第16話 『悪役令嬢』は『ヒロイン』とランチ
聖ユノベール学園の食事は、学園によって用意される。もちろん普通の学食ではない。王太子も通う為、毒による暗殺が考慮されている。
食事に行くタイミングは既定の時間であれば学生次第で、すべてランダムに配膳され、食器は例外なく銀製のものが使われている。王宮などと同じく、特別な係の者が紛失や学園のもの以外が紛れ込むことなどないよう、厳しく管理している。
細かい傷がついていぶし銀に光るカトラリーは、手入れの簡略化のためにか装飾はほとんどない。しかし手に持ってみると、銀の重みも握りやすさも公爵家でファナが使っているものに決して劣らない。
そんなカトラリーで口に運ぶ料理の味のクオリティが前世に劣らないのは、カミサマの手腕か前世の記憶か、世界観的ご都合主義の恩恵だろう。
学園内は、基本は貴族の生活に合わせてある。昔はもっと狭かったらしいが、卒業生の寄付金で増築されている。そのおかげで広く空間が確保されてある食堂内は、少人数用のテーブルごとに席は分けられ、友人達とゆっくり食事ができるようになっている。
(でも、今日はなんだか落ち着かないわね)
公爵令嬢と特待生、という組み合わせはそんなに目を引くのだろうか。一挙手一投足、食堂中から好奇の視線が飛んでくる。この間の一件が知れ渡っているのか、ファナとエルアがエドワードを取り合っていると思われているからか。
テーブルの向こう側、そんな視線に気が付かないエルアと目が合う。
「ファ、ファナ様。これ、とても美味しいですね」
エルアは嬉しそうに嬉しそうに、ファナの名前を呼ぶ。何度呼んでも呼び慣れない、そんな付き合いたてのカップルのような初々しさが感じられる。それをファナは照れ臭く思いながらも、微笑みで肯定を返した。
『お友達』なのだから
正直、友達に命令はどうかとは思うが。
(だって、ああ言う他ないわ。エルアがレジーノ呼びをやめないのだもの)
それでも様付けは譲れないとエルアが言い張り、今の『ファナ様』呼びの形に落ち着いた。
エルアは意外と頑固だ。よく言えば、芯が強い。不思議なところで、ファナに躊躇なく食い下がるところがある。そういう意味では、迫力たっぷりに線引きしがちなファナの初めての同年代での『お友達』としては素晴らしい素質と言わざるをえない。
「ファナ様はいつも髪を綺麗にされていますね」
ファッションについてだなんて、なんて女子学生らしい会話だろう!
入学してからというもの、ファナの髪型は毎日違う。ポニーテール、ツインテール、サイドテール。編み込みに、三つ編み。ハーフアップ、フィッシュボーン、チャイナ娘風ヘア、病弱なお母さんがしがちなルーズサイドテール、エトセトラ、エトセトラ。
今日は低めの位置で三つ編みをシニヨンにしている。
「ありがとう。私の髪型を変えるのが好きな誰かさんがいるのよ」
春の舞踏会のドレスアップで、顔がいいとめかすのが楽しいという変身の味を占めてしまった。前世だと、一般の会社勤めだったし、男で腰まで届く金髪ロングヘアなんてとても出来る環境ではなかった。ファナがせっかくのパツキン高飛車お嬢様なのだ。ツンデレ御用達のツーサイドアップのような、難易度の高い髪型をしないでどうする。
(ヒロトが何を言っているのかは分からないけど、ちょっと気持ち悪いのは分かるわ……)
エルアは自分の黒髪を見下ろして、溜息をついた。
「綺麗な金髪、羨ましいです。私は黒髪だし、癖毛だから」
癖毛、というにはあまりに美しいカールの黒髪なのだが、エルアはあまり気に入っていないようだ。
ネヴェリアでは、一部の地域を除いて、身分の高いものほど髪や目の色素が薄くなっていく傾向がある。だから庶民の女性は色素の薄い髪に憧れが強いらしく、お酢で髪を洗って脱色するなんて美容法があると聞く。特に黒髪は女神と敵対した魔王の髪の色と歌う古詩が残っているせいか、大昔は偏見も多かったらしい。
黒髪に紫の目の妖しい魔王など、前世の感覚なら美形で間違いないし、大変厨二病心をくすぐられるが。そこは文化的な違いだろう。
「そう? 私は初めて会った時、貴女のこと綺麗だと思ったのよ」
礼拝堂から高い窓から射す光の中、振り返る輝かんばかりの美少女の姿。その姿を見て、ファナも綺麗だと一目で認めざるを得なかった。
エルアはファナの言葉に、頬を赤らめて溶けるように笑う。その仕草のあまりの自然さは、流石と言わざるを得ない。
(そこまでして、『ヒロイン』って言葉を避けなくてもいいわよ。別に言葉狩りをしたいわけじゃないもの。にしても、オセローとは違って、素直すぎてこちらも素直にならざるをえないのが恐ろしいわ)
季節が初夏に差し掛かっても、オセローの態度は相変わらず春先から変わらない。オセローとの確執は、前世の記憶を取り戻してからよりもずっと長い。気長に待つしかない。
(そうね)
とは言いつつ、ファナはじれったく思っている。オセローにファナが変化を求めるように、そのせっかちで直情的な性格はどうにかした方がいいと思う。
「綺麗だなんて、私なんかにはもったいないお言葉です」
エルアがこんなことを言えば、すぐにファナは言い返すのだ。
「『私なんか』と言う言葉は好きじゃないわ。『私はエルア・ネジブランカよ、何か文句ある?』と思うくらいでちょうどいいのよ」
それはどうかとは思う。エルアだって驚いた顔をしている。謙遜は美徳だし、ちょっと引っ込み思案な女の子は大変可愛らしいと思う。
