平凡なピピルと氷雪の王子の四年間

碧りいな

はじまりの春

第1話 王太子と氷雪の王子

「落成式に、ですか?」



 ファビアンが不満を隠そうともせず答えると、王太子ファーディナンドはニヤリと笑みを浮かべながら言った。



 「随分と迷惑そうな顔をするねぇ」


 「それはそうでしょう。そんなものに参列する時間があるなら、他にいくらでも片付けたい仕事がありますから。大体そういうことは……」


 「うん、わかってるさ。式典の参列なんて公務はアンドリースに任せたいんだけどね。どうもまた体調が良くないらしい」



 第二王子アンドリースは浅黒い肌のガッシリとした体躯であったのに、この半年ほどで随分痩せて顔色も悪くなった。痩せた、というよりもやつれた、と言うべきか。特に何処が悪いと言うことも無く医師も首を傾げている。



 民間の式典の参列や特に重要ではない視察など……言ってみれば誰にでも務まる公務を任せるのにアンドリースを重宝していたファーディナンドとしては、心配するというよりは悩ましく思っているところだ。同じように使える第三王子グラントリーは辻褄の合わない理由を並べ、これは公務なのだと言い張って隣国に渡っておりしばらく戻って来ないだろう。兄弟の中でも能力が乏しくろくに役立つことのない二人が、唯一まともにできる『おつかい』をしないとは、ファーディナンドは彼らが王子として存在する必要はないのではないかとまで考えてしまう。



 「でしたらアンドリース兄上の体調不良を理由に参列を取りやめるだけで良いのでは?女学校の講堂の落成式などそれでも構わないでしょう」


 「たまには息抜きだと思えば良いんだ。交渉から戻ってから執務室に篭りっきりだったそうじゃないか。少しは外に出た方が良いぞ」



 ファビアンはますます不満そうだが反論も出来ない。



 第四王子であるファビアンは現在外交関係を一手に担っている。何年も膠着状態でどうにもならなかった大国ドレッセンとの外交交渉をようやく取り纏め、帰国してからは休む間もなく残務処理に明け暮れ、一日中執務室で過ごす生活がもう一月以上続いていたのだ。



 共に国王と王妃の息子であるファーディナンドとファビアンは、どちらも母譲りの癖のない金色の髪に空色の瞳をした端正な顔立ちでよく似ている。しかし二人の雰囲気は似ても似つかない。


 柔和な表情のファーディナンドと無表情のファビアン。王太子でありながら気さくで朗らかなファーディナンド。一方のファビアンは常に冷静沈着で不必要に人を寄せ付けようとしない。



 第四王子の身分と美しい容姿は魅力的で、未だ未定の婚約者の座を得ようと近付く令嬢は後をたたないのだが、それに対する彼の態度は冷酷だ。『氷雪の王子』……いつしかそんな二つ名で呼ばれるようになったファビアン。今では市井の人々の間でもそう囁かれるようになっていた。



 「あの講堂は亡き先々代女王ベアリシス陛下の名前を冠したものだからね。その再建の落成式だ、当然参列するべきだろう?こけら落としに女学生達が歌を歌うのだそうだよ。娘達の可愛らしい歌声でも聞いたら心が癒されるんじゃないか?巻き添えをくって一緒に執務室に幽閉されている可哀相なジェフリーを連れて参列してくるんだな」


 「女学生の歌など、聞くほどの価値が有るものではないでしょう?」



 ファビアンの不満はますます募るが、兄である王太子はこうなったら折れないのはわかっている。何を言おうと飄々と言い逃れられてしまうのだ。



 ファビアンは大きくため息をつくと、気の進まない公務を受けることを不本意ながら決めたのだった。





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