、僕は円香にとって初めてのひとになった。

 だからと言って男女として付き合っていたわけではなく、『何となくそんな雰囲気になって』事に及んだわけだが、それ以降も変わらず仲の良い幼馴染で居続けていた。

 大学生になってお互いに実家を離れた後も電話やメールでやり取りは続いていたが、さすがに社会人になってからは時間が合わずに疎遠となっていた。


 その円香が面接官?

 他人の空似……だとしたらドッペルゲンガーもびっくりのレベルで似すぎている。

 だが、いくら暫く会っていなかったとしても、僕が円香の顔を見間違えるわけがない。


 僕はこの場に来る直前までの自信やら何やらが全てぶっ飛んでしまっていた。


「どうぞお掛けください。」


 柔らかい声で面接官の目の前の椅子に掛けるよう言われたが、僕は面接官の顔から目が離せずにそのまま固まっていた。

 面接官は『ふぅっ』と小さく息を吐くと、僕の顔を覗き見るようにして小声で言ってきた。


「大ちゃん、取り敢えず面接しなきゃ……ね?」


 やっぱりホンモノだ。

 想定外の事で混乱した頭ではあったが、円香の仕事の邪魔までする事になってはいけないと、何とか椅子に掛ける事は出来た。


「久し振りだね。元気だった?」


 円香は声が外に漏れないようにギリギリ僕の席に届くくらいの声で訊いてきた。


「元気だったよ。仕事探すの大変だけどね。」


 僕も円香に倣い、小声で答えた。

 円香はにこっと笑うと姿勢を正し、軽く咳払いをして言った。


「では面接を始めます。」


 キリっと引き締まった円香の顔は相変わらず綺麗だった。

 元々美人な円香だが、そこに『出来る女』みたいな言語化が難しい何かを備えたような美しさ……というかかっこ良さが加わった感じだ。


「よろしくお願いします。」


 円香が面接官仕事師になったのだから、僕も一求職者として挑まなければ礼に反する。

 僕は座ったままお辞儀をし、面接用の笑顔を円香面接官に向けた。

 その僕の顔を見た時、円香の顔が少しような気がした。








「まず自己紹介をお願いします。」

「陸奥大聖です。○○大学○○学部を卒業し株式会社○○へ就職しましたが昨年退職いたしました。」

「ありがとうございます。では次に弊社を希望した理由を教えてください。」




 ここで『御社の企業理念に共感し……』なんて事を言うのはマイナスだ。

 そもそも企業理念に共感出来ないなら受けに来る筈も無いので、企業理念に共感しているのは当たり前なのだから。

 勿論、『どう共感してそれがどう業務と関連しているのか』を説明出来れば多少はインパクトがあるだろうけどかなり難しいと考えた方が良い。




「私が御社を志望するのは、大学時代に取得した資格と前職で培った経験が活かせる事と、個々の提供する業務価値が見えると考えたからです。」

「なるほど……つまり……」


 円香は僕の顔と履歴書を交互に見ながら僕の志望動機に返してきた。


「大学での勉学と前職の経験、弊社の評価に私の存在があるから……と言う事ですね?」

「はい……はい?……え……っと……もう一度お願いします。」

「弊社への志望理由は勉強と経験と評価と私の存在と言う事ですね?」


 何か余計な文言が加わってたんだけど……。

 どういうわけか、円香は顔を紅くしている。


「ま、まぁ……概ねその通りです。」

「ありがとうございます。では自己PRをお願いします。」


「はい。私は何事にも丁寧に取り組む慎重さと、何事も最後までやり切る継続力があります。慎重さはミスの許されない御社の業務に必要不可欠であり、また継続力は御社の地道な活動に必要な部分でもあります。」

「なるほど。確かには丁寧且つ慎重でしたし最後まで頑張ってくださいました。」

「えっ?」

「因みに私は鶏の唐揚げのレパートリーだけで10種類以上あります。」

「は?え?……え?」


 何で円香まで自己PRしたんだ?

 円香が料理が得意なのは知っているけど。

 と言うか円香の顔の赤みが増しているように見えるんだが。

 何だこれ?


「では次に、最近あったニュースで関心のある事は何でしょうか?」


 今までに経験した事の無い面接だな。

 流れが全く読めないぞ。


「は、はい……えっと……やはり今一番問題になっている感染症のニュースが気になりますが個人では対策をするしかありません。それと同じくらい、御社のライバル社であるB社の海外進出のニュースに関心があります。」

「大きなニュースになっていましたね。」

「はい。B社とはシェアを二分する御社、今後の両社の動向が業界全体に大きな影響を与えると考えています。」

「と言う事は、もし仮に弊社も海外進出となった場合、海外勤務を命じられても何ら問題は無いと?」

「勿論です。何処で働くかよりも何をするかが大事だと思っていますから。」

「つ、つまり、私と一緒なら何処でも構わないという事ですね?」

「は……ぃ……えっ?も、もう一度お願いします。」


 円香は更に顔を紅くして軽く咳払いをした。


「何処で働く事になったとしても、隣に私が居れば、何処ででも生きて行けるという事ですね?」

「あ……ぇっと……大体その通りではありますが……」


 何だか円香が嬉しそうな顔をしている……何でだ?


