幕間 カイト砦

 


 鳴り響く剣戟の音。援軍として到着した御月とその部隊は、砦に攻勢を掛けていた魔物の背後を付く形で、交戦状態に突入していた。


 御月の月華が煌めきを残し、周りにいた魔物が地に伏す。


 報告では、カイト砦の攻勢に魔獣が複数体参加しているとのことだ。彼女はできればタマガキを離れたくなかったが、複数体の魔獣が攻撃を仕掛けてきたとしても、撃破出来るのは今世西部最強の名を拝する、御月しかいなかった。


 御月達の到着に気づいた砦の兵員たちが打って出る。挟撃を食らう形になった魔物達に、もはや勝ち目はない。


 しばらく経った後、御月がその手に出していた月華を消し、声を上げた。


「全隊! 交戦状態を解除! 一度カイトに入る!」


 攻勢に訪れていた魔物の群れは、御月率いる部隊の手によって、一匹残らず全滅した。






 砦へ入場した後、休息を取るよう部隊に指示を出した御月へ、歩み寄ってくる男がいた。

 その男は忍び装束を身に纏っており、その隙間からは褐色肌が見える。背格好は高く、がっちりとした体つきが輪郭を残していた。頭巾は被っておらず、大気にさらけ出された短髪が風になびいていた。


 男が口元を隠していた布を外し、御月に話しかける。


「久しぶりだな大太刀姫。感謝する。私だけでは詰むところだった」


 その男の声は少し低く、通っている。


「甚内。その呼び名はやめてくれないか。姫なんて呼ばれるような人じゃない。私は」


「戦場で君のような人が戦っていれば皆そう呼ぶだろう。立派になったものだ」


 御月をからかうような様子の男は、楽しげにしている。彼がニヒルな笑みを浮かべながら、そのまま口にした。


「私がもう十歳若ければ口説いていたかもしれないな。いやはや、十歳若ければな」


 やたら格好つけたがるこの男に、御月は呆れた表情を見せていた。しかしおっさんのような発言をした、というかもうおっさんである忍者、甚内はアイリーンと入れ替わる形でカイト砦に派遣されたタマガキ所属の防人である。


「それで、状況はどうなっている。魔獣が攻めてくるなら先ほどのタイミングだと思ったのだが......来なかったな。助かるには助かるが少し不気味だ」


「魔獣に関しては肉眼で確認した。正確には私の『五忍』でな。三体もいたせいで一体持ってかれたが」


 二人は情報共有を行なっている。会話を続ける中で、甚内が御月に質問した。


「それで大太刀姫。君が来てくれたのはありがたいが、タマガキの守りは大丈夫なのか? タマガキが落ちれば西部は詰むぞ」


 その問いに対し、躊躇いなく御月が答えた。


「アイリーンと玄一......新任の防人が詰めている。魔獣一体とその群れ程度であれば問題ないだろう」


「大きく出たな。アイリーンは無論知っているが、新任の玄一とかいうやつ、使えるのか?」


 御月は笑みを浮かべ、カイトより東、タマガキの方を見つめる。まだ過ごした時間は短いが、彼女は確信している。


「大丈夫。彼は確かにまだ粗いが、強いさ」


 それを聞いた甚内は、目をまん丸にさせている。どうやら、彼の予想に反した答えだったようだ。


「大太刀姫に随分と信頼されたようだな。その玄一とかいうやつは。なんだ、惚れたのかね?」


 照れなのか怒りなのかはわからないが、少し顔を赤くさせた御月が叫ぶ。


「なななななな......! 何を言っている! そんなことがあるわけがないだろう!」


 少し過剰にも見える御月の反応を見て、甚内が何かを察する。人差し指を立て、彼がキメ顔で言った。


「察するに、今まで私のようなおっさんばかりの職場で、同年代や年下の異性の仲間がおらず、いざ出来てみたら少し意識してしまう。そんな状態かね?」


「なっ......」


 甚内の言葉を聞いた御月の様子がおかしい。彼女はこういった話題でうまく感情を隠し、躱せる人間ではなかったようだ。プルプル体を震わせている。


 そんな御月の様子を見た甚内はもっと目をまんまるにさせて驚いていた。甚内の発言はカマかけだったようだ。何かに思い悩むような仕草を見せた後、彼が目を瞑り、頷く。


「まあなんだ、大太刀姫。確かにそういうのは微笑ましく、良いと思うが......もっといろんな同年代の人間と関わってから考えるといいと思うぞ。環境が影響しているというのも......」


 再び人差し指を立てながら、聞かれてもいないアドバイスを勝手に始めた男、甚内は、プッツンしそうな御月に気づいていない。


「甚内! なんなんだお前はぁぁあああああああああ!!! 勝手に人の恋愛相談を始めるんじゃなぁあああああああい!!!!」


「なんだ図星か。ってちょ大太刀姫! 月華はまずい! おっさんは反応速度が遅いんだ! 死んでしまう!ちょ、やめ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああ!!!」




 叫び声を聞き、完全武装で何事かとやってきた兵員たちが見たのは、目を瞑りながら真剣を振り回す西部最強と、必死の形相で回避を続け汗ばんでいる、おっさんの姿だった。






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