先斗町の陰陽師
日向寺皐月
第1話 幽霊マンションの林檎ソース掛け
どうも、始めまして。私の名前は
さてさて。そんな私のバイトは、なんと映画やドラマの為のスタイリスト……の使いっ走り。衣装を洛中各所の衣装置き場から回収して、それを撮影所に持って行くと言うのが私の仕事。まぁ服飾関係は嫌いでは無いし、それで充分と言えば充分なのでだけど……問題が一つ。
その衣装置き場の幾つかが、所謂……心霊スポットだったりするのだ。
「うわぁ……ここか……」
向日市にある、とあるマンション。自殺者が出たり怪奇現象が起きたりと、この辺でもかなり有名なマンションだったり。まぁ、私も来たのが初めてって訳でも無いのだけど……
『あのマンション、やっぱ出るよ。私見たから』
『分かる。変な視線感じるし、足音するし……』
『衣装回収してるとき、腕だけが服に入ってた』
等々……結局先輩達がみんな嫌がるので、私がここの担当にされてしまった訳です。と言うかまぁ、私は今までそのマンションで一回も怪奇現象に合ってないのが理由なのですが。
兎に角、さっさと衣装を回収しないと怒られてしまいます。なので七階にあるその部屋の鍵を出し、カチャリと開けて―
「―あ、失礼しました」
中には数人の先客が。確かにうちの衣装屋はそれなりに大所帯。私の仕事と被った誰かが居ても可怪しくは……
「…………あれ?」
でも。私の持っている鍵は一個だけ。スペアは今現場にいる私の上司しか持っていない筈。ではつまり……中に居たのは……
もう一度入るとさっきの人影は既に無く、誰も居ない衣装部屋が広がるばかり。おぉ、これが怪奇現象。私初めて見ました。とは言えそんな事に気を取られていては、出来る仕事も出来ません。なので早速指定された衣装を纏めてケースに。そしてそれなりに重いそれを、頑張って引っ張って廊下まで出して――
「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
ドシャッ
洛中は四条大橋の直ぐ近く、四条交番を曲がると細い路地が。ここが先斗町です。名前の由来はオランダのゲームだとか。洛中一の飲屋街とも言えるここは、夜になれば多くの人達で賑わう通となります。
が。私の目的はお酒を楽しむ事ではありません。昨日の事を相談する為、陰陽寮に連絡をしたら「先斗町でカフェやってる奴が暇してるから好きに使って」と言われたので、その人を探しているのだ。
「えっと……路地水族館の先に……あ、ここかな」
少し奥まった所に、そのカフェはあった。「エクリプス」と書かれた看板。そして木組みのお洒落なドアには、OPENと書いてある可愛らしい板が掛けてある。本当にお洒落なカフェです。本当にここに相談に来て正解だったのかなぁ……
「あ、あの……」
そのドアを開け、中に入る。しかし店内は無人で、お洒落なボサノヴァが今どき珍しいジュークボックスから流れるだけ。
「すいませ〜ん。誰か―」
私があたりを見渡したその時。カウンターの奥に、それは居た。と言うよりあった。
厨房には不釣り合いな、ふはふはのビロードのシングルソファ。その上に、フリルの付いたコルセットをした人形が座っていた。あまりにも綺麗過ぎて、そう言うアート作品かと思った位には情景が”完成”している。
薄いグレーの髪は、猫っ毛なのか艷やかにふはふはと光っていた。その肌は白くきめ細やかで、生物らしさとは凡そ掛け離れている。そしてその四肢は細く、スラリと伸びていた。まぁ要は完璧な人形である。
