第176話 空海大地はもう逃げない(3)

「スキル、発動! 【海の遺物ロストテクノロジー】!

 現れよ、【天空世界】にて捨てられし、古代文明たちよっ!」


 襲撃者、天地海里がそう唱えると共に、彼女の周囲を5つの球が浮かんでいた。


 赤、青、緑、金、そして黒。


 5色の球はそれぞれ衛星のように一定距離を保ちながら、天地海里の周囲をグルグルと回転していた。




「それが、【天空世界】の海から手に入れたスキルかっ!」

「破壊神に応えることなどないっ! 勝負は一瞬で決めようっ!

 -----行くぞ、赤! 【火文明】!!」


 海里がそう言うと、グルグル回転していた5色の球のうちの赤色の球が、ゆっくりと彼女の身体の中に入って行く。

 身体の中に入って行くと共に、白1色の天地海里の姿が変化していく。


 彼女の手足はマグマのように燃え上がり、その白髪は轟々と燃えがる焔のような、赤。

 そして真っ白だった聖剣ソラハカチは、彼女の姿に合わせるように、真っ赤な色に染まり上がっていた。


「----【超勇者武術・火斬レッドスラッシュ】!」


 一瞬、である。

 先程までは難なく追えていた彼女の姿が一瞬で見失い、気付いた時には大地は殴られていた。


「そのまま、止めです! 【超勇者武術・火刺レッドスティング】!」


 海里の姿がまた消え、腹に衝撃が加わり----



「流石に、それは止めないとね」



 ----キィンッッ!!


