第86話 旭川のボタン工場(2)
目的地である旭川の工場に、俺達が到着したのは、あれから3時間後の事だった。
距離としてはさほど離れていない1時間程度で行けるくらいの場所だったのだが、ここまで時間がかかったのは、シーヴィーお手製のボタン軍団のせいだった。
シーヴィーのなにかしらの能力によって、目玉をボタンに変えられた召喚獣軍団は、普通の個体よりも強力だった。
例えば、レベルⅠのレイス----以前に、俺が【木こりの
それがここにも出てきたのだが、レイス達は敏捷性と回避性能----つまりは、相手の攻撃をどれだけ効率よく避けるかという能力値が高くなっていた。
もし仮に、雪ん子がレベルが上がっていなければ、ほぼ互角の勝負になっていただろう。
そのように普通の召喚獣よりも強い《ボタン瞳の》召喚獣達、そんなのが大量に配置されているのだ。
旭川の工場は敵の本拠地らしく、近付けば近づく程、強く、そして数も多い。
3時間もかかったのは、上等と言って良いほどだ。
「《他の人いなかった、ぴぃ!!》」
「そうか、雪ん子。ご苦労様」
工場に着くと共に、雪ん子に他の冒険者が来ていないか探らせてみたのだが、どうやら俺達が一番最初に到着したみたいだ。
作戦の説明の段階では、各自判断で敵地へ潜入せよという事になっていたが……まさか、最悪の
「……よし、仕方ない。これ以上待つと、ココアの精神的にも悪い。先に進むぞ」
「すまんのじゃ、主殿。気遣い、実に"せぇんきゅう"なのじゃよ」
気にするな、ココアよ。
横ではぁはぁ肉食獣のように息される方が、俺的には嫌だっただけの話だ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
----旭川。
そこは北海道で、2番目に大きい街が建設されていた、中核都市。
その中核都市の中心部にあった街を全て飲み込み、建設されただろうこの工場は、とにかく広大。
外のように敵がごろごろ湧いてくるみたいなのではないが、時折警備員代わりの《ボタン瞳の》スケルトン達が、警戒に当たっている姿を見かける。
奴ら1体1体は大したことはないだろうが、ご丁寧に腕に【警戒警備中】なる腕章が付けられているところを見ると、見つかったら応援が呼ばれる可能性がある。
「----にしても、なんか変なのを作ってるんだな。ここは」
と、目の前のベルトコンベアに流れていた商品を1つ手に取って、俺は鑑定をかけてみた。
===== ===== =====
【
その名の通り、胡椒をふんだんに使った爆弾ミサイル。使うと、周囲100kmにいる屋外の人間全てをくしゃみさせ続ける状態にさせる
古来、胡椒はとても高級な代物で、同量の金銀と交換されていた。その歴史を用いており、この胡椒爆弾ミサイルを喰らうと、無駄に金銀財宝を求める金銭ゾンビ状態となる。この金銭ゾンビ状態は、くしゃみを介して伝染する
===== ===== =====
「…………。」
なんともコメントに困ってしまう、爆弾ミサイルである。
もしかして、これらで各国に攻撃してたのだろうか?
