第204話(番外編) 説明と、お願いと、《左手》世界幽鬼

「----【120万ボルト電撃シャウト】!!」


 ダブルエムの全身が真っ白に光り輝いたかと思うと、雷の剣を生み出して、それで斬る。

 その攻撃を受けた《ワラルー》世界幽鬼はビリビリッと痺れて、そのまま動かなくなった。


「よっ、と。《ワラルー》#回収 っと」


 ダブルエムが背中から何か球体のような物を取り出したのを、彼女を追っていた網走海渡は見ていた。

 その球体を取り出したと共に、幽鬼は動かなくなり、そのまま霧のようにすーっと消えていく。


「----さて、次はどの世界幽鬼が近くに……」

「おいっ! ダブルエムっ!!」


 スマホを取り出して、ダブルエムは次の目的地を見繕おうとしていた。

 そのダブルエムに、網走海渡は大きな声で話しかける。


「今、お前は何をした?! それと、幽鬼なる者について、あとお前の目的を----」

「----えいやぁ~」


 ぽいっ、網走海渡の方にダブルエムはスマホを投げる。

 慌ててキャッチした海渡を見て、ダブルエムは「説明はそちらで」と端的に言う。


「私、本当に急いでいるんで。詳しい話は"マスター"から聞いてくださいな」


 そう言い残し、彼女は背中からプロペラを出すと、そのまま空を飛んで行ってしまう。



『という訳で、質問ならこちらで受け付けようか』



 スマホから、優し気な女性の声が聞こえてきた。


「あんたが、"マスター"か?」

『えぇ、彼女----ダブルエムの"マスター"、赤坂帆波という者さ。

 君が誰だか知らないけれども、彼女は今、世界幽鬼の回収で全力全開で取り組んでるんだ。説明は私からさせてもらうから、とりあえず話を聞いてくれるかな?』



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ----世界幽鬼を一言で言うと、ゾンビである。


 赤坂帆波は、そう網走海渡に伝えた。


「ゾンビ? 確かに、同じような意味の言葉を繰り返していただけで、生きてるようには見えなかったが……」

『うちのメンバーの1人、【文明】担当の佐鳥愛理ちゃんって言う子が居るんだけどね。その子が作ったのが、並行世界を小さな球体に閉じ込める、【世界球体パンクスフィア】っていう代物さ。世界幽鬼はその【世界球体】が死体に張り付いたことで、無理やり動かしているという、ゾンビみたいな物なんだよ』


 死体には、生きるためのエネルギーがない。

 つまりは、空っぽな状態。


 そんな死体を動かす電池、それが【世界球体】。


 しかしながら、死者が生者に蘇った訳ではなく、ただ生きるのと同じくらいのエネルギーが注ぎ込まれただけなため、不具合が生じる。

 網走海渡が見た《ワラルー》世界幽鬼はその最たる例だと言う。


『恐らく、君が見た世界幽鬼は、【死ぬ前にモテたい】というような、そういう未練が強い人間の死体に、【世界球体】が張り付いたんだろうね。

 だから、口では未練の言葉、つまりは【モテたい】に関する言葉を口にしていた』

「なるほど……じゃあ、暴れていたのは?」

『そりゃあ、世界に意思なんてモノがあるとでも? ただの暴走状態のような物だから、とりあえず出来る攻撃を打ちまくっているだけさ。適当にボタンを押して、動いているように見えてるだけ』


 そして、何故、そんな世界幽鬼が出始めて、それをダブルエムが回収しているのか。

 その質問に、"マスター"である赤坂帆波は『贖罪しょくざい、だとさ』と答える。


『彼女は身体を別の者に乗っ取られていてね。その際に、別の者が倒される際に、持ってた【世界球体】の一部がどばーっと、ばら撒かれた。ばら撒かれた【世界球体】は人間の死体に当たって、世界幽鬼となってしまってね。

 私達も頑張って、犠牲者が出ないように救出したんだけど、その前に死んでいた人達が大勢いたのさ』


 『まぁ、言っても無意味だし、防衛大臣さんには隠しておいたけど』と、彼女はそう告げた。


 勿論、通常であれば【世界球体】がばら撒かれたところで、問題はない。

 【世界球体】で不具合が起きるのは、死体にぶつかった時。

 火葬社会であるこの日本に、【世界球体】がぶつかるような死体なんてないに等しいのだから。

 

