第六十五話 戦いのあと(1)

 


 夢を見ている。そこは、タマガキより更に西。戻りたくても戻れない。自分の故郷。


 遥かなる景色。俺を構成する原風景たるその場は、目も開けぬほどに眩かった。しかし少し時が経てば、その景色は目を背けたくなるほどに、昏くなっていく。


 暗闇がどんどん広がって、自分の周りを覆う。苦しい。抜け出したい。


 暗闇の中を溺れるように悶え苦しむ。その絶望の中で、叱咤する誰かの声が聞こえた気がした。








 目が覚める。俺はベッドの上に、仰向けになって転がっていた。


 天井をこうして見上げたことなどほとんどないが、ここが自分の家ではないことがすぐにわかった。まず匂いが違うし、部屋の広さも全然違う。おそらくここは病室かどこかだろう。


 そう思って自分の体を見てみれば、包帯だったりいろいろ付いていた。とりあえず起き上がろうとして、体に激痛が走る。


っ!」


 背中がむちゃくちゃ痛い。どうやら俺は、結構な怪我をしているようだ。起き上がる力がない。一人じゃどうしようもないので、上げようとした上半身を戻して寝っ転がる。


 目覚めた頭で考えていたら、血脈同盟と戦っていたことを思い出した。あの戦いがどうなったのか気になって仕方がない。あの時確か俺は第陸血盟にやられて、それで。そこからの記憶がない。おそらくあのまま気絶してしまったのだろう。


 誰かを呼ぶために声をあげるべきか考えていたら、誰かが部屋に入ってきた。


 普段とは違い一つに纏められた紅葉色の髪の毛。骨折しているのだろうか、三角巾を使い左腕を吊るしている。その服装は普段見慣れたものとは違って、楽な格好をしていた。顔やいたるところに手当が施されており、彼女の戦いの激しさを物語っている。間違いない。秋月だ。怪我を負っているものの、彼女が生きていることに安堵する。


 目を開いている俺を見て、秋月が食い気味に口を開いた。


「玄一? 起きてるの?」


 その問いに首肯する。


「ああ。秋月。いろいろどうなったのか知りた━━」


 秋月が腕が骨折しているにもかかわらず、こちらへ駆け出して、飛び込んできた。


「このバカバカバカバカ!! 死んじゃうかと思って心配したじゃないの!」


 彼女の腕が俺の首の方へ回される。それで勢いよく引っ張られて、抱きしめられた。一度引き剥がそうとしたが、彼女が泣いているのを見て力が抜けた。そんな俺とは反対に、引っ張る彼女の力がどんどん強くなっていく。


「ちょ、秋月! 痛い! 背中が痛いてぅぉおおおおおおおおおあああ!!」


 うずくまって顔をこちらに見せていなかった彼女がゆっくりと顔をあげた。瞳からこぼれ落ちた、涙が煌めく。その瞬間、痛みを忘れた。彼女が満面の笑みを浮かべる。


 その無垢な笑顔を見て、彼女が本当に喜んでいることがこちらに伝わってくる。そこまでかと、少し照れた。


「あんたね、五日くらい寝たきりだったのよ。それによくわかんないけど毎日汗をびしゃびしゃにかいてたし。みんな心配してたわ」


「い、五日?」


 五日も寝ていたとは思わなかった。しかし、それだけ重い怪我を負ったということなのだろう。あの日、情けないことに第陸血盟に一瞬でボコボコにされた。そうだ。あの後どうなったのか、秋月に聞かねばならない。






 俺が第陸血盟に倒され、気絶した後の話を聞く。何が起きたのかを彼女の説明を通して把握したが、理解はできなかった。色々詳しく聞きたいことはあったが、何よりも驚いたのは俺のことを一方的に蹂躙した犬神を相手に山名が他の血盟ごと追い込んだというところだ。引退した身であるとはいえやはり五英傑と呼ばれていた男だからであろうか、その実力があまりにも抜きん出ている。間違いなく、彼と同じだ。


