最終章 5.導く者
いつも暗かった牢獄から、久々に明るい空の下へ連れて来られた。夕暮れに近いが、まだ太陽の光が眩しく、泣きそうになるほどにこの空気も懐かしい。
鎖につながれたまま連れて来られたその広場は、老若男女の多くの民達で溢れていた。
周囲を見渡すと、そこには懐かしい愛する人の姿があった。その瞳を潤わせ、その驚きからか手で口をつぐんでいる。リニア、生きていたんだな。本当に良かった……。本当に。
その隣には見覚えのあるローブを身に着けた若い男性の姿が目に飛び込んできた。1年前のあの夜、1歳の我が子にくるんだあのザクロ模様のローブ。それを着用している自分とそっくりな顔の青年だ。目がピタリと合う。その青年もこちらを見て、自分と同じように驚き固まっている。
共に同じ髪色にその緑色の瞳。幻かと思った。信じられなかった。だが確実にいる。
成長した姿のリキラルトが立っている――
先日、牢獄に入れられたミクという女性からリキトという男性の不思議な話をたくさん聞いた時、あれからずっと考えていた。息子のことではないかと――。
そのリキトという名前、育ての親であるという祖父の名前、あまりにも僕やリニアとの共通点も多すぎて、もしかすると、とずっと思っていた。あの月食の夜、急に消えた息子が、今ここへ戻って来ているかもしれない。18歳となり、時を飛び越えた息子が。
「父上、ご覧の通り、これが兄です。城から決して逃げてはおりません。あのザクロ模様のローブを着ている者は兄の息子なのです!」
「まさか……、どうなっておるのだ……! レスミーが二人……!?」
「父上、気を確かに……! あいつは偽物なのです!」
「そう、そうか……、に、偽物だ……。レスミーが二人もいるわけがない……」
父は成長したリキラルトと僕を混乱させているようだ。それもそうだろう。自分だって信じられない。だが、あの月食の夜、突然黒い球体に飲み込まれ、消えてしまったリュウシン法王と息子を目にしたあの時から、またきっと予想だにしない不思議な日が訪れることを予測、いやずっと待ち望んでいた。
「父上……。あの火刑の者はルディではありませぬか。なぜこんなことをいつまでも続けているのですか……? このままではこの国もキーペント一族も信用を無くし、滅びてしまいます。それがお分かりにならぬのですか?」
「お前には到底理解できぬ事だ、はやく火をつけろ! そやつはレスミーではない! 悪魔と契約し、我達を混乱に
その父の言葉を聞いた民達は更に顔を不安にさせ、ざわめきを見せている。
「黒魔術……!?」
「悪魔と契約しただと……?」
「あのやつれきった者がレスミー様だと……?」
「あの鎖、今までずっと投獄されていたんじゃないのか……?」
「いつまでこんなことを続けるつもりなんだ……? 我々の暮らしはどうなる!?」
すると、黙って聞いていたあの子が突然声を張り上げた。
「あーーイライラする! おい、お前ら!! そいつの言うことを鵜呑みにするのか? お前達こそ何も疑問に思わないのか……!? なぜ立ち上がらない、なぜ誰も歯向かおうとしない、なぜ泣いてるだけなんだ! お前らはたた怯えて泣いて誰かが救ってくれるのを待っているドアホだ!」
「ドアホ……?」
「そーだ! ドアホというのはな、自分の愚かさに気付かない奴のことだ! お前達はこのままでいいと思っているのか!? このままでこの世界がいいと思ってるのか!? お前らは前の俺とそっくりだ。何も変えようとせず、人任せで、ずっとうじうじ悩んでた。ドアホだった。けど、俺は、もう……、やるって決めた! いいだろ、最後ぐらいさ、自分の好きに動いて見せろよ……! 意味がないって言われてもよ……!!」
その時、火種の木の棒を持った処刑人がルディの足元の枯れ木へ引火させようとした。咄嗟に息子はその相手にどんっと体当たりをし、弾け飛んだその者は、ぶつかってきた息子と共に地面に倒れ込んだ。弾け飛んだ処刑人は頭を強くぶつけたようだ。だが火は既に枯れ木へ燃え移っていた。ルディの足元で火が段々と燃え広がり始め、彼女の周囲には黒い煙が立ち込め始めた。大木に縛られたままで身動きが取れないルディは苦痛にゆがんだ顔を見せている。
その時、不安と驚きの表情を見せる民達の足元からゆらりと立ち上がった息子の荒々しい声が響いた。
「そんなものなくてもいいんだ……。お前達の望みは一体何だ? このままずっと怯えて暮らすことなのか……!? 今連れて来られたあの男がレスミーだ! 俺の父さんだ。分かるか? 俺はあのレスミーの息子、リキラルトだ。神ってお前らがいつも言ってるお月さんによって、1年で18歳にもなったって言えば理解してくれるか!? 俺は、剣だって魔法だって使えねぇけど、もうこんな馬鹿げた魔女狩りなんてやめさせてぇし、罪もないのにずっと投獄されている父親だって解放したい! だから父さんの真似事までしてやってきたんだよ! こんな姿になってな!! ゼファー、はやくルディさんの縄を!」
聞きなれたその名前が広場中に響く。濃紺のフードを深く被った一人の男性が素早くルディの元へ駆け登り、腰のベルトからハサミを取り出したかと思うと、彼女を縛っているロープをブチンと切った。周囲の兵士達は他のローブを来た者達に杖を向けられ、身動きが取れないようだ。
息子は今も民達に必死に僕の無実までも訴えている。そして動けと。
僕がいない間に君はこんなにも成長していたんだね。もう二度と会えないかもしれないんじゃないかと思った日も何度だってある。この牢獄で毎日細々と生きているのに何の意味があるのかと。けれど、その声とその頼もしい姿を今ここで見る事が出来て、自然と涙が落ちていく。
「ずっと行方不明だったリキラルト様だと……!?」
「確かにレスミー様にそっくりだ……」
「やはり神は時をも乗り越え、我々を導いて下さった……」
民達は更にざわめきだし、ずっと心に閉じ込め、秘めていたものが見え隠れし始めたような気がした。
「お前らがどうしたいか……! 何を望んでるのか……。俺らに見せてくれよ……!!」
君がどうやってそんなに成長した姿でここに現れたのか僕には分からない。けれども君の真っすぐで、そのたくましい姿を見て、とても勇気付けられるんだ。僕はただ生きていただけで良かったんだと。
ゼファーによって解き放たれたルディは、段々と燃え盛る炎を背後に民達の前へ堂々と立ち、大声で叫んだ。
「我らはもう立ち上がらねばならぬ……!」
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