第3話

 そうしてこの日の事件が忘れられぬまま、約束の日曜日を迎えた。

いつものコンビニに待ち合わせの時刻より少し早く着いた俺を迎えたのはさらに俺より先についていた栞だった。


「やぁ、仁君よ、随分と今日は早起きじゃないか」


「そういう栞こそ、待ち合わせの時間までまだあると思うんだがなぁ?」


 栞の可愛らしい皮肉にこちらも皮肉で応酬してやると、栞は頬を少しばかり赤く染めその後その頬を膨らませてきた。


「君との久しぶりのデートで、つい楽しみで早く来てしまっただけなのだが、そんな健気な彼女に対してなんという口振りをするのかね君は!」


「冗談だよ。まぁ、俺も今日は楽しみで早く来てしまったんだ」


 二人はお互いの顔を見合って、クスッと笑いあった。


「じゃあ、早速行こうか」


 そう言って俺は栞に手を差し出しす、その手を嬉しそうに栞は握って来た。


「では、私の立派な彼氏様にたっぷり荷物を持っていただこうではないか」


「お手柔らかにお願いいたします、栞姫」


 そう言って、俺たちはショッピングモールへの道へと向かった。


  ――――――それから数時間後、俺は両手に明らかに許容量オーバーの栞の荷物を持たされて、力つきる寸前である。


「栞姫、流石に多すぎやしませんかね?」


「どうしたんだい、仁君よ、この程度で音を上げるなんて騎士の名が泣くぞ?」


 さらっと過酷なことを言ってくる栞に恐怖を覚えながら、俺は安堵の溜息を吐いた。

その様子を栞は見逃さなかった。


「仁君よ、溜め息なんかついてどうしたんだい?」


俺は慌てて誤魔化して


「い、いや、なにもないよ、気にしないで、次はどこに行くの?」


 俺はこの間のことが栞に変に影響を与えてないことが何よりもの救いだったのだが、それで出た溜め息で栞を心配させては元も子もない。

すると、栞は少し考え込んでから口を開いた。


「そうだねぇ、だいぶ見て回ったから時間も時間だしちょっと休憩としようか」


 ようやく休息の時間がやって来て今度はまた違う意味での溜め息が吐き出される。


「僕も賛成だね、ちょうど休憩したかった所なんだ」


「じゃあここの近くに美味しいオムライスのお店があるみたいだからそこに行こうではないか、仁君の好物だろ? オムライス?」


 そう提案しながら、少しばかり頬を染める栞を見て自然と口元が緩む。


「僕の好物、覚えてくれてたんだね」


「ま、まぁ、自分の好きな人の好物を把握するのは彼女としての責務だからな」


 恥ずかしくて目を合わせられないのか、そっぽを向きながら照れ隠しのようにつぶやく栞を見て、俺は無性に全身がムズムズする感じがした。


「ん? どうしたのだ? そんなに全身を震わせて、そんなに疲れていたのかい?」


 俺は先ほど抱いた感情を悟られぬように慌てて誤魔化しながら、店への道を急いだ。


そうして二人でオムライスを平らげ、今から後半戦と言わんばかりにやる気に満ち溢れてる、そんな栞を見て少しばかりの恐怖を覚え、自分自身にも喝を入れようとしていた。

そんな矢先――――――


「きゃぁぁ!」


 突如、ショッピングモールの広間の方から叫び声が聞こえた。


「何事だ?」


 ショッピングモール一帯が不穏な空気に包まれ、少しの静寂が訪れる。

直後、その静寂を一瞬でかき消すような喧騒とともにおびただしい人の群れが叫び声の方から雪崩れ込んできた。

その波に飲み込まれまいと俺と栞は道の端のくぼみに逃げ込む。

人の波が引いた後、広間の方に目を向けるとそこには……

ついこの間見たばかりのものと非常に酷似する光景が広がっていた。

広間のベンチにそれは横たわっていた、まるで俺と栞を追い回すかのように。

そうまるで眠っているかのような遺体、首に細い切り傷のみの遺体だ。


「そんな、なぜこんなところに……」


 その時、あの刑事の言葉が脳裏をふとよぎった。


『殺人の時間帯はばらばら、ただ一つ共通点が、その時間帯に一番人が集まるであろう場所に置いている』


「犯人の今回の犯行場所がたまたまここだったって言うのか……」


 俺は眼前に広がる光景に気を取られていた、しかし、すぐに我に返った、その理由は目の前に広がるその光景で恐怖に震える栞がすぐ隣にいたからだ。


(これは、まずい……)


 ついこの間の殺人現場であんなに打ちひしがれていた栞だ、こんなに日を空けず同じ現場に鉢合せて無事なはずがない。


「栞、行こう、ここは危険だよ」


「う、うん……」


 俺の問いかけに答えてくれたものの、栞の返事には恐怖が滲み出ていた。



 そうして俺たちはショッピングモールから少し離れた、喫茶店へと駆け込んだ。

それから程なく近くからパトカーのサイレンが響いてきた。

そのサイレンを聞き更に栞の思考は恐怖に蝕まれているようで、顔は真っ青でさっきからコーヒーカップを握る手は震えっぱなしときたものだ。

それと打って変わって俺と言うものは冷静そのもの、いやそれどころかこの状況にまたもや興奮を覚えていた。


(しかし、今の今まで俺が物心ついてから殺人事件はおろか、暴力事件や交通事故すらほぼ皆無と言っていいほどのこの平穏な街で一体何が起こっているのか、この短期間に大量の通り魔殺人。いや、この頻度や過去からの数から言って猟奇殺人の方が適切だが、何が理由なのか分からない)


