第十九話 襲来
寝っ転がって考え込んでいたせいか、気がつけば眠っていた。体には落ち葉や木の枝がまとわりついていて、立ち上がってそれらを払う。
なんだかまだ眠い。お天道様は
ついこの前まで不気味なまでの静けさがタマガキを包んでいたというのに、なんだか周りが騒がしい。
大騒ぎする兵員たちの声色からして、魔物による襲撃があったようだ。
目が覚める。昼寝なんてしている場合ではない。近くにいた兵に状況を聞くため声をかけようとも思ったが、それをするのを躊躇うぐらい彼らは忙しそうだった。
少し危険だとも思ったが、今は住人が通りにいないので霊力を使い速度を上げて、判断を仰ぐため本部へ向かった。
城壁の上に立つ御月が目を閉じ、斥候に赴いた甚内を待っている。既にタマガキに連絡を入れたが、前線の魔物の様子が変わり始めていた。
しかし彼女にとってこれは何度も見てきた光景だ。彼女は経験則から近々魔物に動きがあるだろうと読んでいる。
日を置き体制は盤石。既に他の要塞群にも魔物の動きに注意するよう通達しているし、警戒を行なっている。魔物を一匹たりともタマガキの方に通す気は無かった。
彼女が警戒するのには理由がある。もしただ魔物が襲撃してくるのならば期間を置く必要がないからだ。こちらを休ませる暇なく攻め込んでくるはず。
では何故魔物は時を置いたのか。それがわからない。
時間を置き、タマガキに奇襲を行うのかとも思ったが各要塞からの報告だとその様子もなく、不気味だ。
目を閉じ考え込む御月が何者かの気配を察知する。城壁の下から誰かが登ってきた。忍び装束の甚内である。彼は汗をかき、焦っているようだった。彼らしくもない。
「御月! やられた! 今すぐタマガキに連絡を!」
そう言った甚内に御月が問う。
「何事だ甚内!」
「魔獣だ! 要塞群のどこにも気づかれず抜きやがった!」
御月の顔が驚愕に染まる。それはありえない。各城塞は最大限警戒を行なっていたし、巨躯の魔獣を見逃すことはない。ましてや、歴戦の防人たる甚内が警戒を行なっていたのだ。いったいどこからと再び御月が問う。
「川だ! 川を潜ってこちらの警戒を掻い潜った! 新種の魔獣だ! 既にタマガキからかなり近いところにいる!」
タマガキの郷本部霊信室にて、開戦以降鳴っていた霊信の機械音が、今までで一番大きな音を鳴り響かせている。
霊信室にいるのは郷長の山名。参謀達。アイリーン。そして俺だ。
霊信での西部要塞群の報告によると、魔獣を含めた魔物の群れが一斉に攻勢を開始。各城塞は交戦状態に突入したとのこと。しかし今話し合うべき議題はそのことではない。
話し合うべきなのはカイト砦から、川を潜水した新種の魔獣が警戒網を突破。タマガキに接近中。との報告が届けられたことだ。
霊信室にいる兵士が声をあげる。
「櫓から報告! 望遠鏡にて北西方向に魔獣の姿を確認したとのこと! 猿人型、そしてその体躯から戦略級魔獣と予測されるとのことです!」
戦略級魔獣。ほとんどの魔獣がこの等級に配され、戦略規模での影響があると目されている。魔獣の等級の中では最下等ではあるが、種によってその強さは大きく変わり、決して油断できるものではない。
参謀連中の顔が険しい。アイリーンからはいつもの笑顔が見られなかった。
山名が動揺を見せることなく、いつも通りに、冷静に声を発する。
「これより、北西方面にて確認された対象、新種の猿人型戦略級魔獣を
その問いに対し、参謀の一人が口を開いた。
「幸いにも魔獣はその特殊な移動経路から、供となる魔物を連れておりません。ここはアイリーンを中心に部隊を形成し、玄一の支援も加えて確実に殺すべきでしょう。ここは我々が知り尽くし、地の利あるタマガキの庭。確かに最初は面食らいましたが、魔獣といえどもたかが一体。こちらの防人は二名。さらに兵員の数も十分。問題ないでしょう」
山名は目を瞑り考え込む。これは参謀達の出した結論だったのだろう。他の参謀から、意見や文句は出なかった。アイリーンは口を開かず出撃命令を待っており、既に準備に移っている。俺も同じように装備を点検し、出撃準備を始めた。出るのはもはや確定的だからだ。ここまで魔獣に肉薄された以上、最大戦力で当たるしかない。
「アイリーン。率直な意見を聞きたい。お前一人でやれるか?」
参謀達が驚く。本来魔獣戦というのは複数人の防人で相対するのが最も安全かつ定石である。危険な能力を持つ魔獣と一対一で戦うのは避けるべきことなのだ。
「新種っすよね? もし幻想級だったりしたら勝てるかはわからないっす。戦略級なら防戦隊の支援があれば確実に」
「よし。それでは伏木の二番隊の半数を連れて出撃しろ。霊力が尽きても構わん。確実かつ迅速に仕留めろ」
参謀陣がどよめく。
山名の言葉を聞いて頭に血が上った。彼は一体何を考えているのか。魔獣がタマガキに襲来したこの状況で、防人である俺を出さない理由などない。ふざけるな。もしかして彼は、俺が新人だからという理由で出さないつもりなのか。
戦わせろ。奴らと。
「郷長。何故俺を出さない! 確かに俺は新人だが戦う覚悟がある! 無論アイリーンを軸に戦うことは大前提だ!」
俺とは違った理由でだが、参謀たちからも不満の声が上がる。これが最善策なのは火を見るより明らかだからだ。迅速に魔獣を殺し、要塞群から抜けてくることが予測されるであろう魔物達と交戦せねばならない。魔獣戦に魔物が混ざると、その妨害から、一気に勝率は低くなる。今求められているのは速さだ。
「これはオレの判断だ。アイリーン。先ほど言った通り兵を連れて出撃しろ」
アイリーンは腕を組んで壁に寄りかかり、口を閉じてじっと様子を伺っていた。山名の命令を受けて、彼女が声を発する。
「私も何故かはわからないっすが......私は郷長を信用するっす。了解っす」
アイリーンが霊信室から出て行く。そんな彼女を見送ることになってしまった俺は、山名の方を向いた。
「郷長。理由を説明してくれ。そうでないと俺は納得できない」
そう言った俺に対し、山名が俺の目を見据えた。のしかかる、凄まじい威圧感。
山名がその口を開く。
「いいか。決して坊主が新人だからとかいう理由で出さない訳ではない。お前らが上げた策は確かに最善策ではあるが、最悪を防ぐ策ではない。これは決定事項だ」
「タマガキ所属の防人、新免玄一。お前は待機だ」
「......了解」
郷長としての命令だと言いたいのだろう。別に俺も規律違反を犯してまで出撃したい訳ではないのだ。少々不満だが受け入れる。もしかしたら俺が未熟でわからないだけで、何か理由があるかもしれない。それに、防人になったのだから、また機会はあるだろう。
俺は要塞群を抜けてくるであろう魔物に備え、いつでも出撃できるよう準備を始めた。
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