「げほげほっ……」


 一瞬気絶していた大地が、口から唾を出して、息を吹き返す。

 そして、そこで見たのは、大地の腹に真っ赤な聖剣を突き立てる天地海里。


 その聖剣を軽々と防ぐ、黒い異形の腕であった。


「よっ、と」


 異形の腕から10本ほど触手が出たかと思うと、その触手は聖剣に向かって紫色の液体を噴出する。

 紫色の液体が聖剣に触れると共に、聖剣にヒビが入り始めて、それを見た海里は自分にも液体が触れそうになったので慌てて後退する。


「うんうん。後退して正解だね。仮に何かのスキルで風でも起こそうものなら、その風ごとこの液体は腐食させてたのになぁ~」

「あんた……帆波、か?」


 大地が疑問形で尋ねたのは、彼女の姿が異形のモノへと変わっていたからである。

 先程も見た黒く禍々しい異形の大腕、ゴーレムを思わせるゴツゴツとした頑丈そうな足。

 イカのような軟体動物を思わせる髪に、極めつけは背中に生えた灰色の翼。


 顔も変わっていたら、本当に誰だか分からないような変貌ぶりであった。


「いやぁ~、戦闘の際はこれくらいでやってるからね。あっ、これは【奴隷商人】のスキル、【邪霊契約】というスキルだよ」

「【奴隷商人】のスキル……?」

「そうだよ、これは悪魔の力を借りてるのさ」



 ===== ===== =====

 【邪霊契約】 【奴隷商人】専用スキル

 契約書に書かれている悪魔を、制約なしに呼び出すスキル。ただし、悪魔に与える肉体がない場合、自らの肉体を対価として差し出さなければならない

 使役できる悪魔の格と数は、本人の力量に左右される

 ===== ===== =====



 彼女はこのスキルを使い、自らの身体に悪魔を宿したのだ。

 あの強力な武術を使い始めた海里を防ぐ腕と、速さに追いつく足。

 そして手数代わりの触手の髪と、空に逃げられた時の保険用の翼。


「【奴隷商人】の本質は、"奴隷を商品として提供する事"ではなく、"契約書を管理する事"、なんだよね。

 奴隷は、奴隷に堕とされたから、主人に従うのではない。契約書に書かれてるから、主人に従うのさ。

 私の【奴隷商人】という職業ジョブは、そんな契約書を自由に書き換え、管理する職業ジョブという訳だよ」


 そして、悪魔もまた、人と契約する化け物。

 赤坂帆波にとって、奴隷も、悪魔も、契約書と関連しているという意味では、どちらも同じなのだ。


「----まぁ、私のこの姿のネタ晴らしはこれくらいにして、さっさと逃げてくれないかな?」


 "既に、佐鳥愛理は逃がしたよ"と、赤坂帆波はそう語る。

 言われて、ようやく佐鳥愛理の姿が消えていることに、大地も気付いた。


「彼女には、"マスター"としての命令で、召喚獣の2人にあのネックレスを渡すように頼んだよ、っと!」


 帆波が触手の髪を動かすと、海里がそれに向かって斬りつけていた。

 どうやら話すのを待っている、そんな様式美が通じる相手ではないらしい。


「君は、天地海里という勇者には勝てない」


 帆波は、そう大地に事実を突きつけた。


「彼女は、もう1つの君の可能性。君が出来なかったことを、出来た勇者だ。

 当然ながら、君に出来ないことが出来るんだから、君よりも強い事は確実だね」


 ----だから、逃げろ。

 勝てないのだから、逃げてくれ、と帆波はそう告げる。


「安心したまえ、大地くん。こう見えても、これ以上の修羅場なんて潜り抜けてきたんだよ、私は。

 確実に勝てるとまでは約束しないけど、君が戦うよりかは勝率が高そうだ」



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 赤坂帆波は、空海大地という人物像を誤解していた。


 確かに、一度自分を殺した人間ではあるのだが、あの事件はあくまでも事故みたいなものだ。

 だから彼は勇者として運よく召喚された、それだけの良いヤツであり、それくらいにしか思っていなかった。


「----嫌だ」


 だから、彼が断わるのは意外であった。


「いや、私は強いからね。さっきの攻撃、君は見えてなかったんでしょ?

 アレは恐らく、文明の産物だよ」


 触手となった髪で防御しながら、赤坂帆波は敵の能力を的確に分析していた。


 アレは、恐らくは【天空世界】で、海の中に沈んでいた文明の力。

 赤くなった彼女は火の属性を得たのではなく、火の文明の力を得たのだ。


 火属性を加えられた程度ならば、単純に火の力がほんのり加わっただけで、そこまでの脅威ではない。

 しかし火の文明となると、恐らくその強化具合は計り知れない。

 火を祀る、その力を得て発展した社会----その1つを丸々身に取り込んでいるのと同じことだ。


「相手は、【世界球体】を取り込んだ化け物達レベルの代物だよ? しかも、厄介なことに素の戦闘力がめちゃくちゃ高い上に、【世界球体】とは違って強化専用だろうから強化具合もヤバいだろうね。

 ----正直な所、君に勝ち目があるとはとても……」


 だから、彼とあの女勇者を会わせたくなかった。

 会う前に見つけたから家へ招待し、家に迫って来ていたから佐鳥愛理と2人で召喚獣達がいる方に行って欲しかった。


「----でも、逃げない」


 しかし、空海大地はそう宣言する。


「俺様は、【天空世界】で、どんな困難にも逃げずに戦ってきた。逃げなかったからこそ、活路が開けた。

 確かに、俺様は----あんたを殺したという事実から逃げてしまった。だから、劣勢になって、あの女勇者に殺されそうになった」


 ----だから、もう逃げない。

 空海大地は、そう自らに縛りをかける。


「俺様は、空海大地はもう逃げない。

 一緒に戦わせてくれ、赤坂帆波!」


 

「(こりゃあ、見定め間違えたね)」


 赤坂帆波は、頭を下げて頼み込む彼を見ながらそう思う。


 彼は、【天空世界】に行ったから勇者になったのではない。

 【天空世界】に行く前から、彼は勇者だったのだ。

 逃げずに戦う、そんな勇気を持つ者。


「良いよっ、一緒に戦おうじゃない」


 もうこうなりゃ、ヤケクソだ、と帆波はそう言う。


「今から彼女と本気で戦うから、君の方にまで意識を割けない。だから死んでも助けないよ、大地くん」

「あぁ、それで良い! 赤坂帆波!」


 2人の勇者は、長年の戦友のようにそう言い放つのであった。




「そして、赤坂帆波! 君を殺した罪から、俺様はもう逃げない!

 君の人生をめちゃくちゃにした俺様は、残りの人生を君への懺悔ざんげ贖罪しょくざいのために、使わせてくれ!


 ----赤坂帆波! この戦いが終わったら、結婚しようっ!!」



 そんな爆弾発言と共に。

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