二人暮らしの限界学生

@Fimbul

第01話 家探し

「くっ……」


 一人暮らしにかかる費用を何パターンも計算しながら、私は焦っていた。

 

「これ、なかなか厳しい……」




 勉強は、それなりに頑張った方だと思う。「こんな式何に使うのか分からないし」とか「大学なんて行かなくても生きていけるし」といった主張の友達は周りに何人もいたけれど、私は終始自分の決めた目標をぶらさずに大学受験を終えた。彼らの主張が間違っているとは思わないし、私自身も普段から真面目に過ごしているタイプの高校生ではなかった。ただなんとなく、やるべき時は真剣に取り組んだ方が良いような気がしたのだ。

 目標にしたのは都内の有名大学だった。地元である千葉県の房総ぼうそうからはかなり遠く、一人暮らしを前提とした志望だった。両親はかなりの放任主義で、私の大学選びに反対することは全くなかった。「学費は負担するが、親元を離れて暮らすつもりなら自分でなんとかなしなさい」というのが父の意見だった。


 結果、第一志望の大学には届かなかったものの、第二志望としていた横浜よこはまの大学からは合格をもらうことができた。行き先の決まった安堵感に一通り浸ったのち、私は一人暮らしの計画を立て始めたのだが――。




「――大学どころじゃないよこれ! バイト入れまくらないと生きていけない」


 自室の勉強机に腰掛けて大学周辺の部屋の家賃を確認しながら、私は思わず頭を抱える。ここに光熱費と食費とその他諸々が追加されて……と考えるだけで頭が痛くなってくる。


「なんで横浜の家賃ってこんなに高いの。寮も全然安くないし」


 と田舎暮らしで麻痺していた自分の感覚と現実とのギャップに失望しつつ、頭を全力で回転させて解決策を探す。

 まずパッと思いついたのは、ばか長い所要時間を我慢して実家から通うという方法。すぐさまポケットからスマホを取り出し、調べてみる。


「電車で3時間以上……アクアラインの高速バス使っても2時間以上……」


 却下。アクアラインに横浜行きの電車が開通でもしないかぎり、実家からは通えなさそうだ。

 次に思い浮かんだのは、両親に頼み込んで家賃を出してもらうという方法だが……。父の性格からして、今更考えを変えてくれるとは思えない。頭を下げたところで、自分のプライドに傷がつくだけでおしまいのような気もする。

 

「ああ、もうっ」


 考えが行き詰まって、私は仰向けにベッドに寝転がる。やっぱり死ぬ気で働くしかないのだろうか。半ば諦めつつ、やけくそにSNSを開く。


「みんな、どうしてるんだろ」


 検索欄に指を伸ばし、『#春から一人暮らし』と入力してみる。しばらくの間、通信中のクルクルマークと睨めっこをする。なんだかうちのWi-Fiはいつも調子が悪いような気がする。


「やっとでた」


 バババッと検索結果が表示された。私は有益な情報がないか、指で画面を下にスクロールしていく。『夜一人で寝るの怖すぎる』『朝起きれる気がしない』などの特段参考にならない呟きが並ぶ中、ある一つの投稿が私の目に留まる。


『春から横浜大学に通う、お金のない大学生です。どなたか共同生活しませんか。連絡ください』


「この人、私と同じ大学だ……」


 約30分前の投稿。プロフィール欄を覗いてみると、マキ、女、18歳、大分出身、と書いてある。

 自分と似たような状況の人がいるという安心感が私を包む。解決策が見つかったかもしれない、という期待感が私の中に広がっていく。


 少し考えてから、私は大きく息を吸ってベッドから起き上がる。ダイレクトメッセージのマークに指を運び、慎重に文言を選び、何回も見直し、そして送信ボタンをタップした。

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