第七十五話 約束された義戦

 


 晴天。澄み渡る美しい空に対し、地獄の様相を醸し出す大地。人は生き絶え、魔獣の跋扈ばっこを許したこの地に、抗おうとする二人の少年がいた。


「ヨホホホホホォォォォォオオオオオッッ!!!!」


 木の根から飛び出て走り出した二人の少年を追って、梟型の魔獣が翼を強く叩いて飛び立つ。不思議と、翼をはためかせる音は聞こえてこない。奴が翼を動かしどんどん加速する。飛行する速度からして、すぐに追いつかれてしまうだろう。


「新免! 西南に向かって全力で走れ!」


 抜刀し打刀を構えた伊織が、飛びかかる梟を走りながら迎え撃とうとする。


 伊織に狙いを定めた梟が、その脚を伸ばす━━!


 無骨な脚から繰り出されるのは、鋭く光る鉤爪。ただの梟であれば急降下しながらその足で敵を捕らえるのであろうが、こいつは魔獣。伊織を殺すためだけにその爪を向けている。


 伊織に肉薄する奴が彼に脚を繰り出し、その速さで鉤爪がブレて見える。それに合わせて伊織が打刀で奴を迎え撃ち、甲高い剣戟の音が鳴った。



ァ!」


「ヨホ、ヨホホホホホ」



 右から左へと繰り出された一撃を彼が弾く。反撃しようと上から下へと振るわれた打刀の一閃を、今度は梟が迎え撃った。鳴り響く剣戟。銀色の霊力と紫苑の魔力がぶつかり、辺りに揺蕩たゆたう。繰り出される刀の素早さは、間違いなく防人のものであった。当時の俺の常識を超える、高速戦闘が伊織と魔獣の間に行われている。


 それにしても、なんという技量であろうか。逃げようと走りながら、平坦ではない森の地を足場に魔獣の攻撃をいなすなんて。齢十三の少年ができることではない。


 うまくいなされた梟が仕切り直しを考えたのか、天高く飛び上がった。



「逃げた......?」


「まだだ新免! 来るぞ! 走れ!」



 一度消えたと思った梟の姿が、前方にある。まっすぐ彼らに向かって飛んでくる梟が、鉤爪を前面に出しながら突っ込んできていた。このままだと衝突するだろう。


「奇襲を狙うのかと思えば、単純な奴だ。間抜け!」


 伊織が打刀を上段に構え、さらに加速した。


 一騎打ちのように、彼らが向かい合って必殺の一撃を放とうとする。瞬間。間合いからして、梟の一撃が届きそうな場面で。


 。勢いを犠牲にしてまでも、伊織の一撃を警戒してタイミングをずらそうとしている。しかし彼はまだ刀を振るっていない。溜めて、構えたままだ。



「拍をずらすなどォ! 慣れっこだ!」



 動揺はない。彼が早すぎず、遅すぎることもない、完璧なタイミングで縦に打刀を振るった。


 霊力を纏った銀光の一閃は、奴の鉤爪の辺りに直撃する。



「ヨォォォホホホホ! ホホホ!」



 裂傷の出来た奴の脚から、血が吹き出る。大きく叫び声をあげた梟が、再び飛び立った。



「浅い......! しかし十分!」



 奴の姿が後方へ消えていく。それを見て、目を泳がせながら走り続ける俺が叫んだ。



「相棒! あとどんくらいだ!」


「すぐそこだ! 少し待ってくれ!」



 納刀した彼から、銀色の波紋が飛ぶ。霊力の探知で、何かを探しているようだった。



「見つけた......! 付いてきてくれ! 新免!」



 彼が速度を上げる。それになんとか追いつこうと、俺の体からも微かな霊力が漏れ出る。



「ここだ!」



 彼が視界から消える。彼が飛び込んだのは、大きな入り口を持った、薄暗い洞穴だった。彼を信じて俺が飛び込む。








 飛び込んだ洞穴の中は、まっくらで、とても深い。まさか下に広がっていると思わなかった俺が、宙で体勢を崩す。そのまま地面に体をぶつけそうになった俺を、伊織が抱きとめた。



「ありがとう。相棒」


「ああ」



 彼の腕から俺が降りる。俺がそこで辺りの風景に圧倒された。眼下に広がる光景は、とても天然のものとは思えない。設計されたように出来上がった四隅を持つ大部屋。何もない、真っ白な部屋が、広がっている。



「なんだこの魔力は......濃すぎる。それに、ぐちゃぐちゃになってまるで暴れ狂っているような......」



 彼が何かを感じ取って、驚愕している。目を見開かせ口を半開きにした彼の姿は、この時を除いて、今までで一度も見たことがない。



「相、棒。ここは?」



「新免。ここは━━━━ダンジョンだ。魔物とシラアシゲがぶつかる前、兵員の尽力により特定した、今侵攻の橋頭堡だ。おそらく、敵の首魁がここに移動してきている……」



 伊織が大部屋の続く先を、じっと見つめていた。光はなく、何も見えない。洞穴から降り注ぐ陽光だけが、彼らを照らしていた。


「......新免?」


 彼が俺の方を振り返って見て、驚愕する。


 陽に照らされながら俺は突如として地にうずくまり、強く震えていた。汗を不自然なほどダラダラと流し、瞳からは涙が滝のように流れ出ている。


「どうした!? しっかりしろ! 新免!」


 彼が駆け寄って、俺の肩を強く掴んだ。俺を揺すって、意識があるかどうかを確認している。加えて、怪我をしているのかを確認していた。幸いにも大事ないことに気づいた伊織だが、明らかに様子のおかしい俺を見て動揺している。鬼気迫った表情で、俺のことを見ていた。


 体を震わせたまま。俺が少し上を向いて、静かに呟く。


「わからない。だけど......これは俺に相反する、俺が殺さなきゃいけない敵だ」


「新、免?」


 今になって考えて見ても、俺がどうしてこんなことを言ったのかは、覚えていない。


 何なのかはわからない。しかし、これがきっかけになった。


「何だ......? 霊力が......脈動している」


 どくどくと拍を刻んだ後、それが爆発した。



 決して揺るがぬ。黄土の輝き。


 流れ揺らめく。水縹みずはなだの煌めき。


 くすぶり時を待つ。あけの輝き。


 無碍むげにて縛られぬ。翠風りょくふうの閃き。


 そして最後に━━━━全てを包む。空の広がり。



「五種類......?」


 彼らの体を、四色の霊力が包む。その四色が一色に包まれて、一度消えた。


 しかし一つだけ、消えていない色がある。それは、緋色。微かな緋色だけが、残って光輝いていった。


「成功した......」



 汗は引き、震えは止まって。おこされた切り火が、意思を燃やして烈火となる。



「戦おう。相棒。この意志ある限り」



 新免玄一は、この時を以って、霊技能を獲得した。





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