第209話(番外編) 同情と、座右の銘と、《日曜日》世界幽鬼

  ~~番外編 前回までの あらすじ!!!~~


 『世界幽鬼を狩る』、その役目を果たそうとするダブルエム。

 彼女は自分の職業の力を使い、2体の世界幽鬼を倒して、【ワラルー】と【左手】を回収し、次の世界幽鬼狩りへ向かうのであった。


 一方、そんなダブルエムを追う、網走海渡。

 彼は電話で、彼女の主である赤坂帆波から、彼女の『過去』と、彼女を見守って欲しいという『お願い』を、託されるのであった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「おいっ! ダブルエムっ!!」


 ダブルエムの姿を見つけた網走海渡は、変わり果てた彼女の姿を見て驚いていた。


 彼女の身体は、醜く、ぶくぶくと膨れ上がっていた。

 左手は元の倍以上の大きさに膨れており、右足は鉄パイプとなって所々が膨れて変形していた。

 そして、全身にはぶつぶつと、気持ちの悪いイボが大量に出来ていた。


 彼女は座り込んでいたが、網走海渡の姿を見ると「また来た……」とうんざりしている顔を作る。


「やぁ、少年。#説明 終わっても着いて来るとか、#マジ勘弁 なんですが……」


 ダブルエムは、余裕そうに喋るが、網走海渡にはまともな姿には見えなかった。

 少なくとも、元気という状態からは、程遠く見えた。


「おいっ! なんだよ、お前! 無敵の超回復スキルとか、あるんじゃないのかよ!?」

「……死にそうとか、思われてます? 私? いえ、これはただの『ガン』なんですが」


 よっこいしょっ、立ち上がるもフラフラのままであった。

 しかしながら、彼女の顔は一切の苦痛も感じないようで、終始、痛みとは無縁の表情であった。


「実は、先程【左手】の世界幽鬼を倒しまして。その際に、病気をもらったんですよ。

 ----【左手】は不浄な属性を付与した魔法を使う、【マナ】系統の職業。故に、私の身体は病気に罹りやすくなり、ガンを発症した訳です」


 ガン……それは、今もなお多くの人間を死に至らしめている、難病の1つだ。

 人間の細胞には正常な細胞を作るよう、生まれながらにプログラムされているが、そのプログラムが故障する場合がある。

 故障したプログラムでは正常な細胞を作れず、そのっま異常な細胞が増え続けて、やがて身体に死を与えるべく、どんどん増え続ける。


「私は、【テセウスの船】の力で、異常個所を切り離し、新しいアイテムを取り付ければ、まったく問題ない身体を作るよう----そういうプログラムで生きているような#人間 です。

 そして、そのプログラム全体が、【左手】の罹りやすくなる不浄属性によって、書き換えられてしまった。という#寸法 なのです」


 ダブルエムは、身体を新たな部分に付け替えた。

 しかし、その新たな部分にまで、癌は広がっていく。

 こうなっては、イタチごっこ----どんどん取り換えようとも、癌はどんどん広がっていく。


 だから、ダブルエムは諦めた。

 【テセウスの船】で取り換えようともせず、ただ死を待っている状態だったのだ。


「……治る方法は、ねぇのかよ?」

「ポーション1本でもあれば、治りますよ? これ、本当に癌になってる訳じゃなくて、不浄な水が身体中を流れてるせいで、#病気発症 してるだけなんで」

「なら、ポーションを----って、そんなのが分かってるなら、使ってるよな」


 海渡の質問に、ダブルエムはコクリと頷く。


 普通なら、回復アイテムの1本や2本くらい、持っているのが当然だ。

 しかしながら、【テセウスの船】という超回復スキルを持つが故に、ダブルエムはポーション1本すら持ち合わせていなかったのである。


「……はぁ。まぁ、ここで死ぬなら、それまでって----」



「そうだな、お前は死にたがりだもんな。【三大堕落】とやらになる前から」



 強い口調で、網走海渡はダブルエムの言葉を遮るようにして、そう言う。


「あんたの"マスター"から、聞いたぜ。

 あんたの過去、って奴をよ」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



『ダブルエムが、自分の死を意識し始めたのは----7歳の時、だったんだって』



 網走海渡にそう、彼女の過去を、赤坂帆波は語り始めた。


『彼女は、そこそこ裕福系の農民の次女として、生まれて、普通に可愛がられた。

 ----でも、そんな彼女の生活は、僅か7歳の、まだまだ多感な時期に、終わりを告げた。魔王の襲来によって、農村が焼かれて、彼女の両親を含めた街のほとんどの人が死んでしまったんだ』