 そう一人で物思いにふけっていると栞がこちらを見つめてきているのがふと視界に入った。


「栞、どうかした? それより少しは落ち着いた?」


「うん、だいぶ良くなったかな、それより仁君は大丈夫?」


 俺が、先ほどの殺人事件のことを考えてるのが、俺も恐怖で震えてるように見えたのだろう。

自分自身は今にも崩れ落ちそうな状態なのにそんな中でも俺のことを気にかけることができるなんて、正直これまでの器量が備わっているとは思わず、素直に感服した。


「俺は平気だよ、それより栞の方が大変なのにありがとう。 俺はこう言うのには慣れてるから」


「慣れてる? 仁君、慣れてるってどう言うこと?」


 栞が思わず尋ねてきたのは当然のことだ、なぜならその言葉を吐き出した自分自身ですら何故そのようなことを言ったのか皆目検討がつかなかったのだ。

俺はついこの間まで栞と同じように人が死んでるような場面に出くわした事など一度も無いのだから……


「い、いや、慣れてるってわけでは無いんだけど栞に心配かけないように格好付けたかっただけなのかもしれないから本当に気にしないで」


「そ、そうなの。ならいいんだけど、嘘でもあんなこと言っちゃダメだよ」


「ごめん、次から気をつけるよ」


 そんなやりとりをしていると俺たちのいる喫茶店のドアを潜ってくる人物がいた。

それはこの間学校に来ていたあの刑事だった

そしてその刑事は俺たち二人を見つけるとおもむろに近づいて、短いため息をついて俺たちに話しかけて来た。


「あー、その君達はあの通り魔犯と何か因縁があるのかね?」


いきなりのその問いに俺たちは無言でお互いを一瞬見つめあって同じタイミングで首を横に振った。


「一応私がここに来た理由としては、この近くにあるショッピングモールで起きた例の殺人事件の目撃者がいないかどうかの聞き込み調査だったんだが、見覚えのある顔に出くわしたから話しかけさせてもらったんだが、君達二人の顔を見る限り、どうやら私のお目当ての人は君達みたいだが、その辺のところはどうだろうか?」


 俺は、その言葉を受けチラリと横の栞を見た、あの時と同じようにさっきの光景を思い出し恐怖に身を震わせているかと思いきや、いつもと変わらず落ち着いているように見える。


「確かに事件の現場は目撃しました、でもこの前と同じでもう死体が置かれてある所を見ただけですけど」


 栞がそう淡々と刑事に話始め、俺は酷く驚かされた。それは刑事さんも同じだった様で一瞬目を見開いたがそこは刑事というべきかすぐに調子を取り戻し俺たちへの質問を始めた。


「とりあえず、その遺体を見たときの状況はこちらで確認したものと変わらないが、何か他に変なものを見たりとかはしてないかね?」


その質問に対し俺たち2人はお互いの顔を見合わせ首を横に振った。


「そうか、しかし2件続けて同じ人物が現場に居合わせたことはこれまで無かった、

何かあれば連絡をしてくれたまえ」


 そう言って刑事は自分の連絡先の書いてある紙を渡し、ため息をついた。


「さて、ここからは私は一旦休憩させていただく、ついでにここで何か食べていこうと思うよ、話を聞かせてくれた礼だ、ここの支払いは私が持たせてもらうよ、何かたのむかい?」


 そう言いながら店員を呼び出した刑事は注文し始めた。


「すみませんがここにはカツ丼ってありますってあります?」


 こんな喫茶店でもカツ丼を頼むとかどんだけ役に入り込んでるんだよと心の中で突っ込みながら聞いていると。


「ありますよ、カツ丼一つでよろしいですか?」


 店員が普通に対応しているのを見て更に、喫茶店でもカツ丼あるのかよと突っ込ませまくる展開に正直、今日1番愕然とした。その表情を見た栞が俺の心を読んだかの様に隣で笑い出した。俺もその栞の笑顔を見て自然と笑みが溢れた。それに気づいた刑事が


「どうやら調子は取り戻した様だね、さて私はこのままここでカツ丼をいただいていくがどうするかね?このまま待つと言うなら2人とも家まで送って行ってあげることも出来るが?」


 そう刑事からの提案に対して俺たち2人はほぼ同時に


「いえ、大丈夫です、自分達で帰れます」


 と、息のあった回答をし、またそれで自然と笑みが溢れた。


「そうか、引き止めてすまなかったね、では帰り道はくれぐれも気をつけたまえよ」


 そう言って俺たちは刑事と別れ喫茶店を出た、正直このまま買い物を再開する気分にもならないのでここで今日はお開きする事になった、帰り道、栞の様子が気になったが平気そうにしていたので、俺も特段この件に関しては触れない様しようと心に決めた。


「じゃあ、今日はこれで、また学校で」


 そう栞が言って家路へと背を向けて歩いていく姿が、いつもの背中と少し違う気がしたが何故そう感じたのか、その原因は何なのか本人が言う気が無いのも伝わってきたので俺はその時この事件にこれ以上栞を関わらせない様にしようと決意した。


(人目につくとこに遺体を置いているのならば事件現場は調べれば分かるはず、少なくともこの犯人は遺体をただ見せつけてるだけではない気がする他の別の意味がきっとあるはず、少し調べてみるか……)


 そして栞の姿が見えなくなるのを確認して俺も家までの道を走って帰る事にし、その為、自分がこの時事件を調べる事にして高揚してる事に気がつかなかったのだった。

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