第113話(番外編) 四天王の5人目って、テンション上がらない?(2)
いつの間にか、ダブルエムの後ろに、1人の女子高生が立っていた。
青い髪の、狐面を被って目元を隠した女子高生。
良い所のお嬢様学校の藍色のセーラー服を着た彼女は、長い槍を携えて、空海大地の前に現れた。
「"
シティミティとは沖縄の方言で"朝"を意味する言葉でして、なので気軽に、ニチアサちゃんとでも呼んでくださいな」
ダンジョンに気軽に現れた彼女は、そのまま槍を前に構えて----
----空海大地へ突っ込んできた。
「(速いっ?! だが、この程度なら----)」
いきなりの突き攻撃に空海大地は一瞬驚くも、すぐさま
さらには防御膜にカウンターの術式を仕込んで、対策も万全にしておく。
これで安心かと思いきや、自らをニチアサちゃんと言っていた彼女は、そのバリアを----"
「はっ?!」
「----逃げないなら好都合。片を付けますわ」
ぶんっと、ニチアサちゃんは槍を空海大地のがら空きとなった心臓へ向かって、槍を突き立てる。
空海大地は《オーラ》で肉体を強化して、《スピリット》の力で肉体そのものを鋼のように頑丈な物へと変えて、相手の攻撃を待ち受ける。
「----ふんっ!」
「がはっ……!!」
しかし、万全な防御態勢を取っていた空海大地の身体をあっさりと貫いて、ニチアサちゃんの槍は空海大地の心臓……の横の脇腹辺りを抉っていた。
「(なんだ、彼女は----?!)」
先程から、空海大地の頭の中で警戒信号が音をけたたましく鳴らし続けている。
魔王と戦った時よりも、ニチアサちゃんと名乗る彼女の攻撃の方が、空海大地の身体は"恐ろしい"と判断した。
なにせ、《プラーナ》の力で刺された脇腹を回復しようとしているのに、一向に回復しないのだ。
血は止まっているようだが、抉られたままというのは、気分が悪い。
「くそっ!!」
空海大地が次に取った行動は、魔法だった。
威力高め、そして時間短縮を考慮した、雷魔法の最大級呪文を、ニチアサちゃんにぶつけた。
「これでダメなら逃げるしか……」
しかし、その予想は
「無駄ですよ、大地くん」
彼女は最大級の雷魔法を受けてなお、無傷で空海大地の前に立っていた。
「防御無効だとか、レベル差だとか、そういう次元の話ではないのですよ。これは」
見ると、彼女の青い髪がうねうねと、宙へ立ち上っていく。
ただ青色に見えたその髪は、幾重にも編まれた画像データ……青白いデータの集合体であった。
そのデータの集合体である青い髪の中から、幾つものデータが空へと飛び出す。
飛び出したデータが姿を変え、剣となって空中で制止する。
その数は、ざっと見積もっても千を越えていた。
「日野シティーミティーには、【三大堕落】には大地くんは敵わない。敵ですらない。
その事をしっかり魂にまで刻み付け、ネズミのように逃げかえると良いですよ」
そうして、千を越える剣は----空海大地へと降り注ぎ……
その全てを、ダブルエムが受け止めていた。
「えっ……?」
空海大地は、困惑していた。
自分は何もしていなかった、ニチアサちゃんという強大な敵を前にただ茫然と座り込んでいただけ。
だから、ダブルエムを移動させて盾にしたのは彼ではない、盾となった彼女自身の意思だ。
「まさか、私の仲間を盾にするなんてね……」
ダブルエムが盾となった事を空海大地の仕業だと勘違いしたニチアサちゃんは、溜め息を吐く。
そこまでして生き残りたかったのか、と。
勇者なんて所詮はこの程度なのか、と。
「……テンション、絶不調ですね。今日は帰ります」
ニチアサちゃんはそう言うと、後ろの方に置いてあった学生鞄を掴むと、とぼとぼダンジョンの入り口方向へ歩いていく。
「あぁ、そうだ。1つ、聞き忘れたことがありましたね」
帰ろうとしたその時、無防備に背中を向けたまま、ニチアサちゃんは空海大地にこう尋ねた。
「"パンはパンでも、食べられないパンって、なーんだ?"」
それは簡単な、なぞなぞだった。
子供でも知って来るくらい、めちゃくちゃ簡単ななぞなぞ。
だが、空海大地は何かの作戦だとか、スキルだとかと警戒しつつ、素直に答えを言った。
「答えは……"フライパン"、だろ?」
「残念でしたぁ~」
がっかりだよ、という感じが背中越しでも伝わるような演技をしたニチアサちゃんは、低いテンションのまま答える。
「正解は、"ピーターパン"でぇ~す」
彼女はそう言って、ゆっくりと帰っていくのであった----。
ニチアサちゃんの気配が完全に消えると、ゆっくりダブルエムが起き上がる。
『あぁ~、死ぬかと思った。#不老不死だけど』
と、そのまま普通に帰ろうとするダブルエムに、空海大地はゆっくり尋ねる。
「お前は、お前らは、本当になんなんだ?
彼女の力は何だ、そして、お前らは何故俺がそんなに憎いんだよっ!!」
物凄い恐怖による、幼児返り----。
今の空海大地にあるのは、ただ恐怖を受けて泣き出そうとする1人の少年の姿だけだった。
そんな泣き出し間近な少年に対して、ダブルエムはゆっくりと頭の大型スマホを取る。
そして、彼を泣き止ませるために、"別の頭"を被った。
「あっ----」
その顔に、空海大地の顔が止まった。
何故なら、その顔は見知った、安心する顔だったからだ。
「別に、殺したいほど憎い訳ではありません。我々も、【三大堕落】としても、いっぱいいっぱいなんですよ。
言うなれば、ちょっと強めの八つ当たりみたいなものなので、そこまで追い詰めないでくださいな」
ダブルエムは空海大地の手を取ると、そのまま立ち上がらせる。
空海大地は何が起きているのか分からないまま、そのまま流れに任せて立ち上がらされた。
「とりあえず、前に一緒に食べたラーメン屋でも行きます? #この顔はまずいかも ですが。
まぁ、あのラーメンは美味しかったけど、そこまで混んでなかったし、大丈夫かもですが」
「待ってくれ」
と、早口で喋りたてるダブルエムの口を、空海大地は止めた。
「なんで、その顔を----」
「これは私の幾つもある顔の1つですよ、大地」
ニコリと、ダブルエムはその顔で笑う。
「
つまりは、あなたが義憤にかられて戦う要因となった冒険者仲間、"
ダブルエム----いや、夕張萃香は、空海大地にそう言うと、彼の手を取って、馴染みのラーメン屋へと向かうのであった。
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