「……ん?あ、いらっしゃい」
突然、目の前のフリル付きコルセットをした人形が目を開け、そう言って来た。いや、この人人間だ。あんまりにも美麗が過ぎて人形かと思った。睫毛長すぎだろ。同じ生き物とは思えないくらい―
「……美」
「え?」
あ、しまった。つい口から本音が。と言うか男の人だったんだ。声を聞くまで、女の人だと思ってた。だって滅茶苦茶美人だし、良い匂いするし。
じゃなくて。
「えっと、あの……武紫と言います。幽霊絡みで一寸色々あって……その、陰陽寮からここに相談する様に言われまして。
そう私が言うと、目の前の男の人は目をパチクリとした。と、何処から可愛らしい声がする。
「ユースケ、お前また店で寝てるな?陰陽寮から仕事の依頼が……」
「あ、ルナ。今来てるよ、その子」
そう言って、男の人はオリーブラブドのロングサロンエプロンを慣れた手付きで腰……と言うかコルセットの上に巻き、レジ横のメニューと名刺を渡して来た。
「僕が、その福永雄介だよ。お話を聞くついでに……ランチはどうだい?」
「成程〜、飛び降りの幽霊まで見ちゃったか〜。そりゃ怖いね」
暫くして。私はランチプレートを食べつつ、福永さんに事情説明をした。福永さんは私の突拍子も無い話を全てニコニコしながら聞いてくれる。そりゃそうか。と言うより。
「滅茶苦茶美味しいですこれ」
私は目の前のランチプレートを見る。もう殆ど食べちゃったけど、丁度いいサイズのライスにカリカリのベーコンの入ったサラダ。玉葱を丸ごと入れたスープはもう飲み干しちゃった。で、一番美味しかったのが。
「このお肉、甘酸っぱくて柔らかくて……なんです?」
「あぁ、仔牛の林檎ソース掛けだよ。林檎はお肉を柔らかくするからね」
成程林檎。道理で甘酸っぱさとお肉の塩辛さがベストマッチしてヤベーイな訳だ。と、福永さんは少し小首を傾げて私の方を、正確には背後をジッと見て来る。う〜む、見た目が良いから何しても絵になるなこの人。
「所で……紫ちゃんだっけ。君守護霊とか付けてる?」
守護霊?そんな物は無い。ので私は首を横に振った。と、福永さんは店の奥の方……多分住居の方に声を掛ける。
「お〜い、ルナ〜!一寸来て〜!!」
「あァ?何なんだ全く……オレは眠いんだよ……」
「……三毛猫?」
出て来たのは、一匹の三毛猫だった。おでこに曲星が付いていて、喋っている以外は普通の三毛猫だ。
…………喋っている……?
「げ、ヤベ」
そう言うと逃げ出すその三毛猫。が、福永さんの長くて細い腕に捕まる。
「んも〜、ルナはただの喋る三毛猫じゃん。そんなに隠す事無いって」
「そのただの喋る三毛猫が世の中に何匹居ると思ってるんだ」
「……クッソ可愛い」
「え」
福永さんの腕の中でウネウネと動くちいさいいのち。そんなの……そんなの…………
「可愛い可愛い滅茶苦茶可愛い滅茶苦茶吸いたい吸わせて下さいお願いします」
「ギャー!ヤダヤダヤダ!逃げさせろ逃げさせろこの阿呆逃げさせろ!!何か色々な危機だから!!」
私の言葉を聞いて、さっき以上にウネウネと動き出す三毛猫。ルナちゃんだっけ。と言うか福永さん意外と腕力あるんだ。
「良かったじゃん。可愛いって言ってくれてるよ」
「良かねぇよボケナス!!テメェは猫じゃねぇから知らねえだろうがあのタイプはヤバい!!絶対ヤバい!!」
そう言うルナちゃんだったが、私の背後を見て動きを止めた。そして、目を細めて呟く。
「……お前、何して来た?尋常じゃないぞ」
「あ、やっぱ駄目な奴か」