 『良くある話』と、赤坂帆波はそう言った。

 日本のような恵まれた国ではなく、ダブルエムが居た魔王が多い世界では、人の死はそんなに珍しい出来事ではなかったそうだ。


『そして、彼女は隣の隣の、孤児院に、生き残った子供達と共に預けられた。

 彼女は泣こうとしたんだ、悲しくてね。でもね、一緒に生き残った子供達が、ダブルエムよりも幼い子達だったんだよ』


 ダブルエムが泣き始めるよりも先に、幼い子達は泣き始めてしまった。

 えんえんと、母を、父を、家族を、失った物を数えて泣き続けた。


 そんな泣く子供達の姿と、それを泣き止めようとする大人たちの姿を見て、ダブルエムはこう思ってしまった。


『----自分まで泣いたら、迷惑をかけるってね。

 まぁ、あれだよ。怒っていたはずなのに、自分よりも怒ってる人を見たら気持ちが冷めてしまうとか、そういう類のあれ』


 多感な子供時代に、ダブルエムは『迷惑をかけない』道を選んでしまった。


 泣いたら、迷惑だ----だから、泣かない。

 苦しい言葉を吐いたら、迷惑だ----だから、嘆かない。

 死のうとしたら、迷惑だ----だから、死なない。


 とても、利口な選択であり、そしてそれは同時に、彼女の気持ちをどんどん機械的に、冷めた気持ちへと突き進めて行く。


『普通は、ある程度の折り合いをつけて、わがままを言ったり、自分の思いを吐き出しちゃったりしたりするんだろうけどね。

 ダブルエムの真に恐ろしい所は、それらを本当に捨てちゃったのよ。今でこそ顔でもそれなりの表情を見せるようになった彼女も、【三大堕落】として引き取った直後は、感情すら見えない無表情キャラちゃんだったんだから』



 そこで、赤坂帆波は、ダブルエムに対して【不老不死】担当という役職を与えた。

 生を深く考える際に、彼女の感情も少しは蘇って欲しい、とね。



『まぁ、それも顔の表情を取り戻すまでは行ったけど、彼女の内面はあまり変わってないんだと思うの。

 そう、最初に彼女が、私に言った座右の銘が、未だに変わってないように』



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「あんたのふざけた座右の銘、聞いたぜ?

 ----【生きてるうちが華】だって?!」


 その座右の銘を聞いた瞬間、網走海渡は怒りが沸き上がってきた。

 良くもまぁそんな座右の銘を掲げてる人間が、命を粗末にするのが許せないなどと、良く言えたものだな、と!


「----今も、そう#思ってます よ?

 生きてる限りは、どんな状況でも輝こう。華のように、鮮やかに。でも、死ぬならそれまで・・・・


 そう、ダブルエムは命を粗末にする人間が、許せない博愛主義者なんかではない。

 どうあがこうと死ぬような状況なら、奇跡すら信じずに、ただ黙って命が消えるのを諦める。



「あんたに、そんな座右の銘を誇らしげにするダブルエムなんかに、命なんか語って欲しくない!

 あんたは、ただの死にたがりじゃねえか!!」



 強く言い張る、網走海渡。

 この時、網走海渡は熱血漢に燃えて、本気で彼女を心から変えねばならぬと思って、そう言い張った。


 一方で、ダブルエム自身は、何も響いてなんかおらず、「うわっ、#暑苦しい #熱血キャラ は流行らんのです」と思っていた。

 思ってはいたが、口にすると面倒そうなので、黙っていた。



【髪ノ毛、モット欲シイィィィィ!!】



 そして、空気を読まずに、世界幽鬼が現れる。

 そいつの服には分かりやすく【世界幽鬼】という文字が、いつものように刻み込まれており、頭は黒い七面体となっている。

 そして七面体の7つの面全てに、赤い文字で【SUN】と書かれていた。



 ===== ===== =====

 【《日曜日》世界幽鬼】 レベル;Ⅱ+?

