あやかしきまなびや

裂刻

プロローグ:あやしいもの

 『妖怪ようかい』。


 この言葉を聞くと、大概の人間は異形の化け物を思い浮かべる。自分たち人間とは明らかに異なる、正体不明の恐ろしいものをイメージする。ただ改めて考えてみると、言葉の意味としてはそんな恐ろしいものではなく、非常に単純なもののように思える。


 なにしろ『あやしい』と『あやしい』である。いったいどれだけ『あやしい』と感じればこんな言葉ができるのだろう。


 『妖しい』は神秘的、『怪しい』は不気味という意味を含むという。しかしその根底には、どちらも「よくわからないもの」という意味がある。神秘的であれ不気味であれ、『妖怪』とは「とにかくよくわからないもの」を指すといえる。

人は自らの理解が及ばない事象に対し、このような極端な言葉を当てはめた。自然現象に妖怪の姿を当てはめたとしても、妖怪を実際に目撃していたとしても、最初にこの言葉を作った人物が抱いた感情がどのようなものだったのか、今となっては誰にもわからない。


 ここでふと思う。なぜ『妖怪』という言葉を聞いて、人間を思い浮かべる人間はいないのだろう。なぜ『妖怪』という言葉を人間に用いないのだろう。人間は「よくわからないもの」という意味の言葉を作り、それを人間以外に当てはめた。


 ならば、人間は人間のことをわかっているのだろうか。人間は自分以外は勿論、自分自身のことすら理解できないことが多々ある。倫理・常識・合理性、様々な要素を合わせて考えても、状況によって人間の言動は目まぐるしく変わり続ける。他人からの理解を得ることはいつだって困難で、自分自身が何を求めているのか悩み続ける。人生の意味を探しているうちに人生を終え、どこか虚無感を覚えながら旅立つ者は少なくない。


 「それが人間だから」と言われれば無論そこで話は終わる。しかし、ならば尚更、人間とは何なのだろう。『妖怪』という言葉の意味だけを考えたとき、人間も十分『妖怪』といえるのではないだろうか。


 半分言葉遊びのような感じで難しく考えてみたものの、やはり具体的な結論は出ない。別に妖怪と人間の根本について結論を出したいわけではない。よくある怪談のオチみたいに「結局は人間が一番怖い」とか言いたいわけでもない。かといって「妖怪にも色々と事情がある」などと言うつもりもない。


 ただ、人間であれ妖怪であれ、そこに存在する限り多くの事柄と向き合わなくてはならない。自分のことも自分以外のことも、世の中はよくわからないことだらけである。それでも進み続け、考え続けなければ、あっという間に時間は過ぎ去ってしまう。その過ぎた時間に意味があったのかどうか、全て自分次第。


 明日に向かうためには、今日に立ち向かい続けなければならないのだ。


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