駄目な奴。そう言われて不安にならない奴が居るだろうか。私は後ろを振り向くが、ただただ丸くお洒落な窓の先に小さな庭が見えるばかり。つまりその”駄目な奴”は見えないのだ。
「なんか身体に異常は無い?ダルいとか肩が重いとか」
そう言って、福永さんはルナちゃんをカウンターの端に置いた。それから近くにあったチラシの裏に、マジックで何かを書き始める。
「特には無いですね……」
「お前普段鈍感とか言われてねえか?」
ルナちゃんは私の背後を見つつ、そんな事を言った。なんて失礼なにゃんこだ。猫吸いの刑に処してやる。
「よし、出来た……っと。はいこれ」
福永さんはそう言って、ルナちゃんと格闘する私に何かを書いたチラシを渡して来た。一回ルナちゃんを足元に置き、それを受け取って良く見てみる。何だかよく分からない文字が、何だかよく分からない筆記体で何だかよく分からない絵と共に書かれていた。いや本当何だかよく分からない。
「それを肩越しに投げてご覧。丸めていいから」
「こ、こうですか……?」
私はそのチラシを丸め、左肩の上を通る様に投げる。と、その瞬間。何かが背後で大爆発した。
「え!?え!?え!!??」
慌てて周囲を見渡すが、何も異変は無い。強いて言えば左耳が痛い位である。そんな風におろおろしていると、福永さんは楽しそうに笑いながら説明してくれた。
「あはは。大丈夫大丈夫。僕の御札で
「今の、御札だったんだ……」
御札と言えば、和紙か何かに墨で書くものだと思っていたけど。なんて考えていると、ルナちゃんがカウンターに座って言った。
「普通は、ちゃんとした紙にちゃんとした筆と墨を使うのが当たり前だ。ま、ユースケはこんなんでも陰陽寮三強の一人だしな」
「陰陽寮三強……?」
私がそう呟くと、ルナちゃんは頷く。そんな凄い人なのか……
「そ。実力も能力も
ルナちゃんにそう言われて、嬉しそうに手を振る福永さん。う〜ん。顔が良いから何しても絵になる。
「兎に角、だ。そのマンションの場所を教えろ。さっきの雑霊の量を見るに、相当な場所らしい。陰陽寮に報告した方が良さそうだからな」
「あ、はい」
取り敢えず私は地図アプリを開き、そのマンションの場所を二人に見せた。と、二人は顔を見合わせて――
暫く後、私の姿は、昨日来たあのアパートの前に。理由は簡単。実はこのマンション、陰陽寮が定期的に祓っている所なのだとか。で、さっき。
「と言う訳で、お祓いついでに行って来て」
と福永さんに言われ、ランチ代と私の依頼料をタダにしてくれると押し切られたのである。とは言え私は一応苦学生の身、あれだけ豪華なランチと依頼料がタダになるならと喜んで来たのだ。
「えっと、確かこれが福永さんの番号だよね……」
私は言われた通りに、福永さんのスマホにビデオ通話を入れる。数コール後、ドアップになったルナちゃんの顔が写った。そしてその奥に、福永さんのニコニコした表情が。
「ほれユースケ。これで出来るぞ。全く、機械音痴にも程があるだろ」
どうやら福永さんは機械音痴らしい。う〜ん推せる。
「あ、紫ちゃん?早速だけど……あの眼鏡を掛けてみて」
そう言われ、私は渡されていた赤いアンダーリムの眼鏡を着けてみた。これを着けると、私だと見えない幽霊やらなんやらが見えるらしい。どうやらお祓いの為に、これを着けておく必要があるとかないとか。
どれどれ、あのマンションは一体どれ位の幽霊が――
「……………………」
私は急いで外し、スマホ越しにあの二人へ訴える。
「いやあれはアカンて。居過ぎだって。マンション殆ど見えんて」
