2章 3.初めて見る娼婦
結局走る実久を追いかけるようになってしまい、城へ辿り着いた頃は、実久の背中を押して歩いていた方がよっぽど良かったんじゃないかって後悔しまくる結果となってしまった。
「この凸凹坂道走るとか、マジでどんな体力してんだよ、アイツ……」
ゼファーは走る事はなく自分のペースを守ってすたこらと歩いてくるし、俺だけ実久を追いかけてここまで走って来てぜーぜー言ってんのに、そんな実久はどでかい城門の前で立ち止まって平然としている。おい! 「勇者さんいますか?」とか衛兵に話しかけてんじゃねぇ!! 怪しまれてるだろ!? ああ、前途多難だ……。実久の脳内ホルモンが一体どうなっているのか、本当に分からない。誰か教えてくれよ……。
城門までやっと辿り着いたゼファーが衛兵とどうやらクード語で会話をし、でかい門が開かれた。開いた先は、石造りの階段が至る場所にあり、建物もいくつも並んでいる。城の離れとでも言うべきか。そこは俺でも迷子になりそうな広さだった。
実久には「一言も話すな、そして絶対に俺から離れるな」と簡潔に言って、俺達3人は衛兵に城内を案内され、一つの建物に通された。
扉が開けられると、もわんとした生温かさと、甘ったるい香水の匂いが鼻を刺激してきた。なんだこの匂い……、色んな匂いが混ざってもはや何の匂いがしてるのかわかんねぇ……。昼間なのに部屋は薄暗いし、カーテンの隙間から入る日差しでどうにか明かりが保たれているといった感じだ。
30畳ぐらいある部屋の中央には、大きなクイーンサイズ程の豪華な天蓋付きベッドが2つぴったりと接するように並べられ、顔立ちの整った女達4人が魅惑的な体と共に、それぞれの場所からその甘い瞳を俺達に向けていた。
黒髪、赤髪、金髪、茶髪の4人の女達がいる。生まれて初めて見る娼婦達だ。
ベッドに仰向けになってふわっと笑いながら顔だけを俺達へ向けている金髪女性、その隣でかなりきわどい足のラインを見せながら細い足を組み、座り込んでいる魅惑的な赤髪の女性、またその隣には、ベッドの上でうつぶせになって上目遣いで頬杖をつきながらこちらをじっと見つめる茶髪女性、そのベッドから離れた場所にある、ふっくらとしたソファーに腰かけながらじっと目線を投げる切れ長の目を持つ黒髪女性の4人だ。
おおよそ予想はしていたが、下着を身に着けておらず、薄い白の木綿のロングワンピースを着ているだけだ。うっすらだが大事な部分が全部透けている。ふくよかな胸が柔らかい下着の布の中にただ収まっているだけだ。はっきり言って、目のやり場にかなり困る。けど採寸という仕事の上では、あれぐらい薄着のほうがより正確な数値が図れるし、いいはずだ。それは分かっている、けど、けどさ……。
ゼファーが、女性達の前に行き、慣れているのか、平然とクード語で今から行う作業の説明をしているようだ。……あいつ、マジで場慣れしている。正直言うと、ちょっと悔しいしかっこいい。
実久はちゃんと約束を守って俺の隣で口にファスナーでも付けたかのように、大人しくしている。が、段々とその娼婦達を見つめ、口を開けてぽかーんとし始めた。
女のお前でもそうなんだから、俺達男はたまったもんじゃねぇよ。
「僕はそんなことないから」
「へ……?」
「僕は慣れてるってことだよ」
一通り、娼婦に説明を終えたゼファーは俺達の元へやってきて、耳元で囁いてきた。「君の考えてることはだいたい分かるよ」なんてぼそっとまた言いながらブリキの裁縫道具箱からメジャーを2つ取り出した。メジャーはどうも日本と同じようなセンチメートルで刻んであり、俺や実久でも理解できる作りだったのが幸いだった。
「リキト君には、ベッドに座っている女性の採寸を頼もう。ミクちゃんにはリキトくんが採寸した数値をこの紙に記してもらおうかな」
ゼファーはそう告げると、実久に小さな紙と鉛筆を渡し、ソファーに座っている黒髪女性の採寸から始めた。
肩幅、袖丈、首回りや、腕周り、ウエストにバスト、ヒップに背丈、慣れた手つきで素早く図っていき、紙にメモっている。女性側も採寸に慣れているのか、手を上げたり、背筋を伸ばしたりして協力的だ。……が、その切れ長の魅惑的な目線だけはゼファーから離さないでいる。
俺達もベッドの前へ行き、赤髪の女性から採寸をお願いすることにした。するとその女性は、ロングストレートの髪を上で
……なんでいちいち仕草がそんなにセクシーなんだ!? うなじ恐るべし。フェロモン噴射力もやべぇ……!! さすがプロってもんはなんか違う……! ってこんなこと考えてる場合じゃねぇ!!
