MeTuberしていただけなのに

ゆーり。

MeTuberしていただけなのに①




日曜日の朝、大学も休みということで竜希(タツキ)はデートの予定を入れた。 待ち合わせ場所は横浜駅で、少し気合いを入れた洒落た服装に身を包み彼女である夕香里(ユカリ)を待っていた。

待ち合わせ時刻は10時であるというのに時計はまだ9時半を指している。


―――早く来過ぎちまったなぁ。


遅れてはいけないという気持ちばかりが先走り早く着き過ぎたが、遅れるよりはいい。 もしかしたら夕香里も同じように、と思ってキョロキョロとしてみるが姿を確認することはできなかった。

手持無沙汰に自然とスマートフォンを開く。 普段なら何気ない行動で時間潰しでしかないが、今日は少し異様なことになっていた。


―――何だこれ?

―――ツウィッター通知の数が凄いことになってる。

―――いつもはこんなに来ないのに、急にどうしたんだ?

―――今日は特別な日とか何かだっけ?


鳴り止まないツウィッターの通知音。 今日は誕生日でもないし、特に心当たりもない。 疑問に思うもそれを無視し習慣になっているエゴサーチを始めた。

エゴサーチとはネットで自身の名前などの情報を元にネガティブなことが言われていないかを検索すること。 普通の一般人なら余程のことがない限り、個人名ですら何も出てこないが竜希の場合は少し違う。


―――どれどれ・・・。

―――よし、俺のプライベートは今日も何も明かされていないと。 


竜希はチャンネル登録者30万人を持つミーチューバーである。 ミーチューバーとはミーチューブと呼ばれる動画投稿サイトに動画を投稿し、収益を得ている人間のことだ。

“ドラキ”という名前で活動しておりプライベート情報は非公開にしている。


―――俺がゲーム動画投稿や配信をしているということは、彼女である夕香里以外には誰にも言っていない。

―――家族にすら言っていない。

―――・・・でもそろそろ家族に打ち明けないといけないんだよなぁ。


登録者30万ともなればそこそこ名の売れたミーチューバーになる。 先月の動画投稿による広告収益は80万円程だった。

正直なところ大学へ行く意味も就職する意味も、竜希にとってあまりよく分からなくなっている。


―――就活しろってうるさいし。

―――バイトで生計を立てているとは言ったけど、親はほんの少しの小遣いだと思っているんだろうな・・・。

―――でも実際はミーチューバーを始めてから、かなりの大金を稼いでいる。

―――そのことを親は知らない。

―――ミーチューバーの方が確かに稼げるけど、将来が安定しないのは分かるよ。

―――でも親に打ち明けても『就職してくれた方が安心するから』って言われるに決まっている。

―――それが分かっているからなかなか言い出せないんだ・・・。 


就職をすると忙しくなり動画投稿をする頻度が減ってしまうだろう。 仕事をしながらのミーチューバーも不可能ではないが、この先のミーチューバーとしての成長を考えると厳しいと考えていた。


―――登録者30万人って結構な数字なんだよなぁ・・・。

―――リスナーさんの期待を裏切りたくないし。


頭を抱えていると着信が鳴った。


―――・・・リュカからか。


リュカはゲーム実況者仲間で一番仲のいい友人である。 会ったこともない相手と友人となると少し奇妙な気もするが、今の時世そのくらいのことは珍しいことではない。

リュカも竜希と同じで完全にリアルとネットを使い分けておりプライベートを公表していない。 ただ会話から分かることも多く、互いに彼女持ちだということだけは打ち明けていた。

 

―――こういう秘密を共有できる程、信頼できるのってネットではリュカくらいなんだよな。

―――というか電話かぁ・・・。

―――出てもいいんだけど今の俺は完全にオフ状態だし・・・。


基本的に完全にオンとオフの切り替えをしている竜希は、いくら仲のいいリュカであってもオフの時は一切連絡を取らない。

今もエゴサーチは客観的に自分を見ることができるためいいが、連絡手段でもあるツウィッターは見ないようにしている。

リュカとはプライベートの連絡先も交換しているが、会ったことないためリア友ではない。 それは互いにそうでリュカも事情を分かっているはずだった。


―――連絡をしても出ないということは、今俺はオフ状態だということが分かるよな。

―――まぁ、きっとコラボの話だろう。

―――またオン状態になったら電話をし返そうか。


そう思ったその時だった。


「あの・・・」

「はい?」


突然声をかけられた 見るとそこには一人の女性が立っていた。


「・・・ドラキさんですよね?」 

「・・・」


恐る恐るといった感じで口から飛び出した言葉。 その言葉に少しドキリとしてしまった。

それは恋とか愛とかそんな高尚なものではなく、単純に現在のリアルである自分とネットのドラキが繋がってしまうという恐怖だ。


「・・・いえ。 違いますよ?」

「そうですか・・・。 すみません」


女性は納得しない表情で去っていく。 緊張が一気に解れ深く息を吐いた。


―――素顔を公開もしていないから普段声をかけられることはない。

―――だけど稀に誰かと話している時に声で判断されて、声をかけられることはある。

―――そしていつも『違います』って返していたけど・・・。


そこで先程の女性の言葉を聞いたときに感じた違和感を思い出した。


―――・・・どうして今の女性は俺がドラキだと分かったんだ?

―――いつもは自信なさ気に『ドラキさんですか?』って聞かれるのに。

―――今のは俺だと断定している感じだった。


考えているとある恐怖を覚えた。


―――・・・あれ?


―――そもそも俺って今日、外で声を出したっけ?



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