ひなたぼっこの話
遊月奈喩多
ある日の昼下がり
テレビでは、このところ近所で起きているという怖い事件のニュースが流れています。外は怖いことばかりだと、
麗ちゃんは、あったかい
麗ちゃんは今日も、縁側から見えるものを眺めています。このおうちは
夏よりもひと足先に終わってしまった夏休みを惜しむような声とともに、子どもたちが歩いています。けれどそのちょっと後に来た子たちは久しぶりに会えたと嬉しそう。そういえば今年はいつもの夏よりも人に会わなかったような気がします。
何かあったのかな? 麗ちゃんは少しの間考えましたが、やめにしました。だってそんなことを考えている間にも、目の前の景色はどんどん移ろっていきます。難しいことは考えないのです、考えるのは夜寝る前とか、お部屋の中とかで十分です。
目の前の道路を、救急車が慌ただしく通り過ぎていきました。そのすぐ後にはパトカーも。近くを歩くお姉さんたちがなんだかざわざわしていて、空気がピリリッとした気がします。いったい何だろう? 気になった麗ちゃんは縁側から下りて外の様子を見に行こうと思いましたが、その前にちょっとお腹がすいたので、真後ろのお部屋でご飯を食べることにしました。
テーブルの上には、ちょうど作ったばかりだったらしいコロッケが置かれています。しばらく外を見ていたから少し冷めてしまっていますが、それでもとってもおいしそうで、麗ちゃんは思わず「ふふふっ」と笑ってしまいました。
「いただきまーす♪」
麗ちゃんは大きく口を開けてコロッケを頬張ります。サクサクの衣にホクホクのお芋、何よりその温かさに、どんどんお皿の上のコロッケはなくなっていきました。
他にも何かないかな? 麗ちゃんは立ち上がって、台所に向かいました。少し迷いましたが、着いてみるとまだ他のおかずもあったのでそれもぺろりと
「ごちそうさま!」
行儀よく手を合わせた麗ちゃんは、元気に挨拶します。静かな家に、麗ちゃんの声はよく響きました。それからまた縁側に座ると、大きなカメラを持った人たちがたくさん、さっきの救急車とパトカーと同じ方へ向かっていきます。
どうしたんだろう? ちょっと気になりましたが、そのとき庭に可愛らしい猫が入り込んできたので、麗ちゃんの気持ちはすぐにそちらへ向かってしまいました。
どこかで飼われている猫なのでしょうか、呼びかけると特に警戒した様子もなく近付いてきました。麗ちゃんは猫を抱き抱えて、少しずつ淡い色に変わっていく空を見上げます。風に吹かれて形を変えていく雲を見送って、もう少し時間が経てばきっと空はあかね色に染まっていくのでしょう。麗ちゃんは綺麗な夕焼け空も大好きなので、なんだかワクワクしました。
「~♪」
鼻唄混じりに猫を撫でる麗ちゃん。ごろごろ、みゃうみゃう。無防備に、無垢に、猫は麗ちゃんにじゃれついてきます。そんな姿が可愛くて、麗ちゃんは思わず連れ帰りたくなりましたが、もしこの猫に帰る家があったら可哀想なので我慢しました。
だからもうちょっと、もうちょっと……そう思いながら猫と遊んでいたら、夕焼けチャイムが鳴ってしまいました。もうみんな家に帰る時間です。麗ちゃんは、まだお昼の色合いのままな青空を見上げながら、名残惜しそうに振り返って言いました。
「もう帰んなきゃ」
立ち上がって、花のような笑顔をそれまでいた家に向けます。どうか次もこのおうちに遊びに来られますように、と願いを込めて。だってせっかく明るい縁側があって、外もよく見える場所なのですから。
どうしてか麗ちゃんの遊びに行った家は、その後になると遊びに来られなくなってしまうのです――怖い顔をした人たちがいっぱいいて、黄色いテープを張られて、入れなくなってしまいます。ここはそうならないといいのですが……。
「じゃあね、ばいばい! またくるね♪」
お昼みたいな明るい空の下、麗ちゃんは真っ赤に染まった静かな部屋に向かって笑顔で手を振りました。
答えてくれる人は誰もいませんでしたが、麗ちゃんはそんなこと気にしません。静かに寝転がっている人たちにちゃんと目をやってから、もう一度「ばいばい!」と言って、麗ちゃんは家を後にしました。
また遊びに来たいな――そう思いながら、足取り軽く家路に就くのでした。
* * * * * * *
次の日のテレビで、また一家惨殺事件のニュースが取り上げられました。
ひなたぼっこの話 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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