目立ちたくない僕と目立たせたくない幼馴染の話

月之影心

目立ちたくない僕と目立たせたくない幼馴染の話

 僕は岩泉いわいずみ克己かつみ

 幼い頃、僕は近所でも評判の美少年としてもてはやされ、将来はモデルかアイドルかと騒がれていた。

 小学生の頃、僕の周りは常に多くの友達が囲っていて、中学生にもなると大勢の女の子から告白を受けたりもしていた。


 普通ならこれだけでも『人生勝ち組』みたいに思うのだろうけど、僕は違った。


 目立ちたくないんだよ。

 人前に立つなんてとんでもない。

 人の目を見て話す事すらまともに出来ないんだから。

 なのに何で勝手に僕の周りに集まって騒ぎ立てて言い寄って来るんだ。

 何とかならないのか?

 と、真剣に悩んでいた。


 そして僕は一つの考えに辿り着いた。


『人が集まらない人になればいいんだ』


 その日から僕は、不摂生に不摂生を重ねる生活を始めた。

 脂質を好んで食するようになった。

 お菓子やジュースにお小遣いの全てを注ぎ込んだ。

 毎朝続けていた早朝ランニングも止めた。

 髪の毛や肌の手入れもしなくなった。


 結果……


 僅か半年余りの内に体重は20kg以上増え、ニキビ一つ無かった肌は荒れて脂性になり、艶々だった髪もボサボサになった。

 ついでに夜更かしが祟って視力が落ちたので、出来るだけダサい眼鏡を掛けるようになった。

 そんな僕の変貌ぶりを見て、一人また一人と僕の周囲に寄って来る友達は日を追う毎に減っていき、ついには過去の栄光など露知らずと言うか、遠巻きに指差したりこそこそと陰口を叩くだけになっていった。


 まさに僕の計算通りに事は進んだというわけだ。

 周りに誰も寄って来ない……何という気楽!何という自由!

 僕の理想通りの学生生活が送れそうだと期待に胸を膨らませた。

 腹も膨らんでいるけど。








 ところが……


 こんな姿になったと言うのに、只一人、僕の傍から離れようとしない女子が居た。


 沢内さわうち美陽みはる

 僕の両親の次くらいに僕との付き合いの長い幼馴染。

 僕が唯一、普通に話の出来る相手でもあった。

 美陽は学校一モテる女子としても有名な美少女で、彼女を狙う男子が同じ学年、同じ学校を問わず、他校の生徒までも巻き込んで告白合戦が起こる程だった。

 まだ僕が周りを友達に取り囲まれていた頃など、僕に告白して来た女子ですら、

『岩泉君と沢内さんが付き合ってるとしたらあっさり諦めるけど』などと言わしめ、誰もがレベルの違いを受け入れざるを得ないほど美陽の美少女度は際立っていた。


 そんな美陽なので、過去はともかくこんな姿にしておいて気安く話し掛けでもしようものなら、美陽が何を言われるか分かったもんじゃないと思い、学校では話し掛けないようにしていた。


 なのに、気楽で自由見るも無残になった僕に未だにくっついている事が不思議でならない。

 美陽も友達からは僕に関わらない方がいい……みたいな事を言われているらしいのだが、それでも美陽は僕の傍に来る。


「何でこんな僕の所に来るの?」


 僕は率直に疑問をぶつけた。


「何で……と言われても……」


 はにかみながら美陽は口をもごもごさせる。

 その頬は紅く染まり、耳や首筋まで真っ赤になっている。


「友達も僕の傍に行かない方がいいみたいに言ってるでしょ?」

「それは関係無いよ……」


 美陽は僕の言った事に我関せずといった口調で即座に切り返した。

 僕はふうっと小さく溜息を吐いた。

 有象無象に囲まれる事を思えば寄って来るのが美陽一人になった事はまだ許容範囲だが、何度も言うように、これでは美陽まで僕の同類と思われて折角の美少女が台無しになってしまう。








