窓の外だけ異世界転移(※出られません)

@FuJicRa

我が家の窓はね…

都心から少し離れたほどほどに田舎なとある街。

そんな場所に建てられた築58年の庭付き一軒家(リフォーム済み)。

数年前に祖父から受け継いだその一軒家が俺こと亜雲太一の自宅である。

ほどほどに田舎ではあるものの、コンビニ(10年くらい前から24時間営業になった)は車で10分と掛からず行けるし、スーパーもそこそこ近い(でも閉まるのは早い)から割と生活には困らない。

ただ、都心への通勤には車で片道1時間強を要することが難点ではあるか。

そんな難点があっても、やはり古くとも一軒家であり、何より子供の頃から慣れているこの家が俺は好きだ。

まぁ、だからこそこの家を受け継いだ訳だが。

それに、この家の庭から夜に見える景色がなかなかに良いんだ。

田舎だからこその明るく見える星空。

その下にあるのは中腹に神社を抱えるなだらかな稜線を描く裏山のシルエット。

月や星がキレイに見える日は、これがバッチリ見えるから良い。

そんな景色を眺めながらゆっくり酒を飲むのが仕事に疲れた俺の週末の楽しみでもある。

俺も30になりそれなりに昇進もしたもんだから、下からの突き上げと上からの圧力で日々生え際や胃の心配をする生活でのガス抜きをするのだ。

そしてまた月曜日のクソ野郎恐るべきヤツとの邂逅に備えて英気を養うのだ。

幸いにして独り暮らしの独身ゆえ、誰にも文句は言われない。

アニメや漫画、ゲームなんかでの現実逃避もしたりもするが、やはりひとり酒この時間は欠かせない。

だからして、俺は毎週欠かさずその時間を大事にしていたのだが…。



『のう、タイチ。 聞いてくれるか? またうちのバカどもが会議の場でを破壊したのだ…。』

「相変わらずなんだ、ソレ。 魔王様・・・には怒られないのか?」

『怒られはするさ。 …吾が』

「あー…」

『お前の管理能力が無いからだ、とな。 そして部下の失態は手綱を握り切れぬ吾の責任だと修繕費用も吾が負担している。…いっそ殺してしまいたくなる。が、ソレをするのは簡単だが、我等魔王軍・・・・・に多大な影響が出てしまうのでなぁ。ソレがまた腹立たしい…』

「まぁ、仮にも“べっさん”の言うバカどもって魔王軍四天王・・・・・・だからなぁ…。ソレを殺すの簡単って言うべっさんも大概だよな」

『魔王軍は実力主義だからな。でなければ今の地位には居らぬさ』


分かる。分かるよぉ。

部下の暴走は上司の責任。

尻を拭くのはいつでも俺達の仕事さ。

それはさておき…

お分かり頂けるだろうか?

ちなみにコレ、1人2役ってオチも漫画やアニメ、ゲームの話って訳でも無いんだぜ?

今夜もハイボール缶3本目だが、まだまだ大丈夫。正気だ。

ついでに言えば、我が家の所在は令和の日本だ。

なんでこんな傍から見たら頭がイカれてるとしか思えない会話をひとり酒タイムにしていいるかと言えば、これには訳があるのだ。


実は3ヶ月くらい前にこの辺で、ちょっと大きめの地震があったんだよ。

その時に裏山の神社の要石がズレたらしいんだが…何故かソレ以降、決まって週末の夜に我が家の庭だけ異世界になるんだよなぁ。

それも魔王城の裏庭。

もはや意味不明過ぎて深く考えるのを諦めました。

で、突如変わってしまった庭の景色に呆然としてたら“べっさん”、ヴェゼルギスハーヴェンゼンター魔王軍統括参謀(御歳1238歳の竜人♂)と目が合い、何度か庭だけ転移を繰り返してる内に飲み友達になり今に至ると言う訳でして。

まぁ、出会った直後には勿論色々あったが、割愛。

割愛した中には名前が長過ぎて言い辛いからべっさんと呼ぶことにした話も入ってるのはご愛嬌。

今ではいい友人だと思ってる。

ああ、ついで言うと庭が魔王城の裏庭になってる時って庭の窓が掌分くらいしか開かなくなるんだよな。

ちなみに玄関は開くし、庭にも回れるんだが、何故か外から見ると異変は何も見えないからもうお手上げ。




『いっそ全員の首をすげ替えられるよう、後進の育成に今以上に力を注ぐべきか…』

「ソレもやるべきだろうけど、やっぱり罰則ちゃんと決めたら?今はべっさんとか魔王様が一喝したりしてんでしょ? それで懲りないし、殺せないんなら実際にペナルティを与えて覚えさせてみたらどうなの?」 