 しかしながら地獄の主サタンによって、一部地域が地獄と化してしまい、死体が大量に溢れる事態になってしまった。

 赤坂帆波は世界幽鬼の被害者を減らすため、犠牲者を回収するも、救い取れなかった人達が死体となって、世界にばら撒かれた。

 それにより、【世界球体】は死体とぶつかって、世界幽鬼となって暴れ回っている。


『そして彼女は今、ばら撒かれてしまった【世界球体】を回収のため、世界幽鬼と戦う戦士となっているんだよ。

 ----とまぁ、ダブルエムの事情に関しては、これくらい伝えれば、満足かな?』

「あぁ、良く分かった。つまりは、彼女の行動は、咎めるような悪い事ではない、そういう事だな。ならば、警備担当としては、これ以上言う事はない」


 事情を納得した海渡は、電話を終えようとボタンを押そうとして----



『あぁ、ちょっと待ってくれるかい? 少年?』



 赤坂帆波にそう呼び止められる。



『確かに、彼女は悪い事をしている訳ではないし、実際彼女がしている事は良い事なんだから、君が追う必要もない。

 ----けれども、今すぐに彼女を追いかけてくれないかな?』

「それは、彼女が、世界幽鬼とやらにやられるから、とか?」

『そういう心配は、ダブルエムにした事はないかな? 彼女、あらゆる傷を代替物で治すという、生存系に置いて超チートスキルを持ってるから』


 『でも、心配なんだよ』と赤坂帆波はそう電話の向こうで、海渡にお願いする。



『【不老不死】担当の、ダブルエム。彼女は命を粗末にする人間を許さない、とっても良い子。

 ----でも、自分の命を大事にしない、とってもダメな子。


 少年、私の代わりに彼女を見てやってくれないかな? 彼女はね、下手すると自殺する子なんだよ』



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



【ママァ~!! ママ、ドコォォォォ?!】


 一方で、網走海渡という名の追っ手を振り払ったダブルエムは、次の世界幽鬼の所に来ていた。


 その世界幽鬼は、小さな少女であり、そして泣いていた。

 涙を流し、下を向いたまま泣き続けていた。

 両方の手が左手になっており、なおかつその左手が合計で13本も出ているという、異様な姿の少女は、ただ泣き続けていた。


 ただ少女が泣いているだけなら良いのだが、少女の周囲は物騒な事になっていた。


「これは、軽い#地獄絵図 ですね」


 彼女の周囲には、黒い手が大量に地面から湧き出ていた。

 そして湧き出ている黒い汚泥のような魔法が、大量の手から放たれている。



 ===== ===== =====

 【《左手》世界幽鬼】 レベル;Ⅰ+?

 汚らわしい物を駆除する不浄なる者達が世界が閉じ込められていた【世界球体=左手世界=】の力で歪んだ、尾上おのうえののかという名の世界幽鬼。倒すと、マナ系統職業の1つ、【左手】が解放される

 周囲に不浄なる左手を大量に出現させて、そこから魔法を放って攻撃する。なお、この際に放たれる魔法は全て不浄なる属性が付与され、病気に罹りやすくさせる

 ママ! ママハ、何処ニ行ッチャッタ?! ノノカハ、ココダヨ! 迎エニ来テヨ、ママァァァ!!

 ===== ===== =====



「【左手】の職業ですか」


 【左手】、それはダブルエムが持っていた【世界球体】の1つ。

 魔法に使う【マナ】を扱う職業で、長所は『大量の左手を呼び出し、いくつもの魔法を同時に放てる』、そして『扱う魔法全てに、病気に罹りやすくさせる力を与える』という所。


 古来、インドなどでは左手は【不浄の手】と呼ばれており、食べ物を食べたり、他の人に物を渡す際に、左手を使うのはマナー違反だとされている。

 この【左手】は、そういう面が強く強調されており、全ての攻撃が病気に繋がるようになるという、そういうヤツ。


「で、そんな職業の【世界球体】に当たったのが、この幼い少女という事でしょうね」


 ダブルエムは、思案する。


 恐らくは、地獄化の際に、お母さんとはぐれてしまった女の子が、死んでもなお母親を探して、泣いている。

 そして、そんな事とは関係なく、【左手】は世界を不浄な物で満たそうと、魔法を使おうとしている。


「最悪な#組み合わせ ですね」


 ダブルエムはそう言って、彼女に近付いていく。



「泣いても、世界は救われない。

 不浄な物で満たしても、世界は不浄に屈せず、ただ自分が醜いと知れるだけ。

 ----私の経験談です、即刻止めていただきたい」


 

 ダブルエムは、過去を振り払うために、世界幽鬼に近付く。

 自身の『泣く事すら許されなかった』あの頃を、忘れるために。




(※)世界幽鬼

 幽鬼の姿の1つで、死者の身体に【世界球体】が張り付くことで生まれる。口にする言葉は生前の未練の言葉であり、動きは【世界球体】の力が暴走して発動するなど、かなり不具合が起きている魔物。見分ける特徴として、身体の真ん中に【世界幽鬼】という文字が浮かんでいる


 本来、【世界球体】の力を取り込んで生まれる鬼は、脳の代わりに【世界球体】を使っているため、言動は【世界球体】に即した言動となる。例えば【世界球体=ギャルゲー世界=】の鬼は、ギャルゲーが大好きであったり。しかし、この世界幽鬼はその処理が不完全なために、このような暴走が起きるのだと言われている

 なお、その未練が薄れた場合、恐ろしい事が起きるのだとか

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