第19話 悪夢の始まり(1)


 ===== ===== =====

 【警告】

 冒険者【羽佐間 武】の身体に 異常変異現象が 発生しました

 ルトナウムの効果により 変異進化を 行います

 魂の 保護に 失敗しました

 記憶を失くしたまま 進化を 実行します

 ===== ===== =====


 それ・・は進化と呼ぶには、あまりにもおぞましかった。


 両腕と両足はぶくぶくと醜悪に膨れ上がり、顔までついて別種の生き物のようだった。

 その代わりに元々あった端正な顔立ちの顔からは、眼も、鼻も、そして口や耳と言った全てのパーツが根こそぎ、落ちてしまっていた。

 そして、身体の真ん中の心臓部分には、怪しく光り輝くルトナウムの結晶が存在していた。



 ===== ===== =====

 【幽鬼タケシ・ハザマ(ユニークモンスター)】 レベル;Ⅱ ユニーク前;冒険者【羽佐間 武】

 ルトナウムの力により、救いを求めてさまよい続ける鬼となった冒険者の成れの果ての姿。彼に意思は存在せず、ただ生ある者に嫉妬し、力を振るい続ける

 ===== ===== =====



 それ・・はもう、人ではなかった。

 冒険者の羽佐間武は、この瞬間に死に、その肉体は幽鬼という魔物として蘇ったのだ。




「兄貴……? 兄貴、なんですか?」


 そんなすっかり変わり果てた姿となった、リーダーの姿に驚きつつ、アイテムボックス持ちの冒険者が近付く。


「グォォォ……」

「もう、兄貴ってば、冗談が上手っすね。ほら、変身スキルを解除して、帰りましょうよ」


 アイテムボックス持ち冒険者は、これをただのドッキリかなにかだと思っているようだ。

 不用心にも、幽鬼の懐まで近づいていく。


「バカッ! 逃げろって!」

「兄貴はもう助からないってば!」

「命優先だろ、ここはっ……!!」


 一方で、残りの3人は、既にこの状況を異常事態だと判断していた。

 元々、楽をして生きていたいからこそ、羽佐間武なる外灯あかりに群がっていただけの彼らは、その灯が消えたことを一番最初に理解していた。

 だからこそ、アイテムボックス持ちの冒険者が不用意に近付くことを、遠巻きながら叱っているのである。


「いや、大丈夫ですよ。きっと、いつもの冗談かなん----」


 3人を安心させるために、振り返って笑顔でそう口にしようとした、その瞬間である。

 自らに完全なる隙である背中を見せた冒険者に、幽鬼は容赦しなかった。

 相手めがけて、手加減なく、そのぶくぶくと太った大きい腕を振るっていた。


 ぶぉぉんっ!


 大きな音と共に、アイテムボックス持ちの冒険者は、そのまま吹っ飛ばされて、壁に激突する。

 そして、まるで接着が甘かった工作作品のように、身体からポロリと、その首が落ちて、地面に転がる。

 そしてそのまま、バケモノ・・・・は、3人の方目掛けて、走り出してきた。


「「「--------ッ!!!!!!」」」


 3人は、即座に逃げ出した。

 幽鬼が、自分達と同じレベルⅠである、アイテムボックス持ちの冒険者を呆気なく殺したのを見た。

 だからこそ、3人は生きるために、入り口目掛けて走っていく。


 逃げ切れるのか?

 幸いなことにあのバケモノは、全力で走れば逃げ切れない訳ではない。

 ただし、一瞬でも速度を緩めれば、追いつかれ、さっき見たように壁に叩きつけられ、死んでしまうだろう。


 全力で走ると言うのは、体力を疲弊させる。

 しかし今、3人が疲弊しているのは、体力よりも精神力であった。

 "追いつかれたら死ぬ"、"位置を確認しようと振り返ったら、速度が落ちて死ぬ"、"全力全開以外は死ぬ"----そんな精神状態で、必死こいて走っているのだから、精神疲労が激しいのは当然だろう。


 そうやって極限の精神状態の中、走り続けていると、武器を構える少女の姿が現れた。


「ピィッ?」


 目の前に、見知った少女----いや、見知った召喚獣の顔を見つけた。

 アレは確か、羽佐間が「おいっ、こいつww 【召喚士】のくせに、人間と組めないとか、マジ終わってんなぁww」とバカにしていた奴が、召喚していた召喚獣で----。



 そんな召喚獣だから、だろう。

 ----3人のうちの1人が、その召喚獣を斬りつけたのは。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 そんなことが起こる数分前。