ヤバかった。初めて見たけど、なんかこうマンションが真っ黒になってた。しかもなんか一杯ウニャウニャしてた。
しかし、福永さんは爆笑するだけ。いや〜、絵になる。では無くどうすりゃいいのか教えて欲しい。と、呆れた様にルナちゃんが説明してくれた。
「安心しろ、ユカリ。お前はこの弩阿呆の札を持ってるから、そんじょそこらの奴じゃ触れる事すら出来無い。それにその変な奴は、お前がちゃんと札を貼ってやれば除霊出来る。分かったか」
「えっとまぁ、大体……」
「じゃ、おさらいだ」
大爆笑中の福永さんを他所に、ルナちゃんはさっきお店で福永さんが描いてくれた図を写しながら、説明を続けてくれる。うむ、優しい良いニャンコだ。後でもふってあげよう。
「さっきも説明したが、やる事は渡した五枚の札を張り替えるだけ。五芒星を描く様にな」
五芒星……所謂お星様の形だ。福永さん曰く、一番簡単で一番強力な印らしい。
「最初は、今お前がいるマンションの前の電柱の下にある石だ。要石って言うんだが……さっきの眼鏡を掛ければそれと分かる。良いな?」
「おっけおっけ」
「軽っ」
兎にも角にも、やるしかない。私は意を決して眼鏡を掛ける。すると電柱の下に、少し金色に光る縦長の石が見えた。これが要石か。手に取ると、ボロボロになった御札が張り付いている。
「あったよ、ルナちゃん」
「んじゃそれを剥がせ。剥がしたら直ぐに新しいのに変えろ。後、前の札は焚き上げるから回収しろよ」
へいへい。ペリペリと剥がすと、御札は光るのを止めた。私はそのままポシェットから新しい御札を出し、ペタリと貼り付ける。おぉ、糊もテープもないのに張り付いた。
その要石を電柱の下に戻すと、再び金色に光り始める。さっきより強く、周囲が明るくなる程に。と、要石から金色の線が一本伸び始めた。
「一個目の張り替え終了だね」
「遅ぇぞユースケ」
それとほぼ同時に、福永さんが涙を拭きながら画面に現れる。泣く程に面白かったのか、私のリアクション。
「それじゃ紫ちゃん。その線が次の場所を教えてくれるから、それに従って張替えをお願いするね」
「は〜い」
私は頷いてから、少し俯きながらその線の上を行く。成る可くマンションの方を見ない様に。だって見えるし。次に線が止まったのは、自販機の下だった。再び要石を拾い上げ、ペリペリと――
「あ、紫ちゃん。一寸良い?」
剥がそうとした時、福永さんがそう言って呼び止めた。
「はいはい、なんでしょう」
「そのボロボロの御札、見して貰っていいかい?」
一体この御札がどうしたのだろうか。取り敢えず言われた通り、カメラに御札を近付ける。
「……ルナ。前回貼ったの何時だっけ」
「二ヶ月前だ」
「じゃあ、明らかにペースが早いね……」
何の会話だろうか。全く判らないが、何となくヤバいのは理解出来る。さっさと終わらせてしまおう。
「次で石は最後ですね」
四つ目の要石の御札を張り替え、金色の線を進む。後一つ張り替えれば私の仕事も終わりだ。願わくば、さっさとこんな所から離れたい。
「五個目を張り替えたら、一個目の所まで歩いて戻ってね。それで五芒星が完成するから」
「了解です」
私は頷いて、最後の一箇所に辿り着いた。今度はアパート周囲の地図が描かれた看板だ。その下にある要石を拾い上げ――様とした時。
「キシャァァァァァァァァッ!!!!」
背後からそんな叫び声が響いた。振り返ると深海魚見たいなウネウネした奴が、牙の並んだ口を開きながら突っ込んで来ている。って何冷静に判断してるん私!?え、ちょ、何何何!!??