 そのついでに、山名の特殊霊技能について話を聞いた。どのような能力だったら血盟たちを一人で追い込めるのか気になったからだ。その俺の問いを聞いた秋月が、なぜか誇らしげに喋り始める。


「あのね、まず、元々山名は特殊霊技能を二つ持っていたのよ! これはあまりにも有名な話だから話しちゃって大丈夫なんだけどね」


 そうして秋月が続ける。


 まず、一つ目の能力が、『左腕 桜花』。いくつかの制約はあるそうだが、障害を無視し空間跳躍、転移を可能とする能力。ここまで強力な能力であるというのに、転移を行う際に必要になる霊力量は非常に少ないらしい。俺がこの前の戦で遊撃した時、突如として背後に山名が現れたことがあったが彼はこの能力を使っていたようだ。そりゃあ、急に山名が現れるのも納得だ。


 そのまま二つ目の能力について知りたいところだったが、彼女の話が二十年前の戦いについてに寄っていき、少し脱線する。


 秋月曰く、サキモリ五英傑はそれぞれ二十年前の戦で大功を立てているが、彼が武名を上げ、さきがけと呼ばれている由縁はこの一つ目の霊能力にあるようだ。


 彼が立てた功績は、一番槍。先駆け。


 彼は戦線で転移能力を駆使しながら、彼の動きについていける高機動部隊を編成し突撃した。とにかく戦線を引っ掻き回し、魔獣を強攻し暗殺して回ったそうで、撃破した魔獣の数は百は下らないらしい。


 機動力と最強の攻撃力を兼ね備えた部隊。総合的な面で見れば踏破群に軍配が上がるが、こと突撃や遊撃に関しては山名の直属部隊、今の特務隊に優る部隊は人類にないらしい。道理であんなに足が速かったのか。彼らは。


「そしてこの私は元特務隊隊員よ! 尊敬しなさい!」


 秋月がそう締めくくる。結局自慢したかっただけかい。


 しかし、強い。考えれば考えるほど、この能力の強さに気づく。戦術的な話になるが、足運びが一切わからないというのはあまりにも厄介だ。それはすなわち、攻撃の予備動作が一切ないということになる。そんな敵と俺は絶対に戦いたくない。刀構えていたら急に真横にいたり、攻撃が当たったと思ったらいなかったりする。そんなん恐怖するわ。


 そうして自慢を済ませ一通り満足したのか、彼女は俺が寝ていた五日間の出来事について喋り始めた。しかし彼女が歩けるようになったのもついこの前なそうで、その出来事に直接関わったりした訳ではないらしい。


 血盟たちが去った後、タマガキの安全を再確認し死体の処理などを済ませ、本部の方に避難していた下町の住人は無人となっていた町に戻ったようだ。ただ中には避難していなかったような住民もいたり、無人になった隙に空き巣をしていた馬鹿もいたらしい。まぁ、防戦隊の手によって逮捕されたらしいが。


「住民たちを落ち着かせたり、タマガキの防備を整え直すのに三日かかったわ。そして昨日、踏破群により周辺地域の調査が行われたのよ」


 彼女が真剣な表情でその詳細を述べる。


 その調査の結果、第玖血盟以外のものがいたと思われる拠点を発見したそうだ。しかしながらそこに霊力の痕跡以外の手がかりはほぼなく、血盟の行方は分からなくなったらしい。


 そうして調査が打ち切られ、血脈同盟とタマガキの戦いはひとまず幕を下ろした。この西での血脈同盟との戦いは帝都や他の地域でも大きく報じられたそうで、多くの人々の注目を集めたようだ。戦いに参加した血盟の数であったり、踏破群の活躍も大きく注目されたそうだが、特に血脈同盟幹部である第拾壱血盟の死と、引退していた山名が戦ったという部分は、それはもう今一番熱い話題ならしい。


