砂漠渡りと長月
おくとりょう
憎し愛おし来訪者
はぁ…。まるで外国に来たみたいだ…。
店内に響く異国の言葉から、心を反らすように窓の外へと目を向ける。
晴れた空の下。一車線ほどの細い道を、途切れることなく、たくさんの人々が行き交うのを見下ろす。
あぁ、愉しげな彼らも海外から来ただろう。外の声は聴こえないけど…。
砂糖をたっぷり入れたはずのコーヒーがひどく苦く感じられた。
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ちょっとしたおつかいに、久々に出てきた繁華街。ニュースで耳にはしていたものの、外国人観光客のなんて多いこと…。
店内や商店街のアナウンスはもちろん、隣を歩く人でさえ、耳慣れない言葉を話しているものだから、外国に来てしまったのかと思ってしまう。お店の並びはそんなに変わっていないはずだけど…。
何だか、いつも以上に疲れてしまい、近くにあったチェーンの喫茶店で少し早めのティータイム。…だったのだけれど、そこも観光客で賑わっていた。
まぁ、でも、そうよね…。私も海外に行ったら、個人経営よりも世界中で展開しているチェーン店に入っちゃうなぁ…。
どうしようか一瞬迷ったものの、パッと目についたケーキとホットコーヒーを頼んで、さっさと窓際の席に着く。2階席、窓に面したカウンター。
ほっと一息ついていると、橫を通り過ぎた店員さんの名札が日本人らしくなかった。ふと、さっき寄ったドラッグストアのことを思い出す…。
安くて行きつけにしているそこも、やっぱり海外のお客さんの影響は大きいようで、店内の様子がガラッと変わっていた。お菓子コーナーの場所が表に移っていたり、読めない外国語や「お一人様おひとつまで」の貼り紙がしてあったり、たどたどしくも熱心な外国人アルバイトが入っていたり…。
それなのに、狭い店内を押し退けるように進む黄色い声は耳慣れない言葉で騒いでいた…。
お店の人の苦労を思うと、ため息がこぼれる。
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…そんな平和なひとときも、今となっては昔の話。
あれから1年、いやもうすぐ2年か。街は再びガラリと変わった。
観光客はズバっといなくなった。…かといって、人混みは疲れるし、ドラッグストアが平和になったワケでもない。
…パンデミックとはこんなものなのかと、この1年半の間に、いろいろと考えさせられた。ゾンビ映画のような世界のことをパンデミックというのだとばかり思っていたけど、あの派手さがない分、たちが悪い…。
横断歩道に着いたところで、ちょうど青信号が点滅し始める。今日は久々に外に出た。お散歩がてらにお買い物。
歩行者信号が赤になると同時に、自動車の信号は黄色へと変わる。ちょうどそこへ、後ろから来た軽自動車。エンジンを吹かして通り過ぎた。その後に数台の原付バイクも続く。雨上がりの道を水飛沫を散らして走り去る。
「黄色は
つい、ひとりごとが漏れた。
足元の水たまりを見つめて、いつかの記憶に想いを馳せる。
あぁ、たどたどしい日本語でレジを打ってくれたあのアルバイトの子は元気だろうか。
あの子に私はどう映っただろう。
砂漠渡りと長月 おくとりょう @n8osoeuta
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