第百十二話 雄飛の時
本丸。天守閣の頂上。氷の瓦屋根に立つ”千手雪女”。
奴を見上げ、月華を手放し宙に浮かばせた御月が、月色の輝きに染まっていく。空想級魔獣と一対一の状況に持ち込んだ彼女の輝きは、幾望の月に匹敵した。
”千手雪女“の白魔がかの肉体より発露し、吹雪が御月を煽った。その勢いで、彼女の黒い帽子が吹き飛ぶ。雪風に乗り飛んでいくそれに一切の執着も見せず、白い暴風を前にして、彼女は瞬きすらしなかった。
御月の黒髪が、風に揺れはためく。
”千手雪女”は御月を誘い込んだが、罠など張っていなかった。ただただ、あの日の決着をつけるために、一対一での、死力を尽くした本気の戦いを欲している。
天守閣を覆う、並木道。
白魔の冬に翠の葉はなく、代わるは白き霜の花。
枝葉を彩るその風景に、深山桜のようだな、と御月はなんとなく思った。
そんな中、相対する雪月の世界の中に、異物が混じり込む。
「大太刀姫━━」
御月の後方より、黒装束を纏った忍の防人がやってきた。その数、三体。特霊技能により生み出された彼の分身の一人は、一本の無骨な薙刀を手にしている。
その分身が右方へ跳躍し、薙刀を御月に向かって投げつけた。それを片手で受け取った彼女が、腰に刺さる、短刀を左手で引き抜く。
右手に薙刀。
左手に短刀。
彼女の左側面。宙に浮かび切っ先を奴へ向ける、大太刀となった月華。
本来であれば起き得ない、薙刀、短刀、大太刀の三刀流。薙刀は片手で扱えるものではないし、短刀と合わせて使うべきものでもない。しかし、特霊技能『朔望の英雄』によって強化された身体能力が、それを可能としていた。
分厚い刃を持つ薙刀を、軽々と振り回す。剛風を立てるそれは、必殺の威力を孕んでいた。
加えて、雪の夏空を舞う大太刀の月華がある。立体攻撃を行い、さらなる駆け引きを奴に押し付けるだろう。
薙刀を御月に渡した後、分身を散開させ、位置を隠した甚内が苦無を構えた。
「大太刀姫。私は伏せながら援護を━━」
御月の後ろ姿を、いつになく真剣そうな表情をした甚内が見つめる。
御月の表情は、甚内に見えない。
「
金色に月白の一端。傍に挟んだ薙刀に、ぎゅっと力が込められていた。
その言葉の意味を理解した彼が、生唾を飲み込む。
「今私の本体はいない。君の動きにはついていけないぞ」
御月がはあとため息をつく。
「だから合わせられるんでしょ。いいから、私に合わせて」
無茶苦茶な要求だ。決して強くない分身で、今世西部最強と呼ばれる御月についていけと彼女は言う。
御月が、回転させていた薙刀をピタッと止めた。
御月よりも大きなため息をついた甚内は、彼女に呆れている。しかし、その口角が、ほんの少しだけ吊り上っていた。
「......全く。人使いの荒い姫だ」
「無駄口を叩かないで。甚内」
御月が短刀を振るうのと同時に、月華が真っ直ぐに射出された。それと同時に、御月が大きく飛び上がり空を蹴り上げる。”千手雪女”よりも高い高度に到達した御月が、吶喊した。
薙刀が振るわれ、彼女に近寄る八本の腕が吹き飛んだ。
「ギャぎゃぎゃがぎゃぎゃ!!!」
御月から距離を取り、千手を展開して攻撃を試みる雪女は、魔獣だというのに、人間らしい表情で驚愕している。
ありとあらゆる方向から迫る千手。そして氷柱の弾丸と、雪の結晶の円盤。雪女が行う攻撃が、簡単にいなされていく。
自由自在に動き回る薙刀。空を舞い、迎撃の一端を担う大太刀。時折振われ雪を蹴散らす、短刀。その三つの武装を、彼女は完璧に使いこなしていると言ってよかった。いや、特に薙刀の腕前は、超一流のものがある。
「無駄だ」
御月の射殺さんという視線が、雪女に突き刺さる。空想級魔獣の自分が、人間の小娘に押されている━━そう理解した雪女の、不気味なほど青白かった顔が怒りで紅潮した。
