転生先のあらゆる文字が誤字脱字だらけなので校正しまくります!

7番目のイギー

プロローグ

「あぁ……、これじゃあ締め切りに間に合わないかもな……」


 深夜、というにはもう深すぎる、むしろ明け方といっていいほどの時間。俺こと詠島貴美えいじまたかよしは、眠い目を擦りながら冷めたコーヒーを啜る。目の前の仕事机には様々な筆記用具、いくつかの辞書、そして大きな紙。そこにはびっしりと文字が記されている。


 俺の職業は『校正士』。


 様々な文字原稿――例えば小説だったり電化製品なんかの分厚いマニュアルだったり――の文字の間違い、つまり誤字・脱字や単語の誤用、言い回しなどを丁寧かつ間違いなく潰していく仕事だ。

 この仕事は、その規模、平たく言えば文字量によって何人かで分業するのだが、人付き合いがお世辞にも上手くない俺は、ほとんどの仕事を一人でこなす。

 とはいえ一人で消化できる範囲の仕事しか受注しないのだが。

 

 二年前までは俺も会社員として校正士をしていたのだが、思うところがあって退社。今はその会社から仕事を回してもらっている、いわゆるフリーの校正士というやつだ。ちなみに『締め切りに間に合わない』と言ったのは、単に口癖で徹夜が続くとつい出てしまうだけで、特に意味はなかったりする。


 正直、校正という仕事は、同業者には失礼かも知れないが『地味』だと思う。

 ひたすらデスクに向かって夥しい数の文字の中から間違いや抜けを探すのだから、これのどこに派手さがあるのか。

 ただ、俺はこの仕事に誇りもあるし、やりがいも感じている。だが学生の頃はグラフィックデザイナーに憧れていて、そっち方面の勉強もしていたが、何をどこで間違えたのか気づいたらフォント制作に夢中に。

 これが仕事にできればいいと日々研鑽していたものの、『好きなことと仕事は別』と常日頃親父に言われていたことを思い知ることになる。仕事でフォントを作るのがなぜか辛かったのだ。


 だがここまでの経験で得た『文字というモノが好き』ということを活かせれば……。

 そう考えて、なんとなく『校正講座』を受講、その後校正専門の会社に就職〜経験を積んで退社、フリーになり、そして現在に至る。

 つまり、俺にとって『校正士』は、『自分に向いていた』のだ。好きか嫌いかで言われれば好きな方だが、思い入れが強いわけではない。だから辞めることなく持続できるのだろう。


―――――――――――――――――


 今回俺が取り掛かっているのは赤星あかほし樫乃かしのという小説家の新作の最終章だ。この作家の小説はどれもよく書けている。書けてはいるが、俺の好みかといえばそうでもない。あくまで小説という『商品』としての出来だ。

 なので、端々に出てくるこの作家独特の『表現』が、意味としては間違っていないのだが、俺はどうにも受け入れ難い。そしてこの作家の元原稿は、とにかく『誤字・脱字』が多い。よくもまぁこれだけ間違いを出せるものだとむしろ感心するが、俺からすれば誤字・脱字の発見なんぞは容易い事。つまり特技とか才能ってやつなんだろう。

 とはいってもよくある異世界転生モノのライトノベルにありがちなチートスキルなどではなく、単に間違い探しが子供の頃から得意なだけだ。二つ並んだ同じ絵の間違い探しなんかは、俺より早く見つける奴に出会ったことがない。というか誤字・脱字多すぎだろこいつ。


 ぶつぶつと独り言、というよりも赤星樫乃のあることないことを呟きながら黙々と仕事を進めているうち、外からは朝を告げる小鳥たちの声が聞こえてくる。時計を見ると朝の6時38分を差していた。


「流石に二徹はキツいな……」


 もうカフェイン程度じゃこの眠気は抑えるのは無理かも知れない。これ以上仕事を進行しても効率が上がらないことは経験則でわかっている。今日はもうあっちの方・・・・・は寝て起きてから考えることにしよう。

 朦朧とした意識と、持ち上げることすら辛い鉛塊のような体を引き摺って、俺はベッドにそのまま重力任せに倒れこんだ……

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