第41話 エピローグ

「【召喚士】は不遇、ねぇ……」


 家へ帰っても、どうしても赤坂先輩が言ったその言葉が気になっていた。

 外はもう夕方も終わりかけだったが、俺の心は真っ暗闇の中みたいだった。


 彼女は【召喚士】である自分が、他の職業を得た皆よりも進みが遅いのを気にしていた。

 だからこそ、別の職業になれるという誘いに乗ったのだ。


「あんなに、綺麗な戦い方をしてたのに……」


 あぁ、実に勿体ない。本当に、勿体ない!

 出来れば【召喚士】として活動して貰いたかった。

 まぁ、その辺は赤坂先輩がそう判断したので、割り切るしかないんだけど……。


「もっといい話を聞けると思ったのに、思い出したくないほどだとは。本当に残念だ」


 今日は早く帰って寝よう。

 俺はそう思って、自宅の玄関の扉の鍵を開けようとして----


「あれ……?」


 ----家の中の灯りが、点いているのに気づいた。


 予め言っておくと、俺は一人暮らしだ。

 両親は実家に居て健在で、家族仲は良好……なのだろうか?

 冒険者は危険なのに別に止められなかったし、逆に稼げるようになってからは仕送りを止めるどころか、逆にいくらか寄こせと言われる始末だ。


 そんな両親だから、俺の家まで来て、掃除をするような人間じゃない。

 ましてや、こんな灯りを点けて、待ちかねてくれるような人間でもない。


 ----消し忘れたか、あるいは泥棒か。


「玄関の鍵は、かかってるみたいだな」


 なんだ、ただ消し忘れただけみたいだ。

 そう思って、鍵を使って開けると----



「うっわぁ、やっと帰って来たんだぞ! ご主人、こーんな可愛いファイントちゃんを、待たせるだなんて!

 ぷんぷん、なんだからね! こりゃあもう、プリン1個じゃ許してあげたりしないんだからね!」



 そこに居たのは、ファイント。

 ダンジョンの中でしか召喚出来ないはずの、俺の召喚獣だった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ご飯にする、それともお風呂? それとも、あ・た・し? あっ、あたしじゃなくて、わ・た・しのパターンとか、た・わ・しのパターンとかもやった方が良いかな?」

「ここに、俺の家にどうしているんだ!」


 ケセラセラと笑う彼女に、俺はそう怒るように言った。

 今まで【召喚士】が召喚する召喚獣が、ダンジョンの外に現れただなんて、聞いたことがない。

 

「(……いや、前にも似たような事件があったような?)」


 そうだ、思い出した!!

 つい最近あったじゃないか、幽鬼タケシ・ハザマという魔物が、ダンジョンの外に出て人を殺したという事件が!!


「ファイントがいる……ってことは、雪ん子も居るのか?」


 俺がそう尋ねると、ファイントは首をちょこんと横に傾ける。

 その仕草は「???」と、疑問符を浮かべる、なんで質問されたのかが分からないように見えた。


「どうして雪ん子ちゃんまで外に居ると思うの? 彼女はただの召喚獣じゃないですか~。もう、おかしなご主人ですね~」

「じゃあ、なんでファイント! お前は俺の家に、ダンジョンの外に出てるんだ!」


 俺がそう言うと、彼女は俺の手を取って、家の中へと誘ってきた。

 なんのつもりだと尋ねる前に、ファイントはリビングの扉を開けて、俺にそれを見せてきた。


「あれは、俺の服?」


 部屋の中央に置かれたもの、それは俺の服だった。

 それも俺がダンジョンに入った時に着ていた服で、そんな俺の服がうっすらと黒い光と共に発光しているのだ。


 その黒く光る服を見て、俺はある物を思い出した。

 あの黒い光は、ファイントを召喚した際に召喚陣が出していた光に、そっくりだと。


「まさか、お前! 俺の服に、召喚陣を仕込んでいたのか!」

「えぇ、まぁ。【召喚】のスキルは、ご主人のステータスを【スキャン】して、既に得ていましたし☆」


 ……迂闊だった。

 確かにスキルを鑑定する【スキャン】のスキルと、それを新たな魔法として再構築できる【青魔導をる者】のスキルさえあれば、【召喚】のスキルを使う事も出来るだろう。

 その【召喚】のスキルを召喚陣として俺の服に仕込んで、俺が居なくなった後に、自身を召喚させるようにセットしていたのだ。


 召喚陣の、時限爆弾、とでも言うべきか。


「お前のスキルには、【???】と詳細が不明なスキルが2つあった。そのうちの1つが、ダンジョン外での活動を可能にしたのか?」


 もしくは、聖霊型召喚獣の特性だろうか。


「いえいえ、聖霊型召喚獣である事も、ご主人はまだ鑑定できない私の2つの固有スキルも、関係ないですよ。言うなればこれは、私自身の性質とでも言うべきかな?」

「ファイント自身の、性質?」

「そうそうそう、もう1つおまけに、そう! 私の基となった伝承の中には、"ダンジョンの外で召喚されて使役された"という伝承もある。だからこそ、普通の召喚獣とは違い、ダンジョンの中の制約も受けないし、外にだって自由に出られちゃうんですよ!」


 ダンジョンの外で、召喚された伝承……?

 前に見た【ファイント】の説明だと、こいつには真名とやらがあるらしいのだが、"ダンジョンの外で召喚されて使役された"なんて伝承があるなんて、いったい……。


「まぁ、私の性質なんてモノは、この際、置いといて」


 ----本題に入りましょうか?


「……っ!!!」


 ニヤリと笑う彼女に、俺は恐怖心を覚えた。

 今のこの状況は、制御できなかった雪ん子と一緒に居た時よりも、遥かにまずい。


 ダンジョンの制約を受けない彼女に、【召喚士】として従わせることは出来るのか?

 それに、武器の【優しい木こりの鞭】もなく、雪ん子を【召喚】できないダンジョンの外で、身を守るにはどうすれば良い?


 ダンジョンの外に出れる召喚獣に対して、俺はどうすれば良いのだ?


「私が言いたいのは、たった1つ」


 指を1本だけ立て、彼女はこう言った。



「私の快適な召喚獣ライフのため、これからの事について交渉しに来ました。

 言わば、雇う側と労働条件などを交渉する、団体交渉権ってヤツ? 団体じゃなくて、1人だけどね!」



《1章 完》

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