 雪ん子は、自分を召喚した【召喚士】の命を受けて、レベルⅤのNPC、ノーマンと共に、ラリンポス山の洞窟へと向かっていた。


 大きさとしてはそれほど高くない山だが、立ち入り禁止の観点からほとんど人が立ち寄らず、それ故に道が整備されていないこの山は、それなりに登り辛かった。

 レベルアップしていないゴーレム達が、2人の歩きに追いつけない程度には。


「ゴーレム達は、まだかかりそうですね。まぁ、彼らの目的は負傷者の救助ですので、遅くても問題ありませんが」

「ピィ! ピィ!」

「しかし、君は元気ですね」


 洞窟の前まで2人が辿り着くも、ゴーレム達の到着まであと数分はかかりそうだ。

 そんなゴーレムと同じレベルⅠ、なのにも関わらず、自分の登りについてきた雪ん子を、ノーマンは素直に感心していた。


「召喚獣は永遠にレベルアップせず、送還されればリセットされる、不変の存在。そんな召喚獣でなければ、君はどこまでも強くなれたでしょうに」

「ピィ?」

「あぁ、難しい話をしてすいません。こちらの話です」


 とは言え、ゴーレムを待っている間、手持無沙汰なのも事実だ。

 

「----そうだ、雪ん子。偵察に行ってもらえませんか?」

「ピィ?」


 小首を傾げる雪ん子に、ノーマンは偵察の意図を伝える。


 この洞窟の中に、探している5人の冒険者が入ったのは、ほぼ間違いない。

 ノーマンは"5人の冒険者と共に無事に帰る事"を目的としているため、もし魔物に襲われていたり、負傷していたりした場合に備えて、ゴーレム達を待たなくてはならない。

 そこで、先に洞窟の中に入って貰い、冒険者達に救助が来たと伝えてもらおうというのが、雪ん子にお願いしたい事である。


「どうだい、出来るだろうか?」

「ピィッ!」


 どんっ、と薄い胸を叩いて、そのまま雪ん子は洞窟の中に向かって行った。


「頼んだよ、雪ん子。あぁ、無理だけはしないでね」

「ピピィッ!」


 任せてよ! というような態度で、雪ん子は洞窟の中を進むのであった。




 そうして、雪ん子は命令通り、探していた冒険者を見つけ出すことが出来た。

 まさかその冒険者に、斬りつけられると思わずに。




「ピッ、ピィ……?」


 雪ん子は、理解できなかった。


 彼女は、主に頼まれて、この冒険者達を助けに来たのだ。

 それなのに、いきなり斬りこまれるなんて、理解できなかった。


「悪いな! 召喚獣の嬢ちゃん!」

「でも、どうせ初期化されるなら、関係ないよなっ!」

「あぁ、そうだぜ! せいぜい、良い時間稼ぎになってくれよな!」


 一方で、逃げてる冒険者達にとっては、これは必然な行動である。

 彼らは後ろから来る、バケモノと化した幽鬼タケシ・ハザマから逃げたい。

 なので、彼らは一番確実な方法を選んだだけだ。


 自分達を助けに来た、召喚獣を負傷させて置いておく。

 つまりは、囮の餌である。


「良かったな、助けに来たのが召喚獣でよ! これなら遠慮なく囮に出来るぜ!」

「あぁ、せいぜい長く足止めよろしくなぁ!」

「死んでも、再度召喚されたら復活できる召喚獣! ほんと、様様だぜ!」


 冒険者3人は、そのまま雪ん子の横を通り抜け、入口の方へ走っていく。



 もし仮に、これが普通の召喚獣ならば、この判断は正しい。

 他の【召喚士】も、同じように召喚獣を囮にして、逃げるという選択を取っただろう。


 なにせ、召喚獣はどれだけやっても、再び召喚されれば、全部リセットされるのだから。

 ステータス不変の、【召喚士】が魔力を使って何度でも召喚できる、ただの道具なのだから。


 ----1つミスがあるとすれば、雪ん子が普通の召喚獣と違い、レベルアップできること。

 そう、これも、ちゃんと"経験"して、記憶する事である。




 ===== ===== =====

 雪ん子は 人の悪意を 経験しました

 レベルアップします

 ===== ===== =====




 雪ん子は、人の悪意を、自分が助かるならどんな事でもするという、おぞましい悪意を経験した。

 そして、それをきちんと、記憶したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る