第十八話 停滞する戦場

 


 俺が出撃命令を受け、戦ってからはや五日。あの時のような魔物の群体の動きは確認されておらず、散発的な行動に止まっていた。その動きは防戦隊だけで事足りたため、出番がなく暇だ。


 できる限り家に待機するように命令を受けていた住民達も、もうタマガキ周辺は安全ではないのかと疑い始め、平時に戻りたがっている。


 西の要塞群でも大規模な戦闘はなく、同じく散発的な交戦に留まっているようだ。動きを見せぬ群れと、要塞群のにらみ合いが続いている。


 俺はいつでも戦えるよう、刀を握って感覚を研ぎ澄まさせていたが、ここのところはずっと物思いにふけっていた。


 何故かと言うと、先日。夢の中で思い出すことの出来なかった師匠の言葉を思い出したからだ。


 ( 『偶然の成功に頼るのは愚の骨頂。それではいつか死ぬ。必然たる成果を求めるのだ』か......)



 彼はそう言った。俺の実力でいえば魔物と戦って死ぬことはもうないだろう。今回の戦で憶測が確信に変わった。有象無象が集まったところでもう俺を倒せるとは思えない。


 しかし対魔獣では話が違う。今の俺では必然の確信を持って戦うことは出来ないだろう。


 蒼く澄み渡る大空を、地面に仰向けに寝っ転がりながら眺める。空を飛ぶ鳥を目で追いかけた。


 当時師匠は俺が考えていたことを読み取ったのだろう。確信の領域に至るにはどれくらいかかるんだと。そんな時間などかけられないという焦りを読み取ったのだ。


 沈黙を置いた後、彼は続けた。


 (「必然を以って勝てぬ時が来た時、そんな状況で勝敗を左右するのは偶だ。目を使い必ず偶を味方につけよ。その偶を掴み取ることなく停滞を選べば貴様は死ぬ。無論貴様はそれを掴み離さなかったからこそ、ここにいるのだ。それをよく覚えておけ」)


 思い出したこの言葉の意図を、よく考え込んでいた。今の俺は、必然に至れない。ならばこそ、偶然に頼るのではなく、それを自ら掴まねばならないのだろう。







 タマガキより北西。カイト砦。そこに到着した御月は、敵の動きに違和感を覚えていた。


 ここ二日大規模な魔物の攻勢がない。魔物が撤退した可能性を考えたが、甚内が偵察に赴いたところ、魔獣は依然として戦場に君臨しているという。


 そもそもの話、御月が援軍に赴いた理由として、複数体の魔獣が確認されていたというのがある。甚内ならば魔獣を一人で討伐することは可能だが、複数体魔獣を同時に相手するのは彼の能力や実力を加味しても難しい。故に彼女は派遣された。


 その上、幻想級魔獣を確認したという報告が上がったからこそ彼女が出る必要があったのだ。


 幻想級。


 それは魔物の等級のうちの一つであり、幻想級は上から二番目に位置する等級である。エースクラスの防人であれば一対一での交戦も可能であるが、ただの防人であれば複数人で必ず相対すべし、と言われている。そもそも魔獣との交戦はその危険性から常に複数人での戦闘が推奨されているが。


 そんな強力な魔獣に加え更にもう二体の魔獣が確認されているのだ。いくら御月が強いとはいえ、単純な数で考えれば魔獣の方が多い。ここで突如として襲撃してきてもおかしくない。


 しかしそれにしては動きがなさすぎる。御月は何か、キナ臭いものを感じていた。


「甚内」


「お呼びかな。大太刀姫」


 かたくなに大太刀姫と呼び続ける甚内に嫌気が差した御月ではあったが、もういいやと諦めている。


「警戒範囲を今の二倍に広げてほしい。何か魔物に狙いがあるのかもしれない」


「可能ではあるが......しかしこちらに魔獣の襲撃があった時、即座に私が援護出来なくなるぞ。戻ってくるまで時間がかかる」


 彼の懸念に対し御月は心配を感じさせない声で、かつとびきりの笑顔で言った。


「大丈夫。私なら君がいなくても負けない。安心して警戒しててくれどっかいってろ


「まだ引きずっているのか君は!? 悪かったから許してくれ......」


 ちなみに彼は月華による攻撃を避け続けることに成功していたが、その後フェイントにより避けるタイミングを外され、蹴りを貰い吹っ飛ばされていた。彼がそのことを思い出して身構える。


「また蹴られたくなかったらもうあんなこと言うんじゃないぞ? いいな?」


 甚内は頷く他無かった。とんでもない姫もいたものだな、と体を震わせながら漏らしていた。




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