『うぅむ、ペナルティか…。 腕や脚を斬り落とすくらいなら見せしめになるか?』

「ぶ…っ! いやいや、そこまでやるとソイツが使えなくなるんじゃない?」


ビックリしてサキイカ吹き出しちゃったよ勿体無い。

飛んだサキイカを拾ってまた口にしつつ、べっさんにはそう返す。

ついでに開けた新しいハイボール缶がカシュッと小気味いい音を立てた。

キュポンッ、少し開いた窓の向こうからそんな音がしたことを見るに、べっさんも新しい酒瓶を開けたらしい。


「あ、べっさんもサキイカ食べる?」

『おお、サキイカか。 なかなかに良いアテになるから有り難い。 では吾からはミノタウロスの燻製を渡そう』

「お、ソレ好きなんだよね。 じゃあ交換交換、ほい」

『うむ』


俺はお徳用サキイカの袋を開けると、そのまま窓からぬっと出て来たゴツくてデカい爬虫類の爪に引っ掛けて渡す。

直後、一端引っ込んだ爪に摘まれた不思議な葉の包みを代わりに受け取った。

うん。 やっぱり美味いぞミノタウロス。 

高級な牛肉の様な肉自体もさることながら、程よい謎のスパイスと何のチップか分からんけど、イイ感じの薫香が素晴らしい。


「で、ペナルティの話だけどさ」

『うむ』

「今たしかまだ人間と戦争中なんでしょ?」

『ああ。 その戦争の攻め手の一番槍の取り合いが最近は多くてな。 襲撃箇所を変えるたびに…げふぅ。おお、失礼した。 次の一番槍は自分だとどいつもこいつも…』

「なるほどねぇ。 あ、なら暴れたり物を壊したりした奴は出撃禁止にしたら?」

『ほう? …いや、しかし4人とも暴れたら誰も行けなくなるか』

「や、そこは全員ダメならべっさんが行けばいいんじゃない? 四天王はバカ過ぎて出撃出来ないからって魔王様に言ってさ。 で、暫くは攻める場所もなるべく魔王城から離れてない場所にして城を空ける期間も少なくして。 で、べっさんが功績上げまくって魔王軍全体に「あれ?コレ四天王とか全然戦ってないし役に立たないから要らなくね?べっさんと魔王様がいれば十分じゃね?」思わせるのさ。そうすりゃ四天王も「これはマズい」って思ってさ、出撃したさに大人しくなったりしないかね?」

『ふぅむ…。 魔王様からの許可さえ取れれば、確かに効果はあるやも知れんな。それに直接手は出さずとも、今一度吾のチカラを奴等に見せ付けることも出来るか…。 うむ、うむ。 後日上奏してみよう』

「うん。 やれるならやってみてよ」

『おお! 美味い酒を飲みながら悩みも進展するとは、恩に着るぞ我が友タイチ!』 

「いいって。 あ、なんなら魔王様に十分する時用にまた日本酒持ってく? 魔王様好きなんだろ?」

『おお!いたれりつくせりだな!今度は吾もタイチにこちらの世界のものを見繕って来よう!』

「おー、それは期待してる。」

『ふはは!任せておけぃ。』


上機嫌に笑いながら窓から延びてきた爬虫類の爪に、俺は日本酒の瓶を入れたビニール袋を引っ掛けて渡した。

その時、ジジ…ッと窓から見える庭…と言うか魔王城の裏庭の景色にノイズが入り始めた。


「お、今日はこれまでか」

『ふむ、名残惜しいがその様だ』

「じゃあべっさん、頑張って」

『うむ。 次は吾がタイチの話を聞く番だ。 またの邂逅を楽しみにしておるぞ』

「ああ、俺もだ。 じゃあ」

『息災でな』 


その言葉を最後に窓から見える景色がぶれ、何度かの瞬きの後にはいつもの見慣れた庭の景色が視界におさまっていた。


「0:13か…よし、歯磨いて寝るか」


こうして俺の週末の夜は終わる。

また次の週末まで頑張って仕事しよう。


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