檸檬は爆発しなかったが、アボカドはきっと私を成熟させてくれる

藤田 芭月 / Padu Hujita

檸檬は爆発しなかったが、アボカドはきっと私を成熟させてくれる

 丸善に置いてきた檸檬が実際には爆発しないように、アボカドも人を殺しうるものにはなりえないのだ。どちらもただの食べ物でしかない。

 自明の理だとは思うが、私は彼に買ってきたばかりのアボカドを投げつけて、その事実を再確認することになった。

 結局、彼に投げつけたはずのアボカドは、よけられて、壁に強く叩きつけられ、花火を呑み込んだ人のように粉々になった。

 「俺、出てくわ」、彼は一言そういって、本当に出ていった。待って、とか、話し合おう、とか彼を引き留める科白は言えなかった。というか、彼を引き留める権利は私にはない、と感じていた。

 別に何か明確な原因があって起きたことではない。私たちは、日々我慢の粒子を吸って過ごしていた。いつの間にか、この部屋の毒素を吸収していたのだ。だから、感覚的に私たちの関係を修復するのは、無理なことだと恐らくわかっていた。


 十畳ワンルームの部屋に、散り際の花火のような色鮮やかさや埃が積もったおはじきのような可愛らしさなど、当然あるはずもなく、あるのはボサボサ髪で地肌のままの私と、種がむき出しになった、可哀そうなアボカドだけだ。

 何かが足りなくなった空間で、私は酒を浴びる飲むほか、やることがなかった。しかし、それが少しいけなかった。宿酔が魅せる情景は、私をより一層寂しくさせる。

 アルコールで満たされた空間は、とうとう私を居づらくさせた。この頃から、私は街から街を浮浪し始める。街が生みだす情景は、私を不思議と満たしてくれる。


 ある夜 ―私は、地元に仲の良い友達がいなかったため、基本はネットカフェで生活をしていたのだが― 塵と潮の臭いで目が覚めた。天井のある快適な空間にいるはずなのに、私は今漁港にいるのではないかと勘違いしてしまう。泳ぐことの出来ない孤独を感じ、逃げるようにそこを離れた。急いだため、危うく会計をし忘れるところだった。

 いつの間にか、狸小路を少し外れた路地を歩いていた。私の背中は、薄野を照らす、バカみたいな音量で走り回っている宣伝カーや酔歩で三軒目に行こうとしている大学生らによって、傷をつけられていた。でもきっと、私もあれほどバカになれたら、幸せなのだろう。

 ふと目の前をみると、薄野の喧噪につぶされそうな佇まいの青果店があった。店には、死んだように眠るおばぁちゃん、それと生き生きした野菜と果物。そこでアボカドを一玉、手に取り、買った。おばぁちゃんはきちんと生きていた。


 約二週間ぶりのアパート。この部屋は少し泣いている。だが、安心してほしい、状況は以前とは違う。十畳ワンルームの部屋にあるのは、少し伸びた髪で地肌のままの私と、種のむき出しになったアボカドと、今手に持っている一顆の生き生きしたアボカドだ。

 キッチンに向かう。包丁を種に沿って、アボカドの下膨れの輪郭をなぞっていく。種をスプーンで丁寧にとり、可食部分を減らさないように、慎重に皮を剥く。一口サイズに切ったアボカドは、わさび醤油でいただく。攻撃的なわさびが全身を駆け巡り、目を通り、内から外へ突き向けていく。大爆発だ。

 半分食べ終わったところで、キッチンから種をもって、以前大葉を育てていたプランナーに詰め込む。そこに、この部屋の涙を胃の限界まで注ぐ。


 もしかしたら、成長したアボカドは毒をもって生まれ変わるかもしれない。だが、それでいい。それがいいのだ。私は、毒をも喰らう女でいなくてはならない。

 プランタ―の縁にキスをし、半分の残った、乾ききったアボカドを味わう。アボカドが口、食道、胃、さらには気道、肺に行き渡っていることを感じながら食べる。

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檸檬は爆発しなかったが、アボカドはきっと私を成熟させてくれる 藤田 芭月 / Padu Hujita @huj1_yokka

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