様子見など無用だった。そう理解した雪女が、伸ばした千手を引き戻す。雪空に、氷柱の弾丸。氷雪の石片。ありとあらゆる形をした氷の弾丸が、無力を利用し生み出され、浮かんでいく。そして最大の異能である、空間の停滞化を更に強めた。
「くっ......!」
体にかかる重圧に、御月が呻き声を漏らす。ここは、雪砦の本丸。いくら彼女といえど、場の無力を奪い取るのは容易ではない。月光は、雪白の輝きに反射されていた。
再び迫る、氷柱の弾丸。回避しようにも、宙に浮かぶ氷石が邪魔だ。きっと、触れていいことはないだろうし、それ故に彼女の行動を制限するものとして展開されている。
彼女が迫り来る氷雪を、月の輝きを以って迎え撃った。
西部戦線を立ってから、十分以上の時が経っている。
風を纏い空を飛ぶ。夏の青々とした森林の中に、乱反射する雪白を見つけ出した。その中に、雪原の中を進み続ける隊員たちの姿が見える。城内で魔物と交戦する彼らは、一進一退の攻防を繰り広げていた。
城の各地で魔物と兵員の乱戦が起きている。戦況は一目で把握出来るような、わかりやすいものではない。しかし、最も戦いが激しい場所はどこか、簡単に分かった。
まず一つは、雪砦の中心地。本丸。空を飛ぶ俺の皮膚をビリビリと焦がすくらいに、そこでは、途轍もない規模の魔力と霊力がぶつかり合っていた。間違いなく、あの“千手雪女”と、御月だろう。
そして、その近く。特務隊とそれを率いる防人が、複数体の魔獣と交戦している。上空から見て、既に二体の魔獣を討ち取っていたが、かなり苦戦していた。やはり、幸村さんが推測した通りだ。かなりの数の魔獣が、雪砦に潜伏していたようだ。
雪砦より西。空を飛ぶ俺はどちらへ参戦すべきか、考える。誰かの指示は仰げない。自身の判断で、どちらに行くか考えるしかない。
やはり順当に考えて、特務隊と防人たちの援護をすべきだろう。そこでスムーズに敵を撃破できれば、そのまま雪女の方へ進軍できるはず。
翠色の霊力の色を強め、降下の準備を始める。不意打ちで出来れば一体もっていきたい。そう考え、二刀を引き抜き柄を握りしめた時。
雪砦西門より、何かが飛び立った。
「あ......?」
蝙蝠のような羽を持った何かが、こちらへ飛んでくる。それは爬虫類のような見た目をしていて、四本足がぷらぷらと宙に揺れていた。
「チルちラララららララロろろロロロロ」
翼をはためかせ急上昇するそいつは、どんどん俺に近づいてくる。その大きさからして、戦略級魔獣だろう。以西からの敵の出現を予期して、魔獣を配しておけるぐらい戦力に余裕があるのか━━?
こちらへ口を大きく広げ、噛みつこうとした奴から横方向に距離を取る。翼を大きく叩き、俺の真横を奴が通り過ぎた。風が強く吹いて、前髪が荒れる。
「......おい」
バサバサと滞空しながら、奴はこちらを睨めつけている。夏の陽光に照らされ、奴の薄緑の鱗が、艶やかに輝いていた。
鳥のもののようにも見える四本の鉤爪が、鈍い輝きを見せつける。細長い舌をシュルシュルと伸ばして、今から貴様を喰らうんだと言わんばかりに、奴は口元を拭っていた。
蝙蝠の羽を持ち、鉤爪を持つ蜥蜴の魔獣。
「お前......邪魔なんだよ......」
天空。翠色の輝きに緋色の軌跡を織り交ぜて、相手を威圧する。
「さっさとお前をぶっ殺して、俺はアイツを殺しに行くんだ」
空の上。二刀をだらんと下ろして、構えなき構えを取る。下方、雪砦を包囲している兵員が、二色の輝きに気づいた。
防人。新免玄一。俺は今、単身での魔獣戦に突入した。
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