「紫ちゃん!要石を前に掲げて!防いでくれるから!!」
「は、はいぃ!!」
私は慌てて持っていた要石を自分の前に掲げた。その瞬間、金色の盾的な何かが現れる。そして、襲って来たウネウネを弾いた。おぉ、まるで絶対に不可侵な領域。
と、喜ぶのも束の間。ベリッと言う嫌な音がして、要石から御札……と言うか最早紙屑が剥がれ落ちた。それと同時に、マンションを覆っていた何だかよく分からないもね達が、一斉に此方を向く。えっと……これは……
「って言ってる間になんか来たーッ!!」
その真っ黒なもの達が、まるで羽虫の群れの様に此方に向かって突っ込んで来た。ウギャー!!
「何やってんだ阿呆!!早く貼れ!!」
「ひーッ!!」
ルナちゃんにそう言われ、ポシェットから出した御札を無理矢理貼り付ける。そしてそれを看板の下に置いた。
「一回結界の、金色の線の外側に出るんだ!」
言われなくても。腰が抜けつつ、結界の外に転がり出る。と、よく分からないもの達の群れは、目の前の見えない壁に衝突しては消えて行く。暫くすると、霧が晴れる様にアレは消えていた。こ、恐かった……
でも、これで終わりでは無かったのだ。
「これで……終わり!!」
私は一個目の要石を踏み、言った。これで印が完成するらしい。すると足元の金色の線が一瞬強く光って、マンションの周りの黒いアレを消し去る。凄く非現実的な光景だが、さっきあんな体験をしたのだ。信じたくなくても信じる他無い。
「は〜い。お疲れ様。これで暫くは心霊現象は起こらないよ」
そう福永さんに言われ、ホッとする。でも。
「暫く……なんですね」
と言う事は、またこんな事になるのだろうか。と、福永さんは笑って言う。
「ま、ここは霊脈と霊道の交差点みたいな所だから、完全に封じる事は出来ないんだ。でも、普段はこうなる前にお祓いするんだよ」
成程。でも、となると何故今回こんな事になったのだろう。そう考えていると。
カツーン……カツーン……
そんな、何かを打ち付ける様な音が何処かから響いて来た。何の音だろうか。そう思いながら、音のする方を見ると……
そこに、ソイツは居た。
カツーン……カツーン……
「ヒッ……!」
ソイツは、人……に見えた。ひょろ長く、まるで針金細工の様な見た目をし、その身体はボロ布の様な赤茶色の何かに覆われている。そして、その足は……自販機の下の要石を蹴っていた。
カツーン……カツーン……
どうやら辺りに響いていたのはその音らしい。要石より足が軽いのか、要石が動く事は無い。けれど足が当たった瞬間、金色の輝きが弱くなる。一心不乱に足を上げては蹴り、足を上げては蹴り……
「おい、どうした」
「な、なんか人みたいなのが……要石を蹴ってるんです……」
ルナちゃんにそう返す。と、今度は福永さんが聞いて来た。
「結界のどっち側だい?ソイツが居るのは」
「えっと……外です」
「……成程、ソイツが原因か」
さっきまでとは違う、低く重苦しい言い方。脳内の警報音はMAXである。その道のプロがガチの反応をすると言う事は、マジに不味いと言う事だ。
「紫ちゃん、直ぐにその場を離れるんだ。目を合わせちゃ駄目だよ。良いね」
「は、はい……」
私は頷くしか無い。ゆっくりと振り向いて歩き出す。成る可く気配を消して、俯いて気付かれない様に……
カツーン……カツーン……カ
音が、止んだ。
「ふ、福永さん……!」
「振り向いちゃ駄目だ」
福永さんはそう言う。頼まれたって振り向くか。心臓はバクバクと音を立て、ヒヤリとした汗が背中や頬を伝う。
大丈夫大丈夫。そう言い聞かせながら、スクーターの止めてある駐車場まで向かう。大丈夫大丈夫。なんてたって、此方にはプロが着いてる。だから大丈夫。
「ねえ」「おーい」「そこの君」「やあ」