「----ここが、各国への攻撃拠点という所だろうか」
ここで各国へ爆撃するテロ用アイテムを作り、それで攻撃する。
うむ、そういう感じだろう。
「さて、どこに敵さんが居るんだろうか?」
そろそろココアを止めとくの、つらいんだけど。
もう今にでも、シーヴィーを探して、工場に魔法ぶっ放しそうな感じあるんだけど。
「ふふっ!! 久しぶりだね、ラブホちゃん」
と、どこを探そうかと思っていると、目の前から拍手をして歓迎の気持ちを表しながら、そいつは姿を現した。
どこまでも透き通った、心に響く綺麗な声。
【甘言のシーヴィー】、佐鳥愛理の仲間にして、ココアが心底倒したいと思っている相手。
そんな相手は、「ラブホちゃん」と、10年来の友に話しかける形で、ココアに話しかけながら現れたのだ。
「【文明のサトエリ】ちゃんに頼まれた時は、正直、全然つまんなさすぎて、退屈でしょうがなかったんだけど、ラブホちゃんに会えるなら待ってたかいがあるよ」
「シー……ヴィー……!!」
ぷるぷると震えながら、ココアは全身で怒りを表現していた。
そりゃあ《悪の手先》という称号を手に入れるくらい、悪意をぶつけられたんだから、怒って当然……である。
「隣にいるのは雪ん子? あと、黒い天使? どうやら変な姿をしてるようだけど、召喚獣っぽいね。
そして、君が----」
と、まるで品定めするような視線を俺に向けるシーヴィー。
「----彼女達を召喚した、【召喚士】ってところか。
まさか、うちの所に一番乗りした冒険者が、【召喚士】ってのは運命を感じるよね」
「運命……?」
「だって、そうでしょ?」
と、彼女はニコリと、口元を少し上に上げて、とびっきりの笑顔と共に、俺にこう
「最強の【召喚士】として、この【三大堕落】甘言担当であるシーヴィー様の実力差を見せつける事が出来るんだから」
パチンと指が鳴ると共に、シーヴィーの隣に2体の黒い影が現れる。
うねうねと揺れる黒いスライムのような粘体の影法師は、そのまま姿を変えていき、出来たのは----
「《ぴぴぴっ?!》」
「……悪くない、かもね♪」
そう、雪ん子とファイントの姿である。
武器も、服装も、なにもかも黒っぽいという所以外はまるっきり同じ、雪ん子とファイントの複製体。
「うちが最強の【召喚士】である証明の1つ、うちにしか召喚出来ない無敵の召喚獣。
その名も、【シャドーストーカー】ってね」
すっと、シーヴィーは完成した黒い偽物達の瞳に手をそっと添える。
そして手を離した時、ふと見ると黒い偽物達の瞳は、ボタンの瞳に変えられていた。
===== ===== =====
【《ボタン瞳の》シャドーストーカー】 レベル;Ⅰ~Ⅳ
シーヴィーのみが召喚できる、対象の能力をコピーして成り代わる召喚獣。対象のスキルはコピーできないが、それ以外のステータスを全て同じ能力でコピーした状態で変身することが可能
シーヴィーの能力のせいか、ボタンとなった目玉で攻撃している
(※)この召喚獣は、特定の人物しか召喚することが出来ない
===== ===== =====
「行け、シャドーストーカー。自分達の基となった本物を相手せよ」
「「GUOOOOOO!!」」
大きな雄たけびとと共に、黒い偽物達は物凄い勢いで突進し、そのまま偽の雪ん子は雪ん子を、偽のファイントはファイントに掴みかかる。
そして、そのまま自分の偽物に触れた途端、2人の姿が消えてしまった。
「----?! 2人とも?!」
「!? お主、妾の仲間をどこへやった!!」
ココアが怒り交じりでそう尋ねると、シーヴィーは「自分達と戦っている」と答えた。
「シャドーストーカーは、相手のスキル以外の全てをコピーする召喚獣ではあるが、たった1つだけシャドーストーカー独自の固有スキルが存在する。
そのスキルこそ、《決闘》。自分と同一の相手に触れた途端、自分達以外が手出しできないフィールドに飛ばすスキル」
よっと、とシーヴィーは無防備に、こちらに近付いて来る。
「まぁ、自分達と攻撃力、防御力などのステータスが全部同じだとしても、スキルを持っていないうちのシャドーストーカーは負けが確定している。しかしながら、そう簡単に倒せないよ?
なにせ、スピリットの力で、あの2体にはうちの能力が、ほんの少し混ざっている。
外にいた《ボタン瞳の》召喚獣達、全員がそう。
うちがスピリットの力で、変質させる力によって、目玉をボタンに変える次いでに、ほんの少し強さを与えておいた」
本来、全く同じ召喚獣が戦った場合、相打ちとなる。
しかし、シーヴィーはスピリットという対象を自由に変質させる力を使い、目玉をボタンに変え、力をほんの少し上乗せしているのだ。
だから、シーヴィーの召喚獣は、同じ実力だった相手なら、絶対に勝てる。
装備なしのただの召喚獣と、目玉をボタンに変えるという装備を与えられたシーヴィーの召喚獣。
どっちが強いかなど、装備を与えられている方が強いに決まっているではないか。
「まぁ、どれだけ持つか。そういう問題ではありますが----ラブホちゃんとの戦いの邪魔は出来ないでしょう」
シーヴィーはラブホちゃん、つまりはうちのココアの姿を見ながらそう言う。
「さぁ、ラブホちゃん。それに【召喚士】の少年。
無駄にイケメンボイスな台詞と共に、シーヴィーは戦いの始まりを告げるのだった。
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