「ありがとうございます。次に、もし入社する事になればまず営業部門で仕事の流れを掴んでいただきますが、その後どんな事がしたいとお考えですか?」

「はい。接客の仕事以外でしたら営業部門の下支えとなる支援の方をやってみたいと思っています。」

「私は昼休みにこの上にあるバルコニーで貴方と一緒にランチがしたいです。」

「はぃっ!?」


 僕への質問に何か割り込んで来たんだけど……しかも仕事と全然関係無い……。

 何だこの面接は……とにかく今まで得た知識やら経験やらが全く役に立たない。


「次に貴方の弱み、短所を教えてください。またそれをどのようにして克服するのかを教えてください。」

「私の弱みは……」


 事前に頭に入れていた想定内の質問だが、用意していた答えでは微妙に違うと思った僕は、今思っている事をそのまま答えようと思った。


「突発的な事案に対し、今までは即座に対応出来る自信を持っていましたが、今日面接をして頂き、まだまだだと感じました。克服方法に関しては、今さっき気付いた事でもあり、これから考えたいと思います。」

「分かりました。ところで、その突発的な事案への対応に、私の力があれば対応可能になると考える事は可能でしょうか?」

「えっ?」


 全っ然読めない……。

 そこかしこに円香が潜り込んで来るのは何なんだ?


「因みに、その『突発的な事案』とは具体的にどんな事でしょう?」

「え?あ、いや……本日の面接ですが……今まで経験した事の無い戸惑いを覚えましたので……」


 円香は相変わらず頬を紅く染めたまま僕の顔をじっと見ていた。


「その戸惑いの理由、または原因は何だとお考えですか?」

「あ……そ、それは……その……面接内容そのものが想定外と言うか……」

「心が昂る……と?」

「いや……そういうわけではなく……」

「何故心が昂るのでしょうか?」

「だから……そうじゃなく……て……」


 何やら円香は机の下で手をもぞもぞさせていた。


「その心の昂ぶりの原因が目の前に居る私だと仮定した場合、それを鎮められるのは何だと思いますか?」

「いやだから違うと……ま、まぁ仮定なら……そうですね……原因が分かっているならそれを解決出来るのは原因そのものを活用するのが一番かと。」

「つまり家庭を築くのが最善と仰るのですね?」

「はぇっ!?いや……仮定の話……ですよね?」

「ええ、家庭の話です。」


 わけ分からんようになってきた。


「では、貴方が今までで一番良かったと思えた事を教えてください。」

「は、はい……それは資格試験に一発で合格した事です。合格率の低い非常に難しい試験ではありましたが、合格の為に寸暇を惜しんで勉強した結果が実った事で、努力は裏切らないと気付かされた瞬間でした。」

「その努力に於いて、誰かの手助けが欲しいと思った事はありましたか?」

「勿論ありましたが、最終的には自分一人で乗り切らなければならない事なので必死に耐えていました。」

「その手助けが欲しい相手が私だったのですね?」

「はい?」


 どこから円香が出て来た?


「誰しも心の支えとなる人は傍に置いておきたいものですからね。」

「は、はぁ……」


 何の話よ?


「では最後の質問です。もしも乗り越えるのが非常に困難な事案にぶつかった時、貴方はどのようにしてその事案に対処していきますか?」

「はい。まずは事案を分析します。乗り越えるのが困難になっている事実を受け入れれて原因を探れば、どこかに乗り越える為のヒントがある筈です。」

「なるほど。では私はどうでしょうか?」

「え?」

「私がその困難だと仮定した場合、乗り越える事は可能でしょうか?」

「え?」


 どういう意味?


「ま、まぁ……努力次第……かと……」

「努力してみる価値はあると思いますか?」


 だから何の話よ?


「えっと……あ、あると思い……ます……」


 円香の顔がぱぁっと明るくなって今日一番の笑顔になった。

 何なの?


「質問は以上ですが、何か聞いておきたい事や言っておきたい事はありますか?」

「あ……っと……その……」


 最早頭の中は混乱に混乱が積み重なって、何を言えば良いのやら……。


「と、とにかく本日は貴重なお時間を頂戴しありがとうございました。一つだけ教えてください。」

「どうぞ。」








「10種類以上の鶏の唐揚げのレパートリーを見せて頂くにはどうすれば良いのでしょうか?」


 円香は火でも吹くんじゃないかと思える程に顔を真っ赤にして俯いて言った。


「か、家庭を築けば良いかと……」








 後日、受験した企業から『一次選考通過』『最終選考のお知らせ』と書かれた通知が届いた。












 辞退した。

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