次は、恐る恐るメジャーを女性のウエストに当てる。ウエストを図る時はどうしても俺が女性の胴体に抱き着いているような格好になってしまう。
……いつもやってるだろ、採寸なんてさ。実久の体の採寸も何度もしたことあるし、学校の実習の時にだってあるだろ!? お前は慣れてるはずだ、リキト。ここは堂々と採寸しろ……!! 緊張すんな、ドギマギすんな……!!
採寸しながら数値を声に出し、実久へ伝えていく。実久も眉をきゅっと吊り上げて、真剣に記録を取ってくれている。この調子ならすぐに終わりそうだ。
二人目の女性は、金髪ゆるふわパーマのような女性だ。垂れ目でおっとりしている雰囲気が出ているが、その瞳はかなり魅惑的だ。その青い目で見つめられたら、きっと男ならだれもが誘惑されてみたいと思うんだろう。……俺は違う。断じて、ちがう!!
最後となる茶髪の女性もゼファーが採寸をしている。はやく終わらせてこの部屋から出たい、マジで出たい。じゃないとなんか気がおかしくなりそうだ。俺だって健康的な男子だってぐらい自覚はある。
「君、さっきから可愛いわね」
ふふっと笑いかけてきたこの金髪女性。クード語じゃなく、ギーブルド語で話しかけてきやがった……! ゼファーになるべく喋んなって言われてっし、なんて答えていいかも分かんねぇ……!!
「クード語喋れないんでしょ? ずっと黙ってるし。私達キーブルド語も話せるからおしゃべりしましょ?」
「も、もう採寸は終わりますので……皆様の時間を割いても申し訳ないので……」
もっと歯切れよく喋れよ、俺……!! と自分に突っ込みを入れながらもどうにかはやくここを切り抜ける言葉を探す。喋りかけられてるのにずっと無視するわけにもいかねぇし、ゼファーにはすまないが、ここは黙ったままは悪しと判断した。会話はしても、目は合わせてはいない。というか合わせたらなんかやべぇ気がする。俺自身が。
「私、あなたみたいな可愛い子好きよ? あの手慣れた子もカッコよくて好きだけどね。ねぇ、ちょっと私達と遊んでいかない……?」
魅惑的な赤い唇から発せられた言葉と共に、突然メジャーを握っていた右手をぎゅっとその暖かい手で握られたかと思うと、もう片方の手は俺の腰に回され、抱き突かれるように密着してきた。その瞬間金髪ゆるふわ女子を見つめてしまった。目と目が合って、その海のように輝く青い瞳に思わず吸い込まれそうになった。
他の女3人も俺とゼファーを見つめ、「大歓迎よ」とか「可愛いわね」とか「好みかも」なんて言っている。
「そんなにびっくりしなくていいのよ? あら、あなたのその瞳、綺麗な緑色ね。それにダガー様にも似てるわ……。とっても素敵……」
今度は右頬を優しく触られたかと思うと後頭部に手が回され、柔らかそうな大きな胸が俺のアバラにゆっくりと押し付けられる。突然の出来事に体が思わずびくっと反応してしまった。意思とは裏腹になぜか目が反らせない。この部屋の甘ったるしい匂いと魅惑的な女体、甘美な微笑み、挑発的な視線、もう頭の中は真っ白になっていた。
「申し訳ありませんが、こちらは仕事で来ていますので、お手柔らかにお願いしますよ。あなた方は王族専門に働かれている高貴な方々です。私達のような者には遠く及ばないですので」
この甘美な空気を割いてきたのはゼファーだった。
茶髪女性の採寸も終わったようで、真っ向に立ち向かい、強めの表情で女達にビシっと告げた。
「そんなことないわよ? 毎日王族の方々に抱かれてるわけじゃないし。城下町の男性とも戯れてるわ。高貴とか高貴じゃないとかそんな野暮なこと、私達は全く気にしないわよ……?」
そう言って、赤髪ロングストレートの女性が採寸の為に高く結っていた豊かな髪の毛をパサッと下ろすと、その髪を怪しく揺らしながらゼファーの前まで近付いた。するとゼファーの肩に細く白い両腕をゆったりと乗せ、ふわりと抱きついた。
……まるで抱いてくれと言わんばかりだった。
「ぐふっ」
隣で変な音が聞こえ振り向くと、実久の口から泡が吹き出しそうになっている。その姿で、催眠術が解けたかのようにこの魅惑的な空気から思わず我に返った。
「おい! 実久っ!!」
やばい、完全に放置しすぎていた。
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