第69話 ファイントは悪に誘われ(2)
「では、わたくしの計画を説明させてもらいましょうか」
佐鳥愛理はそう言って、いくつもの召喚陣を呼び出す。
召喚陣は全て禍々しい不穏なオーラを漂わせており、《悪の天使》として悪を愛するファイントにとっては実に興味をそそられる召喚陣であった。
「----出でよ、わたくしの召喚獣! 幽鬼の軍勢よ!」
召喚陣の中を、まるで沼の中から這い上がる形で現れたのは、人間----いや、その成れの果て。
生気を抜き取られ、動く屍となった幽鬼達。
性別、年齢、体格、神から与えられし
「幽鬼、元人間の魔物達。彼らはわたくしが特別に精製したルトナウムによって、人間を辞めた者達。
彼らには元人間としてダンジョンの外であろうとも自由自在に動く力、そしてわたくしの魔法の補助としての力が備わっている」
「補助って言うと、魔法の? それとも?」
「魔法の補助ですかね? 彼らはルトナウムによって、"死んでいながらも、向こうの世界から謎のエネルギーを引き出し続ける存在"になったので」
幽鬼は、既に死んだ人間の骸だ。
そんな幽鬼が生前の力を使えるのは、単にルトナウムによって引き出し続けさせられるエネルギーの力が強大だから。
だからこそ、魂のない幽鬼は、生前の力を強大なるエネルギーによって、使える状態にあるのだ。
幽鬼となって人々を襲った羽佐間武、あれは
彼の器がルトナウムを受け入れるのにあまりにも小さかったのか、あるいはルトナウムの量が多すぎたのか。
どちらにせよ、佐鳥愛理の管理を外れたアレは、完全に失敗作なのである。
幽鬼の説明に呼ばれた彼らは、そのおぞましい姿を見せるためだけに呼ばれたらしく、その後、すぐさま送還されて消えていった。
「わたくしが今、ルトナウムの力によって幽鬼化させた冒険者が、およそ200人。精製ルトナウムによって冒険者化させた者達が、およそ7000人。
今、幽鬼としてわたくしの配下として使役できるのは、最大で7200人。これを3万人まで持って行きます」
指を3本立てて、3万人を表現する佐鳥愛理。
「まず手始めに、3万人の幽鬼の力を借りて、大国1つを飲み込むほどの超巨大な仮想ダンジョンを生み出す。生み出した仮想ダンジョンに大量の人間を巻き込ませ、彼らを奴隷兼国民として、支配するのですよ!
そうやって、我々だけの国家をどんどん大きくし、やがて彼らと共に世界を暴力だけが支配する無法地帯へと変える!」
----それこそが、佐鳥愛理の目的。
彼女はファイントを指差しながら、彼女にやってもらいたい役割を話す。
「ファイントちゃん、ダンジョンを自由自在に生み出せるあなたには、敵国家や敵対する冒険者達を、永遠に終わる事のないダンジョンに閉じ込めて欲しいんですよ。
----出来ますよね、あの特殊ダンジョンを作った召喚獣ちゃん?」
「出来ますけどね……」
ファイントは以前、廃ラブホテルを基にして、《風雲! ドラキュラブホ城!》なる特殊ダンジョンを生み出した。
あれは元々、ご主人である冴島渉に、「悪系なら、七つの大罪の1つの色欲の召喚獣とかいて、良いんじゃないかな~?」と思って生み出したダンジョンだ。
レベルⅡの【召喚士】であるご主人しか入れないように侵入条件を設定し、さらに1回限りで閉じるように閉鎖条件まで設定した。
誤算だったのは、中に居たのが吸血鬼という、レベルⅡの召喚獣の中では、弱点多すぎてはずれだと言われている召喚獣だったこと。
そして、ボス吸血鬼に【機動要塞】なる謎の
あの不測の事態を除けば、ファイントはあのダンジョン全てを管理できたということとなる。
ダンジョンに入れる者、ダンジョンの終了時期の設定など。
これらを使えば、敵対している者達をダンジョンから出られないようにすることも、あるいは逆に入れないようにすることも簡単にできる。
「(それに言ってませんけど、脳内ダンジョンも作れますしね)」
脳内ダンジョン----つまりは、相手の頭の中だけにあるダンジョン。
そこに閉じ込めれば、永遠に出られないようにして、相手を精神的に殺すことだって出来る。
ファイントの、《悪の天使》とはそういうことが出来る者だからだ。
「独立国家! このダンジョン社会において、ダンジョンを生み出すわたくしと、それを自由自在に作り替える事が出来るファイントちゃんの2人が組めば、どんな悪事だって思うがまま!
誰もわたくし達を止める事は出来ない! 正義はなく、ただ悪だけが存在する世界!
