1章 7.俺にもワケ分からない

 ゼファーにいきなり飛びつかれようとも、腕をがっしりと握られようとも、俺にもこのローブが一体何なのか全く分からない。

 

 じーちゃんが何の為にわざわざこんな布団みたいなものを麻袋にぎゅうぎゅうに詰めて持ってきたのか、こっちが教えてもらいたいぐらいだ。

 

 まさかマジで布団のつもりか? 野宿用に? おにぎりやマッチ、水も入ってたし、一時しのぎのキャンプ用品と言ったところか。水筒ではなくわざわざ瓶に入った水や、懐中電灯ではなくマッチやろうそくしか持って来ていないってことは、もしかするとこの世界にそぐう物を選んで持って来ていたのかもしれない。

 だからこのローブ布団? だとしても、もっと薄い綿毛布とかもあったはずだ。軽量で暖かく化学繊維ではないもっと良いものがたくさんあったはず。なのに、わざわざこんな重たいものを持ってきたってことはやっぱこれは布団ではないのか……?


「りっきーも食べる?」


 俺はこんなに真剣に考えてるのに、実久はそんなことお構いなしに我が物のようにおにぎりを一つ手渡してくる。なんとなく受け取ってみたはいいが、今は食べる状況ではない気がする。

 「ゼファーも食べる?」なんてずっと前から友達だったかのように、呼び捨てにした目の前の男にも一つおにぎりを差し出している。「僕は結構だよ」と丁寧に断ってはいたが、男の目線はこの布団ローブに釘付けにされたままだ。


「いや、このフト……、ローブの事は俺にもよく分かんねぇ……。俺のじーちゃんが持ってただけなんだ……それを俺が拾って……」


 お前が運んできたのに、分からないとは何事だ! と言わんばかりの表情を一瞬見せたような気もしたが、冷静さを取り戻したのかゼファーは、俺の腕から右手を離し、すっとした元の表情に戻った。


「そのローブはこの村で作られたんだ。そしてこの部屋で仕上げられた。……時期王の為に」

「え……!?」


 はぁ!? じーちゃんが持って来たこの布団がここで作られた!?


「間違いない、このザクロ模様にゴブラン織り。3年前、この部屋で仕立てられたものだ。子孫繁栄、豊穣の意味があるこのザクロ模様は王族しか使うことが許されない特別な模様なんだ」


 ゼファーはマジマジと布団を見ながらそう言うと、なぜか切なそうに窓際にある足踏みミシンを見つめる。


「お前が仕立てたのか?」

「僕も少しは手伝ったが……、ほとんど仕上げたのはここで昔働いていた女性だ」


 なぜか鋭い眼差しを向けてくる。思わずゴクリと唾を飲み込む。


「俺は……、ほんとに何も知らないんだ。なんでじーちゃんがこれ持ってたのかも……」

「君のおじいさんは一体何者だい? 名前は?」

「縫製士してる68歳のふつーのじいさんだけど……名前は隆心りゅうしん……」


 するとさっき足元に落ちた白い封筒をゼファーが拾い上げた。宛名が描いてあるようだが、英語でもアラビア語でもなさそうで、何語が表記されているのかも分からない。するとゼファーが口を開いた。


「この手紙は……」

「この文字、読めるのか?」

「……いや、何語か分からない」

「ちょっと貸してくれ」 


 ゼファーからその手紙受け取り、封を開けると一枚の白い便箋が入っていた。文字がずらっと書かれてある。そう、文字ってのは分かる。


 ……何語かさえも分からない。


 果たしてこれはじーちゃんが書いたのだろうか? ゼファーにまた見せても、やはり分からないと言う。この手紙の言葉がもし読めるようならじーちゃんが探すって言ってた両親の事ももしかすると分かるかもしれないと思ったが今はどうも無理そうだ。


「誰か分かりそうな知り合いとかいないか?」

「……」


 いないなら完全にお手上げだ。あのキラキラ球体が無くなる前にせめてじーちゃんに色々聞いておけばよかったな。いや、そんな時間は皆無だったか……。


「心当たりがあるから、僕がこの手紙を預かっていてもいいかい?」


 ゼファーから希望が差し出された。が、じーちゃんがわざわざここへ持って来た手紙だ。重要なものに違いない。その手紙を今日会ったばかりの見ず知らずの奴に渡してもいいんだろうか。でも今はこの男しか頼れる奴がいないのが現実か……。