 血脈同盟幹部が戦死したのは、剣聖が第伍血盟を殺害した時以来だそうだ。山名と同じサキモリ五英傑である剣聖は、犬神と同等かそれ以上の血盟を殺したのか。しかし彼なら可能だろうと確信している。何故なら彼の力を、よく知っているから。


 また、山名が戦ったのも三年前以来だそうだ。この出来事は、俺が想像していたよりも相当大きい事態らしい。そのことを話す秋月の興奮度合いからも、それが伝わってくる。そうして、まあ寝ていた間にあった話はこんなものね、と話を締めくくった秋月がお茶を注いだ。


 状況整理が一段落し、気を利かせてくれた秋月からお茶を受け取って飲む。


「流石にまだ市民の話題にはなってないけど、玄一。あなた軍部では結構噂になってるわよ。一役有名人ね! よかったわ!」


 ニコニコ笑う秋月に向かって、口に含んでいたお茶を吹き出しかけた。


「な、なんでだ?」


 俺は気絶していたのに兄さんや郷長はすごいなぁと思っていたところで、そんなことを言われたので全くその理由の想像がつかない。


「なんでって、血盟を倒したからよ。西の防人って有名人が結構いるのよね。山名、御月、そして幸村のじいちゃん。そのうちの誰かかなーってみんな思ってたから、聞いたこともない知らない防人が出てきてびっくりしているのよ。それも若いし。というかあんた本当に十六だったのね。驚きだわ」


 秋月がため息を吐く。年って残酷だわとか言いながら、続けた。


「ん、反応は様々だけど、概ね好意的なものと思っていいと思うわ。天狗にならず、これからも頑張りなさい」


 秋月がよしよしと言いながらこちらの頭を撫でる。年齢の下りが入った後だからだろうか、明らかに子供扱いされていた。......絵的には真逆の立場だと思うんだが。


「あ、それで血盟の死体を確認した関永が掛け合って、青頭巾の懸賞金が帝都から送付されたわよ。あとで確認しときなさい」


 (......そんなのもあったな)


 懸賞金。奉考が持っていたあの血脈同盟の本に書いてあった話が事実ならば、今まで受け取ってきた魔獣討伐手当よりも桁が三つくらい多い。甘味を楽しむ程度の趣味しかない俺にとってそれは、天文学的金額だ。


 懸賞金のことを頭に浮かべていたら、何故か最初に青頭巾と相対した時のことを思い出した。


 ………うーん。


「秋月。その懸賞金、今回の出来事で被害を被った人たちに、全額寄付出来ないか?」


 俺の言葉を聞いた秋月が少しだけ目を大きくして、聞く。


「ん、いいの? 決して受け取ることに後ろめたさを感じる必要はないわ。これは命を懸けて戦った玄一に対する正当な報酬なのよ?」


 あんなぼろぼろになったんだからね、と秋月が念押しする。だが、それでも俺は。


「ああ。わかってる。でも、俺はこっちの方がいいと思うんだ」


 俺の顔をじっと見た秋月が目をそらした後、視線を外し、下を見て少し笑った。


「ん。そ......これからももっとそうしろとか言う訳じゃないけど、私は玄一のその判断が好きだわ。そのお金、とりあえず山名とか参謀あたりにぶん投げときなさい。きっと良くしてくれるわよ」


「わかった」


 気がつけば、秋月と話し始めてからかなりの時間が経っている。部屋の外の方から声がすると思ったら、どうやら医者連中がこちらにやってきたようだ。彼らが一度秋月に退室するように伝え、彼女が立ち上がる。


「じゃ、玄一。またね。動けるようになったら、お寿司食べに行きましょ」


「ああ。秋月も、無理しないでくれ。まだ怪我人なんだから」


「ありがとう。じゃあね」


 秋月が部屋を去る。残った俺の治療を担当したであろう医者が、こちらを見て俺の状態を話し始めた。


 

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