 ずーっと毎日全てが休日の日曜日という世界が閉じ込められていた【世界球体=日曜日世界=】の力で歪んだ、羽生嘉人はにゅうよしとという名の世界幽鬼。倒すと、スピリット系統職業の1つ、【日曜日】が解放される

 攻撃全てが娯楽や遊戯を楽しむ、日曜日に関する環境へと変える。その幻影は人々の心に強く影響され、一度術中に陥ると永遠の休日という微睡まどろみに人々を堕とす

 髪! 美シク、豊カナ髪ガアレバ、若サト共ニ、アノ頃ノ栄光ヲ、モウ一度ッ!!

 ===== ===== =====



【髪ガ、欲シィィィィィィ!!】


 七面体顔のその幽鬼は、手当たり次第に手から赤いビームを放つ。

 放たれたビームが当たった場所は、プールだったり、遊具になったりと、娯楽に相応しい環境へと姿を変えていた。


「【日曜日】----つまりは、休日って訳か。

 ……ちょうど、良いぜ。ダブルエムよ、俺が今からアイツを倒してやるぜ」


 ダブルエムが「えっ?」と呟くのを聞くことなく、網走海渡は剣を構える。

 彼はポイっと、バックからポーションを1本彼女へと投げて、


「それさえあれば、あんたは死なないんだろう? なら、もっとあがこうぜ」


 と、決め顔でそう言った。



「あんたは、わがままを言わずに、ずーっと自分の心を押し潰してきた。いや、休憩させすぎて、働く方法を忘れてしまったんだ。

 でも休憩の時間は、もう終わりだぜ。ダブルエム。

 お前の感情、俺が取り戻してやる。そのためにも、休日はもう、必要ない、ってなっ!!」



 網走海渡は決め顔で、カッコつけて、世界幽鬼へと向かっていくのであった----。





 そして、その姿をダブルエムは、じっと見ていた。


 ----ずきんっ!!


「えっ?」


 ダブルエムは、自分の心が動いたのを久しぶりに感じて、驚いていた。

 7歳の頃に両親が死んで、それ以降ずっと押し殺してきた感情が、心が、動いたのだ。


 それはどくんどくんっと、彼の事を考える度に、心が、顔が温かくなっていく。

 それはまるで、恋する乙女のようであり----


「キザすぎて……アイツ、殺したいかも……」


 ----いや、普通にウザすぎて、殺意が芽生えてた。




(※)『生きてるうちが華』

 ダブルエムの、座右の銘。彼女の人生の指針であり、同時に彼女の歪さを証明する言葉

 生きている間は美しく、それでいて生命力の強い花のように、貪欲に生にしがみ付こう。それでいて、どうあがいても死が待ち受けてるなら、奇跡なんて信じず、ただ運命に抗わずにぽっくり逝こう



(※)これまでの世界幽鬼と、被害者リスト

 ダブルエムがばら撒いてしまった、【世界球体】と死体が融合して生まれた世界幽鬼達

 現在4名の世界幽鬼が確認される。それぞれに人生の未練を、強い口調で口にしていた。


・《ワラルー》世界幽鬼……【オーラ】系統【ワラルー】の世界幽鬼。基となった死体の持ち主の名前は、村林継雄むらばやしつぐお。未練は、【死ぬ前にモテたい】


・《左手》世界幽鬼……【マナ】系統【左手】の世界幽鬼。基となった死体の持ち主の名前は、尾上おのうえののか。未練は【お母さんに会いたい】


・《鳩時計》世界幽鬼……【プラーナ》系統【鳩時計】の世界幽鬼。基となった死体の持ち主の名前は、不明。未練は【ダンジョンで冒険したい】


・《日曜日》世界幽鬼……【スピリット】系統【日曜日】の世界幽鬼。基となった死体の持ち主の名前は、羽生嘉人はにゅうよしと。未練は【髪の毛がもっと欲しい】


 次回は、本編です

 そして次の番外編では----【プラーナ】系統、【チーズフォンデュ】をお送りします

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