(それは貴方の好みでしょう。大丈夫、人はそんなに簡単に変われないのだから、強めに言うくらいがちょうどいいのよ)
ばしっとファナが切り捨てる。
この間の口論から、ファナはよりはっきりと自己主張するようになった。別にこちらも指示厨にねりたいわけではない。不満を貯めて、後で爆発されるよりは、ずっといい傾向ではある。
ファナはすっかりエルアにお説教モードになってしまった。
「貴女は他の方に推薦されるような人物なのですから、堂々としないと、その方に失礼になります。貴女は優秀なのです。それを隠そうとするのは、貴女自身にとっても恥ずべきことです」
「は、はい。ありがとうございます」
エルアは素直に返事をした。また余計なことを、とファナが内心自分に毒づく。いつもファナは口に出してから後悔する。
まあ、悪徳も裏返れば美徳になる。お節介は言い換えれば面倒見のよさだし、情が深いことのあらわれだ。わがままな性格は、よく言えば場の空気に関係なく自分の意見を言えること。わがままで情念的で差し出がましい悪役令嬢も、見方を変えれば、ヒロインにとって良い友人となる。
「ファナ様はいつも私のことを考えてくれて、嬉しいです」
エルアが手を合わせて喜ぶ。
「『お友達』ですもの、普通のことよ。エルアも私に何か思うことがあったら、率直に言って頂いて結構よ」
「まさか、ファナ様は完璧です!」
この狂信さは友達としては変なのだが、これもファナがエルアが心から拝する女神ユノベールに似ているせいもあるだろう。
(貴方も変な設定をつけたものね)
ナプキンで口元を拭い、水の入ったグラスを傾けながらファナはそう思う。
揺れるグラスの中身から視線をずらすと、遠くに居るハーゼルと目が合った。それを認識した途端、ハーゼルが目をそらす。
(アルミタ卿、またこっちを見ていたわね)
最近、ハーゼルが時折こちらを見ていることが多いというのにファナは気が付いている。
ハーゼルは遠くからでもよく目立つので見つけやすいのもあるだろうが、やはりエルアのことを見ているに違いない。まだエルアとハーゼルは直接話したことはないが、ヒロインと攻略対象だ。自然と惹かれるのだろう。特に、ハーゼルはエルアに庇護欲的な感情で引かれていく設定だ。目で追ってしまうのだろう。
(本当に、貴方も変な設定をつけたものね)
ファナは呆れるが、仕方ない。ハーゼルは先輩の『攻略対象達の間の関係性をもっと作り込んだ方がいい』『最愛のウチノコちゃんを嫁や婿にやっても惜しくないキャラを作れ』というアドバイスで、一番最初に深堀りし始めていたキャラなのだ。
エドワードとは従兄弟の関係にあり、辺境伯と地位は高い。表立った外見による差別などはないが、自ら線引きをしている。年が近いので、エドワードについては強く意識している。
祖父の代までは武力名高き小国アルミタであったが、父親が現国王の妹である母親と婚姻を結び、ネヴェリア王国の一部に組み込まれる。軍隊的男社会で生きてきたので、権力欲が強い。
母を慕う文化がアルミタにはあり、母親思い。ゲームでヒロインに惹かれる切っ掛けは、いじめられて涙をこぼす青い目などに母親の面影を見たこと、父親や自分と同じ暗い髪色だったことによる。
惹かれる理由が、一目惚れタイプの攻略対象なのだ。
(物語や物語の根幹の設定を全然作っていないのに、キャラクター造形だけは深いのは何度聞いても変だわ)
そりゃあ、創作のやり方なんて人それぞれだ。思うがままにその場その場で書く者、頭の中ですべて設定を作ってから書き始める者。世界観から作る者、キャラクターから作る者。
ストーリーで語らなくとも、キャラクターの人生の履歴書を作る創作者の話だって聞いたことがある。
(ふうん、色々あるのね)
ファナはあまり興味のないご様子だ。
とにかく、そろそろ社交界シーズンのピークである『夏至の祭り』で、それが終われば夏季休暇だ。秋の選択授業が始まる前に、エルアには今会える攻略対象には全員遭遇しておいて欲しくはある。
おそらくエドワード、ハーゼル、ファナも遭遇していないジェシーの中で、一番攻略難易度が高いのは王族であるエドワードだ。だからエドワードに早々に出会っているのは良いことだが、最近のエルアはファナと一緒に居るばかりだ。知らないところでイベントが進んでいるのかもしれないが、保険としても、同級生であるハーゼルには遭遇しておいて欲しい。
(私がエルアと一緒に居るから、アルミタ卿は声をかけづらいんじゃないの?)
それは、ありうる。ハーゼルは、集団行動は身についているが、普段は無口で、あまり人を寄せ付けないタイプだ。しかも、庇護というからには、か弱い女の子がタイプだろう。自己主張の強いファナがエルアの隣に居れば、近寄りもしないだろう。
(悪かったわね、図太そうで。でもそれなら、機会を逃さず、話せる環境を作ればいい話よね)
エルアとハーゼルを二人きりにすればいいとは思う。
(なら、決まりね。そうなるように気を付けましょう。策略だなんて、悪役令嬢らしいじゃない?)
ファナはそう宣言する。しかし、最後の言葉は余計だ。ファナはもう悪役令嬢なんかではない。エルアの友達なのだ。
(そうだったわ。なんだか慣れないものね)
ファナがつい、くすぐったそうに笑う。すると、エルアがそれに気が付き、何かいいことがあったのかと聞いてくる。
「ええ、とても」
ファナはエルアににっこりと笑いかけた。
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