「……ああ、任せる」


 苦肉の策だが、仕方ない。路頭に迷いそうになっていた俺達を今のところ助けてくれている。信用してみるしかない。


 隣の実久はおにぎりを3つころっと食べ「食べないの? 食べないの?」と俺が持ってるおにぎりをじっと見ながら何度も言ってきてたから、それを手渡すとすぐにぺろっと食べ終わった。余程腹が減っていたのか、結局4つとも完食だ。


 次は何をしているかと思えば、さっきスパっと剣で切られたホームセンター生まれの杖を持って真剣な顔でくっつけたり離したりしている。なんだかやけにあの棒キレに執着してるようだから、後で直してあげたいが、この世界で果たして修復出来るんだろうか……。


 それにどう両親を探せばいいのか。全てが分からないことだけだ。目の前のゼファーに「俺達はどうも別世界から来たっぽい」と正直に言えば何か分かるんだろうか。いやそれって、完全にさっき言ってた魔女案件過ぎないか? 怪しすぎるだろ……。


「何か思い詰めてるようだけど、今夜はゆっくり休みなよ。着替えがないなら貸してあげるよ。それにしても君の細い体に全くそぐわない大きな剣だね」


 麻袋の隣に置かれたあの大剣をちらっと見ると、隣の部屋のドアを開け、パタンと行ってしまった。着替えを取りに行ったのだろう。この剣、やっぱ本物だと思われてんのか? 水道管入りのコスプレボードで作ったこれが……?


 すぐにゼファーが戻ってきて、柔らかいリネンやコットンで出来た白シャツや茶色に染められたゆったりめのボトムスなどあれこれ数着貸してくれた。実久にも胸元が大きく開いたピンクのロングドレスなどが何枚か手渡される。その開き具合が少し気になってはしまう。


「うっわーーーー!! 可愛い!!」


 想像通りの反応だ。コスプレイヤーにはたまらない世界なんだろうな、ほんとにここは。


「生前母が着ていたものだけど、よかったらどうぞ」


 ここが一体どこで何の世界か未だによく分からない。だけど、とにかく今俺らに必要なことは衣食住だ。金も何もない状態なのに、生きる上での生活基盤は必要不可欠だ。俺だけなら野宿はまだしも、実久もいる。明日にもこの家から出ていけと言われるかもしれないし、かといってずっとこのまま何もせず居座るわけにもいかない。俺に今出来ること――

 

 拳をぎゅっと握る。


「……なぁ、ゼファーは服の仕立て屋なんだろ?」

「ああ、その通りだよ」

「お願いがある……。俺もその仕事手伝うから、ここに一時の間置いてくれないか。贅沢は言わない。食事だってそれなりに我慢するし、なんだってする。せめて実久だけでも……」

「何を言い出すかと思えば……、君にこの技術があるのかい?」

「一応ある……」


 まだ学生だけど、経験値は他の学生よりは多分あるはずだ。


「リッキーの縫製技術はすごいんだよ!! りっきーじーちゃんの仕事も中学から手伝ってるし、高校でも他の3年生よりずば抜けてすごく綺麗に速く完成させるし、実久のコス衣装なんかもすっごくかっこよく作れるんだから!!」

 

 隣で話を聞いていたらしい実久がフォローするかのように会話に入ってきたのは嬉しい。だけど恐らく半分以上言葉が理解出来なかったであろうゼファーがかなり困惑顔をしている。


「コウコウ? コス?」

「こっちの話だ。お願いだ……!」


 頭を深く下げる。実久も「実久からもお願いします!」と言いながら一緒に頭を下げているようだ。


「……僕もこんなご時世に君達を外に放り出すなんて出来ないからね。何かあったら気分も悪いしね。一応考えておこう。ただし君の技術は明日確かめさせてもらうよ。僕もギリギリで働いているからね。仕事として役に立てないようだったらまたその時に考えさせてもらうことにするよ」


 その返答にひとまずほっと胸をなで下ろした。


「りっきーの技術を見くびん……っ」

「ああ、もちろんだ……! ありがとう……!!」


 顔を上げたかと思おうと、なぜか反抗的な態度を取ろうとした実久の頭を再び左手でぐっと抑え込んでまた二人で頭を下げた。これで俺の技術を認めてくれれば一時は衣食住に困らなくて済むはずだ。


 じーちゃんの代わりにここから両親を探す。まだ分からないことだらけだけど、一つずつこの世界での問題を解決していくしかない。


 あいつを殴った日から一切触れなかったミシン。

 

 それが俺を助けてくれている気がした。

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