なんだか背後が重苦し「あれ、て聞こえないの?」いが、気にしてはい「あれれ?」けない。少し騒が「やっほー」しい気もするが、「ねぇねぇ」気の所為だ。話し掛けられている「見えてるんでしょ?」気もするが、ありえない「聞こえてるんでしょ?」。なんだか「視えてるんでしょ?」視界の端に見え「こっちだよ」るが、全部嘘「本物だよ」だ。
駐車場に辿り着き、スクーターを見付けた時は泣きそうになった。やっと帰れる。
でも。だから気が抜けてしまった。
「紫ちゃん、もう大丈夫だよ」
「良かった……」
福永さんの声にホッとし、顔を上げた。上げてしまった。
「紫ちゃん!!僕は何も言ってない!!まだ駄目だ!!」
「え?」
顔を上げたその瞬間、目の前にソイツは居た。まるで子供の落書きの様な顔は、私を見て嗤って居る。
「「「「「「「「「「「「「みぃつけた」」」」」」」」」」」」」
声は、出なかった。ただ腰が抜け、冷たいアスファルトにへたり込んでしまう。
「紫ちゃん!!紫ちゃん!!しっかりするんだ!!紫ちゃん!!」
福永さんが私を呼ぶ。でも、その声は何処か遠い。そうしている間にも、ヤツは私の方に手を伸ばし――
「紫ちゃん!スマホをソイツに向けるんだ!!」
私は最後の気力を振り絞り、スマホをヤツに向けた。その瞬間。
「ウグぁっああああっ!!」
「わーっはっはっは!!とぅッ!!」
スマホから金色の光が溢れて、ヤツの細い身体を縛り上げる。そして、何処からか高笑いが聞こえたと思ったら、ヤツは真っ二つになった。
「エークセレントッ!!」
なんだかテンションの高い声が響く。でも、私は気を保てなくて……
気付けば、意識は闇の中だった。
「……こ、ここは……」
「あ、起きた?」
目を開けると、そこはエクリプスだった。テーブル席のソファの上で、ふはふはした毛布が掛けられている。店内には美味しそうな匂いとJAZZに溢れ、窓から見える外は真っ暗だった。
「私は……」
そう言った瞬間、お腹の音が響いた。と、福永さんはニッコリと微笑んで、昼と同じプレートをカウンターに置く。
「これは僕からのプレゼント。説明もしてあげるから、先ずはご飯だね」
「……つまり、結界が弱まってたのは……」
「先ず間違い無く、アイツのせいだね」
滅茶苦茶美味しいプレートを食べ終え、デザートの洋梨のシャーベットを食べつつ、私は説明を聞いた。あのマンションの結界が弱まり、私が心霊現象に遭遇した訳を。
「何なんですか、アレ」
私がそう聞くと、福永さんはその美麗な顔を少し悩ませて首を傾げた。絵になるなぁ……
「分かんない」
「分からない」
意外な答えだ。
「まぁ、十中八九あのマンションに縁のある”よからぬもの”だね。あのマンションはある意味、結界で外から護られてる。だから、”入りたかった”んだと思うよ。何の為か知らないけど」
成程、だから要石を蹴っていたんだ。と、もう一つ気になって居た事が。
「そう言えば、私を助けてくれたのは……」
「あ〜、
そうだったのか。感謝しようと思ったんだけど……
「兎に角、今日はお疲れ様。これで君の依頼も完了な訳だけど……」
福永さんにそう言われ、思い出した。そうだった。私は単に依頼を解決して貰いに来たのだ。
「もしこのお店が気に入ったら、懲りずにまた来てね」
「はい!喜んで!」
私がそう返すと、福永さんはニッコリと笑う。絶対また来よう。私はそう思った。
「あ、しまった」
家に帰る途中、私はあの眼鏡を持って来てしまったのを思い出した。まぁ、また行った時に返せば良いか。そう思い、鞄に仕舞い込む。
だが、それがあのお店と……引いては福永さんとの奇妙な縁の始まりだとは、その時は全く思わなかったのだ。
先斗町の陰陽師 日向寺皐月 @S_Hyugaji
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