大切な宝もの

@sck

第1話 箱

「咲ちゃんにとって、宝物ってなに?」

 私を抱き終わってタバコの煙をゆっくりと吐き出しながら、男は聞いた。

「しんどーさん、あります?パッと思いつくもの。」

 私の頭の中にはあらゆる高貴そうなアクセサリーやぬいぐるみなどが一瞬思い当たったが、手放せと言われた多少の悔いは残るだろうが手放すものだろう。

 質問をしてきたしんどーさんも、特に思いつくものはないらしい。空中をぼーっと見ながら頭の中で様々な物品を漁っているように見える。


 しんどーさんと私が、こうしてたまに二人で会い、お酒を飲んだり趣味の話をしているというのは他の誰にも知られていない。

 いつも私の家で飲み会は開催されるのだが、私が話したいことをそのまま喋ったり、しんどーさんが心地よく聞いてくれているから、いつも何となくの言葉で二人は繋がっている様子だった。

 こんな生活が半年ほど続いたところで、私の人生のリズムには確かに「しんどーさん」が生まれ、それを「しんどーさん」に見返りを求めるようなことは決してならない気がしている。あくまでも私、しんどーさん、それぞれがいて、二人は融合することが認められる感覚でもあった。


 私は三十歳を目前にして、ただ漠然とこの幸せな時間が、他の誰にも邪魔されずに進んでいけばいいと思っていた。特に私からアクションを起こすこともなく、あちらからはそんなに気にかけられていない、と認知しておくことで心に少しでも余裕が生まれた。


 通勤途中、しんどーさんが不意に聞いてきた宝物のことについて思い出してしまった。「宝物...」物欲もなく、金目のものは持っておらず、友情が一番の宝物だと言い張れるような人間付き合いは苦手にしてきた方だ。ここでもし友人が死んでしまったらのことを考えたが、悲しく、心にくるがきっと一生を誓ってその友人を想い続けようとはならないような気がする。

 なんとなく、手に持っている携帯で「宝物」と検索してみると、見当違いなキラキラしたネイルやコスメパッケージ、華奢で控えめなネックレスなどが出てくる。ホワイトデーの季節だからか。

 こういうキラキラしているものを目の当たりにすると、自分がいかに「もの」に興味がなく、自らの手でそれを望んでいないことを実感する。


 会社についてから、隣の席でふわっと香水の匂いを放っている真優ちゃんに聞いてみた。「ねぇ、宝物ってある?」

「どうしたんですか、咲さん、強盗でもするんですか?」

 一瞬不審の目を向けられたが、違う、先日友人と話していてなんだろうね、って話になったんだときちんと説明した。

「うーん、やっぱり彼氏ですかねぇ。ものと言っちゃ失礼かもしれないけど、やっぱり彼氏のことは大好きなんで!」

 屈託ない、キラキラした瞳で笑顔を作られると、それが正解だ、と思った。

 なるほど。宝物には愛も通じているらしい。愛おしい、失ったら悲しいどころではない、絶望、そんな風な言葉も一緒についてくるものだと思った。


 その日はなんとなく「宝物」が心の中にあった。まだ中身が入ってない、空っぽの箱だった。この箱の中に何が入ったら一体私は満足するのだろう。

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