----さぁ、2人で世界を面白おかしく、がっぽがっぽと金を稼ぎまくって、悪の道を謳歌しようじゃないですか!」
嬉しそうに佐鳥愛理は、ファイントに手を差し出してきた。
佐鳥愛理の悪の道、ファイントはその道を進みたいと思った。
そもそも悪に惹かれる《悪の天使》にとって、独立国家だとか、人々を奴隷にするだとかは、めちゃくちゃ興味深い事だからだ。
だから、ファイントは差し出されたその手を----
----足で蹴飛ばした。
「----??」
「おぉ、やっぱりこの首輪、マナ系統だけ使え無くしているみたいですね☆ 【騎乗】のスキルを封じられてなくて助かりました♪」
と、ご主人から貰った
この首輪がどういう理屈でファイントの力を奪っているかは分からないが、全ての力をなくす物ではないことは肌触りからなんとなく察しがついた。
恐らくは、マナ系統関連のスキルを封じる事で、【青魔導士】であるファイントを無力化したのだろうと予測し、だったら関係ない【騎乗】スキルを用いて、騎馬として扱うこととなってる軍靴ホワイトホースを試しに動かしてみたのだが。
「どうやら、スキル全部を封じてるわけではないってことが分かって嬉しいです♪」
「……くっ! 【青魔導士】の召喚獣に、【騎乗】スキル? どういう組み合わせですか、まったく!」
佐鳥愛理はぷんぷんと怒っているようだが、それは自分もだと、ファイントは彼女に大きな声で訴える。
「あなたの話は魅力的だし、召喚獣となる前なら受けてたかもしれませんね♪
確かに、わたくしには居場所がありませんでした……」
悪を粛正する天使達にとっては、悪に惹かれる自分は受け入れてもらえなかった。
天使を嫌う悪魔達にとっては、悪の尊さを理解しても天使だから殺されかけた。
ファイントの----いや、《悪の天使》には居場所なんてない。
「----故にだからこそ、今あるご主人の場所が良い」
ご主人と、雪ん子ちゃんと、そして新たに仲間になったココアちゃん……そして、これから仲間になる人達や、これから経験する数々の冒険。
《悪の天使》ファイントにとって悪行は確かに心惹かれるが、
自分が居て良い場所が、そういう場所が欲しい。
「あなたが悪の道に誘おうが、関係ないです☆
私はご主人と楽しい、快適な召喚獣ライフを過ごしたいんですよ♪」
それが、今のファイントにとって、一番大事な事だから。
「それに、あなたは、悪行三昧したい訳じゃないですよね♪」
と、ファイントは目を閉じ、ゆっくりと開ける。
その下にある、
「----それはっ?!」
「【審偽眼】、私が持つ固有スキルですが……能力の説明、必要ですか?」
そもそも【騎乗】スキルが使えるかもと思ったのも、このスキルが発動していたからだ。
相手の嘘を見抜く、ファイントの固有スキル【審偽眼】が。
「あなたが話した話の中で、このスキルが反応したのはいくつかありましたが……その中で一番大きな嘘として判定されたのが、"独立国家"のくだり」
佐鳥愛理の話は、「独立国家として悪行三昧!」や「奴隷兼国民として支配する!」など、悪好きなファイントを揺さぶる内容であった。
が、それらは全て嘘、つまりは彼女の目的はそこじゃない。
「私を勧誘するための嘘だと思って見逃してましたが、だとしたら何故、"超巨大な仮想ダンジョンを作る"ということには反応してなかったのか?」
彼女の話の中で、一切嘘がないと判断されたのが----超巨大な仮想ダンジョン作り。
これだけが嘘1つない真実で、他には小さい大きいはあれども嘘の判定が出ていた。
「私のスキルは嘘だと見破るものであって、その奥に隠した本当の言葉を見つけ出すスキルではありません♪ でもぉ、ある程度仮説は立てられます☆」
仮想ダンジョンを大きくし、多くの人を巻き込む。
それでいて、巻き込んだ人達に危害を加える事が目的じゃない。
一見、矛盾したように見えるこの2つを結ぶ答え。
「それは恐らく、あなたの
「もう黙れ」
佐鳥愛理はそう言って、彼女にアイテムを投げつけた。
投げつけられたアイテムは、ファイントに当たると共に、ファイントを飲み込んでいく。
===== ===== =====
【
佐鳥愛理が開発に成功した、異世界そのものを球体の中へと閉じ込める技術の産物。この球体の中には、【《悪の天使》ファイント】と呼ばれる召喚獣が封じ込められている
天使でありながら悪を好み、悪魔にも嫌われていた彼女は、やがて深い闇へと堕ちて行った
===== ===== =====
そして生まれたのは、ファイントを飲み込んだ世界球体。
本来は世界1つを飲み込むためのものだが、召喚獣1人のみを対象として飲み込ませることも出来る。
「使う気はありませんでしたが」
その時である。
このアジトの仮想ダンジョンに、覚えのある魔力反応が観測されたのは。
「ここまで来るのに、約1週間……極めて優秀な部類に入るでしょうね。
ねぇ、あなたのご主人様は」
ファイントの入った世界球体に、佐鳥愛理はそう語りかけるのであった。
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