♯13 順当


 洞窟内は所々壁が発光しているので、それほど視界には困らない。どちらかと言えば不安定な足元が問題だ。段々川と道の幅が狭くなってきたので、少しつまづくと足が水に浸かってしまう。最初は壁の光とあわせ神秘的に見えていたが、こう何度も足が濡れると不快感が勝ってきた。


(……あいつら流石に気付いてんだろうな)

一心はかなりゆっくり歩いているが3人の足音すら聞こえない。戻った方がいい気がしてきたが、今更戻るのも癪なので一心は進み続けていく。



 「……あれ、川なくないっすか?」


「おかしいな。……来た道をまっすぐ戻って来たんだが。」


その頃、サファイアたちは道に迷っていた。洞窟に道は少なく、戻ればすぐに川が見つかるはずなのだが未だに川の音すら聞こえない。


「参ったな。これでは一心と合流できないぞ。」


思わず立ち止まるが一本道と光る壁だけで、何をどうこうという話でもない。仕方ないのでまた進み始めるが、一向に川も別れ道も見えてこない。


「一心はどこに行ったんだ…?」


武田が思わずぼやく。小さな声だが洞窟内で反響し、自分の声がそのまま繰り返される。自分のぼやきを聞かされ若干顔をしかめる武田。その後ろで佐藤が顔を青くしていた。


「……ふ、2人。なんか聞こえるっすよ。なんか、動物の鳴き声みたいな……」


佐藤が異変を知らせようとした瞬間、轟音が洞窟に鳴り響いた。3人が耳を押さえる間も無く壁が崩れ、辺りに岩石が飛び散る。発光する壁は崩壊を続けついには天井までもが瓦解する。


「間に合えッ…!」


サファイアが咄嗟に氷の障壁を生成し、3人は一時的に安全を確保する。しかし。


(これでは身動きできない…!)


氷の障壁で空間を保ってはいるが、3人は完全に生き埋め状態。氷が溶けるのも時間の問題だ。そして既に、氷は割れ始めている。


 「……な、何の音だ?!」


轟音に驚く一心。何となく焦り走り出す一心だが、後ろの壁が崩壊し走らざるを得なくなる。足場が悪いなどと言っている場合ではない。全力で駆け抜けていくと、しばらくして崩壊が止まった。


「なん……へ……?」


安心する間も無く、一心の顔が凍りつく。崩壊した壁に穴が空いている。そしてそこから。

「は……?」


——姿を現したのは、蛇のような化け物。口は大きく裂け、不自然についた四肢が不快感を煽る。頭部には触覚のような突起と大きな翼が生えており、どちらかといえば昆虫のような雰囲気だ。そして何より、その大きさ。洞窟を崩しながら進むほどの巨体。人間など物差しにもならない。


「キイイイイン!!」


金属音のような金切り声を上げ、枯れ枝のような前脚を振り上げる。


「うわぁッ!」


思いの外速い。体感ではコアの槍とそう差がないほどの速さだ。怪物はなおも前足を振り上げ、襲いかかる。


「クソッ!」


走り出す一心。幸い走力はさほどないようで、蛇のように体をうねらせ地形を破壊しながら追いかけてくる。揺れに足元が掬われ転びそうになるが何とか堪える。


「ギギイイイイッ!!」


怪物は口を大きく開き、身を乗り出して突進してくる。四肢が折れるような音を鳴らすも、自分の体すらお構いなしだ。


「オオオッ!」


すんでのところでかわし、走り続ける一心。一心はサファイアに言われたことを思い出していた。


『竜を灼き落としたのはお前だ。』


(……そうだ、俺も魔法が打てるはず!)


怪物との差も開いてきている。一心は川に身を投げ、空中で怪物に向き直る。


「喰らえ———」


確かに、一心の指先から炎の魔法が放たれた。洞窟全体を朱色に照らし、燃え盛る火炎が怪物に直撃した。

 

 ———だがそれよりも早く。怪物の針のような尾棘が、一心の腹を貫いた。


  












 

 「ガ…ア…ァ……ナアアッ!!ゲホッオッ、オアアッ!痛い、痛い!ウアアッグッア、」


怪物に貫かれた腹部から血が溢れる。川に流されながらも呻き声が洞窟に響き渡り、その反響音すら苦痛に変わる。


「ア……ア……グウ、ウ、ガハッ!ゲホッゲホッ」


全身に痺れが走る。まるで体中を虫が這い回るような不快感が襲う。激しい耳鳴りが思考を潰すようだ。


「……ゲホッ……ア……」



苦痛だけが意識を支配する。


「……ウ…」



やがて苦痛も感じなくなり。


「……」






———菅原一心の呼吸は止まった。




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