 よし、戻そう。


 僕が周りから相手にされないようになるのは一向に構わない。

 と言うより寧ろ僕自身がそうなるように願ってやった事なのだから。

 しかし、大切な幼馴染に迷惑が掛かるというならそれは別の話だ。

 僕は自らの希望……気楽で自由見るも無残な現状を手放し、元の姿に戻ろうと決意した。

 そうすれば美陽も僕の同類と思われる事も無く、学校一のモテ女として君臨し続けられるだろうから。


 その日から僕は以前の姿を目指してストイックになった。

 栄養バランスを考えた食事を心掛けた。

 お菓子やジュースにつぎ込んでいた小遣いは全てトレーニンググッズへ向けた。

 止めていた早朝ランニングも以前より距離を伸ばして再開した。

 髪の毛や肌の手入れも念入りにするようになった。


 結果……


 僅か4ヶ月で元の……いや、元以上の美少年に戻った。

 残念ながら視力は戻らなかったので、ダサメガネはちょっとクールなフレームの眼鏡に変えた。

 その変貌ぶりに驚くクラスメートたちは、また僕の周りに集まって来るようになってしまったが、これで美陽に要らぬ噂が立たないのであれば僕が我慢すれば良いだけなので、まぁ良しとしよう。


 ……と思ったら、美陽は頬を膨らませて僕の事を睨んでいた。


「み、美陽……どうしたの?機嫌悪そう……だけど……?」


 美陽と一緒に家路に着く頃になっても美陽は何故か機嫌が悪そうだったので尋ねてみた。


「だって……」


 立ち止まった美陽が僕の顔を上目遣いに睨んで言った。




「かっちゃんカッコよくなったらみんなに狙われちゃうじゃない!」




 はい?




「おデブで肌ベタベタで髪ボサボサでダサダサメガネのかっちゃんだったら誰にも狙われないから私ほっとしてたのにぃ!」




 どゆこと?




「またそんなにカッコよくなっちゃったら私毎日ハラハラドキドキしてないといけないんだよぉ!?」




 いやマテ、イミがワカラン……。


「ま、まぁ美陽、落ち着こう……な?」

「むぅぅぅ……」


 口を尖らせて相変わらず上目遣いに睨んでいる。


「あのさ……僕が狙われるとか美陽がほっとするとか……全然話が見えないんだけど……」

「かっちゃんは気付いてないだろうけど、かっちゃんの周りに来る女子、みんなかっちゃん狙ってたんだからね。」


 そりゃ、囲まれてはいたけど話の中心から随分離れたところで聞いていただけだから、そんな事があったなんて気付くわけがない。


「でもみんなかっちゃんの見た目で言い寄って来てただけだから、おデブになったかっちゃんからすぐ離れて行ったじゃない。」


 目的はともかく、僕は気楽で自由な学生生活を送りたかっただけで、結果的に希望通りになっていただけなのだが。


「あんな見た目だけで人を判断する子になんかかっちゃんは渡せないでしょ?」


 渡す?

 僕は贈り物じゃないぞ。

 と言うかこれ……頭の中で考えてるだけじゃ埒が明かないな。


「え……っと……美陽さ……」

「何よ?」

「美陽って僕の事好きなの?」

「勿論よ。」


 即答されたけど……何ですと?


「え?いつから?」

「忘れたわ。ずっと前から。」


 マジか。


「かっちゃんの見た目がカッコ良かろうが悪かろうが、私には関係無いの。私はかっちゃんの優しいところとか頼れるところとかそういうの全部まとめて好きなんだから。そんないいとこあるかっちゃんが他の子に盗られるなんて私は絶対嫌なんだからね。私はかっちゃんとしかお付き合いするつもりは無いの。」


 僕の幼馴染で唯一気安く話せる相手だけど、学校一モテる美少女でしょっちゅう誰かから告白されていて、僕なんか眼中に無いと思っていた美陽が、めっちゃ告白してきてるんだけど。


 『じゃあ僕は?』と言うと、勿論美陽の事は好きだけど恋愛対象として好きかどうかとなると……








 うん、好きだな。




「じゃあその……つ、付き合おうか……」


 ちょっと照れながらそう言って美陽の顔を見た。


 美陽も少し照れているような顔を伏せがちにして言った。








「その前に、他の子が寄って来ないようにおデブなかっちゃんに戻ってくれない?」


 僕は白目を向いてその場に倒れ込んだ。

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